初デートで彼女の元カノとエンカウントしてた
翌日、わたしはカヤと二人で電車に乗って、ちょっと遠出していた。
今日はカヤに言われた通りデートの日。デート。デートだ。女の子同士で遊びに行く、程度の軽いニュアンスであればよかったのだけれど、これまでの言動を考えると、そういうつもりなのかもしれない。
いや、わたしは別にそういうつもりはまったくないんだからこれはカヤの一人相撲なわけで何一つ問題はないんだけれど。
……デートかあ……。
さて、着いた先は地下にある商店街みたいなところ。第三次世界大戦の影響でこういう地下街が都内にたくさんあるらしい。
パッと見た感じでは、SNS映えするような感じのおしゃれな感じじゃない。デートの定番スポットとは程遠い感じだ。
「ね、カヤ。デートって言うけどさ、今日はなにするの?」
「今日は服を見に行くのがメインかな、まずは。マラクは服、それしかないし。新しいの必要だよね」
確かになんの準備もなしに天上界を逃げ出してきたからわたしは昨日と同じ服を着ている。せめて何着か着替えは欲しい。
「早速行こうか。行きつけのお店があるんだよ」
歩き出す、前にカヤは当然のように腕をくんで手を繋いできた。恋人つなぎってやつだ。
「いや、近くない?」
「これくらいは普通」
「カヤの普通は信用ならないの」
平静を装ってはいるけど、わたしはけっこうどきどきしてる。
距離が近いんだよ。調子が狂う。
カヤの場合は女友達としての距離感なのか恋愛対象としての距離感なのか図りかねるところがある。腕に胸の感触が伝わったりやたらいい匂いがするのは狙ってやってるのか?
ただ歩くだけでも油断ならないやつだ。気を付けよう。
それで連れられた先のお店は、さほど大きくはないブティック。木の匂いがする落ち着いた雰囲気の店だ。昨日のバーといい、カヤはこういう雰囲気のお店が好きなんだろうか。
「これいいな……あっこれも良さそう」
カヤは行きつけと言うだけあって手慣れた感じでガンガン服をカゴに詰め込んでいく。
わたしはおしゃれとかしないタイプだからどういうのがいいのかさっぱりだよ。インドア派の悲哀。
「ねえマラク、試着するからどれがいいか見てくれる?」
とカヤが言うから試着室へ。この慣れないブティックでとりあえず言う通りついていく感じ、世の彼氏さんってこういう感じなんだろうか、とカヤが着替えている間ぼんやりと思った。あ、着替え終わったみたい。
「どうかな?」
「かわっ、かわいいー!」
かわいいー! とボキャブラリー貧民のわたしはそれしか言うことがない。
うわうわ、なんだこれ。カヤがちゃんと女の子の格好してるだけなのにすごいかわいい。あとよく見たらえろい。露出とかはぜんぜんないんだけど体のラインが出るワンピースで、軍服に潰されてた胸がね、強調されて。いや落ち着けわたし。
「こういうのはどう?」
「かわいいー!」
かわいい! ボーイッシュなのも似合う!ショートパンツとむっちりふとももの組み合わせがやばい。伊達眼鏡も似合うー!
「こういうのは?」
「かわいいー!」
かわいい! 今度はセクシー路線。胸元とか背中とか開いてて目のやり場に困るやつだ! シースルーの羽織りものもグッド。
「こんなのも」
「かわ……ええっ!!?」
だめだめだめ。不意打ちで下着姿はずるい。黒なんだ、とかフリフリだ、とか目に付いちゃうし、ショーツの食い込みとか頭に残っちゃうじゃん。
「今日のデートにはこれを来ていこうと思うんだけど、どうかな」
結局全部購入することにして、これからのデートには最初のガーリーなキュート路線でいくことにしたらしい。うん、やっぱりいいな。こういう格好の方が、一緒にいてうれしい感じする。
「今度はマラクの番だね」
「へぇっ?」
なにが? と言う間もなく、わたしは試着室に押し込まれた。
「よし、いい感じ」
「へぅうう~」
うわうわうわ、恥ずかしい。カヤに着せられたのは、これまたガーリーでキュートでフリフリな服。
「いやいや、わたしには似合わないよこんなの!」
こういうのはカヤみたいなかわいい子の特権みたいなものだ。それをわたしがとはなんの辱しめか。わたしにはボーイッシュと言えば聞こえはいい色気のないファッションで十分なんだよ。
「ええー? 似合ってるよ、マラク。うん、かわいい。マラクかわいい」
「うそだー」
悪いけど、他の女の言うかわいいは信用しないことにしている。だって女の子の言うかわいいって自分より下の存在に使う言葉じゃん! 偏見かもしれないけど!
