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第15話 最強 序

 レイの背後に10個の魔法陣が浮かび上がっている。

 中心に1つの魔法陣、その周りで9つの魔法陣が輪になっているそれは──レイが持つ最高の魔法。



 【第十の魔法・深紅の水銀】



 空を舞う10個の魔法陣から銀色の雫がこぼれる。

 それらは不規則に重なり、分裂と融合を繰り返しながら回る。速く。速く。速く。


 ──瞬間、閃光が瞬いた。


 視界が深紅に染まる。

 唱えられた魔法による爆発は、超高密度のエネルギーを生み出し、範囲内のあらゆるものを焼き付くす。

 後には植物の影は残らない。地面は融解し、ドロドロとした溶岩へと変質する。

 舞い上がったキノコ雲は、山々や大樹を超えてどこまでも伸びていく。

 風に吹かれ、熱された土砂が灰となって降る、その中心には──


 一人の偉丈夫だけが形を残せる。


「ハッハッハッ!!!」


 エストは心底から笑った。堪らなく楽しくて。


「最高だ、レイ! 俺は本気の貴様を倒したい!」


 この胸の高鳴りを、ずっと求めていたのだ。エストは満面の喜色を浮かべる。

 だが、その返答は魔法でもって返された。


「〈炎狼〉」


 体長二メートルを越える炎の狼が、レイが掲げた手の前に浮かんだ魔法陣から飛び出し、意思があるかのようにエストへと噛み付く。


「──ふん」


 気勢を削がれたエストは一瞥すらせず、狼の頭を鷲掴みにする。そして軽く手に力を込めた。

 ボフッ、と火の粉が周囲に拡散し、狼は容易く消失した。


「どうした? 随分と余裕が無いな」


 エストが挑発すると、一度だけ、と言わんばかりにレイが薄く唇を開いた。


「本気の戦いに余裕なんてものがあるのか?」


 その言葉にエストは沸き立つ。

 確かにそうだ。全力の殺し合いに、言葉を交わす暇などありはしない。


「その通りだ!!」


 エストの雄叫びが合図となり、両者は同時に魔法を放つ。


「〈大火の樹林〉」

「〈燃隕石〉」


 レイから溶けたような炎の大木が放たれ、上空からは燃え上がる隕石が降り注ぐ。

 瞬時に互いは反応した。

 浮遊しているレイは空中を滑りながら隕石を躱し、対するエストは素早く地を蹴り炎の大木を避ける。

 標的を外した質量爆弾が大地を削ると、鋭利な大木は上空で爆ぜた。


 エストは地面を踏みしめ、高速移動を開始する。飛行という手段を選択しなかったのは、戦士として鍛練を積んできた事によって脚力が増大し、走った方がより速く動けるようになった為だ。

 駆ける度、足元の溶岩が跳ね返ってくる。とはいえ、その程度の熱ではダメージは負わない。エストは低空飛行で追尾してくるレイを視界に入れ、常時外さないよう注意する。


(いや……外したくとも外せんな)


 吹き付けてくるような殺意。

 エストをして高揚と緊張を同時に抱かせ、僅かなミスが致命的なものになると予感させる。


 これが本気になったレイ。


 エストは自然と浮かんだ笑みを消すと、攻勢をかける。

 腰に差した剣を抜き払い、その能力を発動。大量の蝙蝠が飛び出し、瞬く間に吸血鬼へと姿を変えていく。それから一斉に襲いかかるよう指示を飛ばすと、少し間を置いてから自分も踏み込む。


