プロローグ
王祖。
それは吸血鬼の最終進化段階の一つであり、真祖を超越した究極の最上位種である。
その化け物が保有する力は異常の一言に尽きる。
対象の眷属化による支配力、ほぼ全ての弱点を克服する抵抗力、時を巻き戻すかのごとき瞬間再生力、コンマ単位で回復する膨大な魔力。そして繰り出すは破滅的な威力を湛える新時代の魔法。
これら凶悪な能力の数々は、言うまでもなくほんの一部でしかない。
なかには巨大な代償を支払うことで、物理法則の限界を再現する個体さえ存在したという。
そんな別次元の強さを内包する彼らが表舞台に現れたのは、歴史上初となる世界大戦の激化期。人類側が全面敗北を喫したドラゴネスト大森林の戦いに突如として姿を見せ、そしてその悍ましい魔法と無尽蔵の体力をもって、大陸の頂点に立つ竜を筆頭とした多種族連合軍を全滅させたといわれる。
圧倒的な結果を見せつけた王祖達だが、初陣の勝利に湧くということはない。疲労しないからと連戦に次ぐ連戦、連勝に次ぐ連勝を重ね、やがては世界最強と謳われた古竜を葬り、もはや大陸を支配する──といったところで、忽然と影を消した。
現代に至るまでその名を知られる筈だった神話の存在は、闇に溶けたのだ。
理由はたった一つ。
一人の王祖によって、他の王祖が悉く滅ぼされた為だ。
即ち、王祖とは文明から失われた種族なのだ。
【レリオン教国、最奥図書庫】
【入館条項、最終項】
・第九領域を突破した教皇による許可を受けた限界領域到達者。
・または教皇本人が限界領域到達者であること。
【初代教皇の手記】
私は吸血鬼を恐れている。
彼らがどこから来たか分からないからだ。
未知は怖い。暗闇では足を踏み出すことさえ躊躇ってしまう。
吸血鬼は弱者である。大陸ではそう認識されている。
日に弱く、銀に弱く、聖に弱く、炎に弱い。
嘲笑の的としてしばしば槍玉に挙げられる。
恐ろしい存在であれば、もっと別の者が浮かぶと皆が口を揃えて言う。
例えば始まりの竜人。五百年前に八つの大国と十五の小国を滅ぼした魔だ。
人知を越えた筋組織は桁外れの身体能力を生み、また長大な寿命によって暴力的なまでの魔力を得ながらも、自らはその強固な竜鱗で無数の魔法を弾く。
世界を救ったとして信仰される事もあれば、恐怖の象徴として引用される事もある。
それが始まりの竜人だ。
極秘文書の保管と守護を目的とする最奥図書庫内に納めるに相応しい情報を宿す存在だが、私はその中に吸血鬼のものを遺そうとしている。
一体何故か。
肉体再生学の礎となり得るから? 否。
恨みがあるから? 否。
好ましく思っているから? 否。
記録には無い。証拠は無い。
──しかし、証言はあった。
それはかの始まりの竜人の言。
『吸血鬼は私よりも遥かに強い。私よりも長く生きる。蓄えた叡知は賢者を凌ぎ、そして──悪魔より邪悪だ』
私はこの言葉を聞いた時、身震いした。
何より聞き逃せなかったのは、長く生きるという点。
この手記を読んでいる──いや読めている君なら、もう察している事だろう。
それでもここに記させて欲しい。吐き出さなくては耐えられないから。
魔力とは、後天的に得られるものなのだ。
それを数値化するなら、恐らくこうなるだろう。
人間の宮廷魔法使いは5000。
ハーフリングの魔法兵は2000。
エルフの長老は10000。
獣人の先祖返りは30000。
竜は50000。
最上位精霊は100000。
そして千年生きたとされる始まりの竜人は500000。
では、もしそれよりも長く生きた者が存在するなら。
そして、今も生き続けているなら──。
我が子孫達よ。吸血鬼には決して手を出すな。
「吸血鬼……か。私には関わりの無い話だな」
現レリオン教国教皇、アナクレト・ウル・ライードは、2500年前の先祖の手記を放り捨てると、最奥図書庫の扉を閉めた。