「それは普通の女の子の話だよ。私は自分の顔がいいとわかってるから嫉妬とかしないし、何より女の子が好きなレズビアンだから。マラクがかわいい方がうれしい。マラクの顔好き。かわいい顔にかわいい服はよく似合ってる」
「へぅ……」
ぐいっと顔を近づけて、カヤは言う。ああ、これだから調子が狂う。こいつはすぐこうやって、距離感を強引に縮めてくるのだ。
「だから、マラクは今日一日その格好で私とデートすること。それに」
カヤはきゅふふといたずらっぽく笑って、バッグからあるものを取り出した。
「本当に恥ずかしいのはこれからだよ」
カヤが取り出したのは、よりにもよってわたしが長らく関わらないようにしていたあれだった。
「今日はマラクのために、オーダーメイドのブラジャーを作りたいと思います!」
メジャーを伸ばしているカヤは、とてもいじわるな顔をしていた。
「ええええっ!!?」
「このお店、実はオーダーメイドでデザイナーさんが服作ってくれるサービスがあってさ、それ目当てに遠出して来たんだよ。マラクっていつもノーブラみたいだし、やっぱり女の子としては着けてて欲しいかなって。というわけで、可憐さーん!」
「はーい。カヤちゃん、この子がマラクちゃん? またかわいい子をみつけたわねえ」
「やっぱりかわいいよねマラクは。それで可憐さん、この子にランジェリーのプレゼントしたいから測ってくれる?」
「えっえっ待って待って」
あれよあれよという間に話が進んでいった。
わたしの抗議も聞き入れてよ店員さん! さてはカヤとグルだな! お互い名前呼びだし! おのれ常連パワー!
「はじめましてマラクちゃん。わたしはカヤちゃんの友達の可憐って言うのお。これからよろしくねえ」
後で聞いた話によるとカヤと可憐さんはレズビアン友達らしい。元カノとも言う。別れた今でも友達として仲良くしているんだとか。よくわからない世界だ……。というか初デートで元カノと会わせるってどうなの?
「それじゃあ、測っていきますねえ」
「だから待ってって言って……」
そのまま流されて可憐さんに試着室に連れ込まれてしまった。可憐さんがそのままシームレスにわたしの服に手をかける。
「えっ、待って、服の上からでも……」
「駄目ですよお、ちゃんとサイズを合わせないと形が崩れたりするんですからねえ。ここはおねーさんにまかせてまかせて」
熾天使のわたしが抵抗すらできずにあっさり服を脱がされてしまう。こいつ! 手慣れているっ!?
「へぅんっ!」
胸に当てられたメジャーの冷たさについ声が漏れてしまう。
「マラクちゃん、こんなに大きいのに感度がいいのねえ。カヤちゃんが手を付けてなかったらおねーさんが欲しかったわあ」
「お、大きいとか言わないでよ! こう見えて結構気にしてるんだから!」
「そうなの? こんなに魅力的なのにもったいないわねえ」
ぐぅ……この攻め攻め感はあれだ、カヤと同類のやつだ。カヤの知り合いだからそうなのか? それともまさか人間の女はみんなこうなのか?
わたしが恐ろしい想像に身震いしているうちに、採寸はてきぱきと進められていく。
てっきり測るのは胸だけかと思っていたけど、結構いろんなところを測るんだなあ。
可憐さんの言うことには、全身きっちりフィットさせるのが大事なんだとか。
「はい、採寸終わりよお」
終わってみれば以外と大したことはなかったかな。可憐さんもイメージと違って真面目にやってくれたし。
「あ、スリーサイズが気になるなら教えてあげるけどお、どうする?もちろんカヤちゃんにはないしょで」
「結構です」
「あら残念」
可憐さんの申し出もお断りした。やっぱり数字を知るのはまだ怖い。
でも、言う前に聞いてくれたっていうのは気を使ってくれたのかな。わたしもさっき気にしてるって言ったし。こういう店員さんが相手なら、また来てもいいかもしれない。
「ご来店ありがとうございましたー」
可憐さんに見送られてブティックを後にする。
カヤが言うには、ブラとショーツのセットを五種類頼んだらしい。受け取りにくる日が楽しみかもしれない。
「一旦カフェにでも寄って休憩しよっか」
今日のデートはまだまだ続く。新しい服で着飾って歩く道は、さっきよりも明るく見えた。
「それにしても……、ひゃくじゅうろくかあ……」
道すがら、カヤがぽつりと漏らした数字については意識しないことにした。