 エストの目の前には巨大な黒い塊があった。それはレイへと群がった吸血鬼達の翼の集合体だ。

 足止めの役目を見事に果たしてくれた。

 その隙を逃さないためにも、エストは吸血鬼ごとレイを真っ二つにする気合いで剣を振り抜く。


 しかし、その剛剣が届く前にレイの魔法が発動する。


「〈太古の波動〉」


 束ねられた衝撃波が放たれ、吸血鬼達はたった一撃でバラバラに破壊される。

 その衝撃は強力で、吸血鬼達による肉盾すら突破し、エストにまで到達した。


「ぐっ!」


 身体の内部が波打つような痛みに襲われ、弾き飛ばされていく。


「──カアッ!」


 エストは手を広げて全身に力を入れる。

 弾かれた勢いは一発で死に、体は空中でピタリと止まった。

 失った生命力を取り戻すため、エストはすぐさま回復魔法を行使する。


「〈落命〉」


 詠唱を終えると即座に効果が発揮され、衝撃波と狼に削られた生命力が完全に回復した。いや、そればかりか【深紅の水銀】によるダメージまで微かに回復出来た。

 冷静に己の状態を見極めたエストは、流れるように反撃に転じようとしたものの、その視線の先では既にレイが魔法の発動体勢に入っていた。


「〈大釜の黒炎〉」


 液体のような質量を感じさせる黒炎が溢れ出し、津波のように急速に迫りくる。

 縦横どちらも幅が大きく、かなりの速度を誇るこの魔法は回避が難しい。加えて当たってしまうとダメージを与え続ける黒炎が纏わりつく厄介さも兼ねている。


(ちっ!)


 エストは面倒な攻撃に対し、防御するため対抗魔法を発動させる。


「〈血の代償〉」


 上空から赤い飛沫が滝のようにエストへと降り注ぐ。

 すると次の瞬間、間近まで迫っていた黒炎が、展開させた赤い滝と激突した。魔法という理がぶつかり合う。しかしながら、その二つが拮抗することはなかった。

 暴れ狂う黒炎が、赤い滝をどす黒く染めていく。そしてエストをも塗り潰してしまう──その前に、黒炎は滝と共に消えていった。


 〈血の代償〉は一定以下のダメージを無効化し、その本来喰らう筈だったダメージの半分を、自らの生命力から支払う魔法である。 

 一見すると素晴らしい魔法のようだが、この魔法はかなり魔力を消費してしまう。その消費量はダメージを半分にする効果だけだと割に合わないほどだ。

 だが、この魔法の真価はそこではない。自傷扱いになるため、追加効果などを無効化する点にあるのだ。


(レイの魔力がふんだんに残っている以上、中々近付くことは出来んな……)


 自らの最大の強みである、剣と魔法を同時に扱える技術を封じられた形だ。


 無理をして突っ込んでもいいが、レイは未だ仕込みの魔法陣を使っていない。にもかかわらず、近付くことすら困難。

 エストは用意していた作戦を幾つか破棄する。

 とはいえ、物理と魔法の組み合わせ戦術を諦めたわけではない。剣を振る以外にも、方法はある。


(策というものを学んだ俺の成果、貴様にたっぷりと見せてやろう!)


 エストは邪悪に笑うと、剣を鞘に納める。ただしその能力は行使する。

 幾度も繰り返した中級吸血鬼の召喚だ。

 レイから訝しむような視線を浴びながらも、エストは左手を前方に向け、右手で召喚した吸血鬼の頭を掴む。


「お、おい、まさか──」


 察したようなレイに、それ以上の言葉は言わせないとばかりにエストは動く。


「ぬぅううううん!!」


 エストは力任せに吸血鬼を投擲。

 風を断ち切りながら、投げられた吸血鬼はレイに向かって突き進む。

 特別な能力を使っていないとはいえ、吸血鬼の王たるエストが全力で放ったのだ。そのスピードは中級の吸血鬼が自分で飛行するよりも数段上だ。


「畜生め……!」


 レイは絶対に避けられない。

 吸血鬼は生きているからだ。回避すれば挟撃の形になる。

 何より、"弾"はまだまだある。


「舐めるな! 〈合金剛鍛〉!」


 レイの眼前に、腐食に強い金属盾が現れた。

 それは魔法にも物理にも強い、対応の幅が極めて広い優れた盾であり、そして──レイが好んで使う魔法でもあった。


 エストの顔に、会心の笑みが浮かぶ。


「〈魔女の汚染〉」


 レイの足元から腐食の液体が噴き出す。

 物理的ダメージか、装備品へのダメージかという二択を迫られたレイは、迷うことなく金属盾を足元に向けるように操作した。

 ──素晴らしい判断の速さ。液体は完璧に防がれる。

 が、その代価は決して安くない。


「ぐはっ……!」


 恐ろしい速度で吸血鬼が正面からぶち当たり、レイは背中から倒れていく。

 それはまさに狙い通りだった為に、エストは絶妙なタイミングで魔法を繰り出す。


「〈電子の積雲〉」


 上空に強大な磁場を持つ、まるで宇宙を写し出したような雲が作り出された。

 ──途端、その雲に金属盾が急激に引き寄せられ、真上にいたレイは勢い良く押し出された。 


「何っ!?」


 レイは慌てた様子で魔法を解除し金属盾を消す。しかし、残った勢いまでは殺せない。

 レイの身体は中空に投げ出される。

 その隙を、エストが見逃す筈がない。続けざまに魔法を放つ。


「〈冥府の番犬〉」


 飛び出した三つ首の番犬が、体勢が悪かったために回避に失敗したレイの全身を、三箇所同時に噛みついた。


「ぐぉあああっ! くそがっ!」


 罵声を吐き捨てながら、レイは拘束を解くため番犬に向けて魔法を発動させる。


「〈ビブルスの柱〉!」


 棺のような石柱が飛び出し、レイに噛み付いている番犬の口角へと入り込む。

 石柱は番犬の牙をへし折りながら突き進み、強制的にその顎を開かせる。一匹、二匹、そして三匹目の番犬の顎が開いた瞬間、転がるようにレイは脱出し、難を逃れ──


 大上段の構えをとったエストが立ち塞がる。


「なっ!」

「しぃっ──」


 短く息を吐き、全身の力を総動員して剣を振り下ろす。


「〈風神の──〉」


 レイの反応は称賛されてしかるべきだった。剣を振り下ろしているエストでさえ目を見張る速度だった。

 ただし、その詠唱は間に合わない。エストの剣はレイを両断する──筈だった。


 キィンと金属同士が擦れ合う音が響く。

 原因の一つはエストの剣。そしてもう一つは、レイが腰に差していた真っ赤な剣。

 偶然にも、レイは番犬から転がるように逃れたことで、真っ赤な剣が上向きになるような態勢だったのだ。


「〈──力場〉!」


 二人の間に突風が吹き荒れる。

 弾かれた剣を再び振り下ろしていたエストと、魔法を発動させたレイは、風の範囲外まで飛ばされていった。





 本来は無生物に対して効果を発揮する魔法のおかげで範囲外へと押し出されたレイは、体勢を立て直す。


(運が良かったな……。だが、こんな幸運は二度とないぞ。確実に俺の予想を超えている。まさか、こんなに魔法戦が上手くなっているとは……)


 初めて戦った時とは真逆。無駄のない魔法の使い方だ。もしもエストが〔技能〕を使うことが出来たなら、レイは真っ二つにされていたかもしれない。

 勿論、そんな状態になったとしても再生は可能だ。しかしながらこのレベルでの戦闘においては、たとえほんの数瞬でも身体が不自由になると、深刻なダメージを負わされる事になる。


(ふぅううう……)


 背筋を走る冷たい気配を振り払うように、レイは心中で長い息を吐き出す。

 現状、自分は技術で押されている。だが、ここで魔法使いとしての矜持を優先し、同じ技術で張り合うことに意味はない。

 最も大事なのは、流れを変化させ、相手のリズムを崩し、風向きをこちらに向けることだ。


「──行くぞ!」


 裂帛の気合いを込め、レイは強大な魔法を発動させる。

 エストもそれを鋭く感じ取ったのだろう、同じ魔法を放ってきた。


「〈閻魔の審判〉」

「〈閻魔の審判〉」


 ──カンッカンッと、木槌を打ち鳴らしたような音が重なり合った。

 すると次の瞬間、神罰の業炎が燃え広がり、お互いの身を包み込んだ。


「かっ!」

「ごっ!」


 業が深ければ深いほどダメージが大きくなる魔法は、二人の生命力を一気に削った。

 〈閻魔の審判〉は聖属性の魔法ではない。そのために装備による聖耐性が意味をなさないのだ。にもかかわず邪悪な存在に対して特効があり、しかもそこに炎属性のダメージまでプラスされるので、不死者にとっては強烈な攻撃である。


 1つの魔法陣で行使出来る魔法の中では、不死者に最大のダメージを与えられるものだ。


(流石に〈閻魔の審判〉は何度も食らってられないな……)


 受けに回るとレイは敗北する。元々分かってはいたが、エストの成長ぶりがそれに拍車をかけていた。眼前の益荒男を近寄らせないためにも、圧力をかける必要がある。

 であれば、やるべき事は一つだけだ。


 ──攻めて攻めて攻めまくる。


「おおおお!!!」


 腹の底から雄叫びを上げ、レイは魔法を放った。




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