気楽に世界を救っちゃおう!
入隊試験を終えて、その日の夜。
わたしはカヤに連れられて、核シェルターを兼ねた地下街にあるこじんまりとしたバーにやってきていた。
入隊記念とか二人の出会いとか色々あったから、とにかく祝杯をあげようという話だった。
ちなみに、ヤマトさんはわたしの入隊手続きを始めとして仕事が山のようにあるから参加できないと愚痴っていた。不憫……。
それはそれとして雰囲気のいいバーだ。ほの暗くて、大人っぽい落ち着いた空気の……シック? な感じ?
お客さんもやや浮かれた空気はありつつも節度を持って楽しんでいるというか……大人っぽいという表現しか浮かばないわたしのボキャブラリーの貧弱さが露呈している。
「マスター、今日は色々といいことが重なってお祝いしたい気分だから、そういう感じでお願いします」
「そうですか。お連れ様は新しい彼女さんですか?」
「はい」
「いや、違うけど」
知らないうちに彼女ということにされそうだったのですっぱり否定した。
「というか、新しい彼女って……カヤはこういうところに他の女の子連れ込んだりしてるんですか?」
「ええ、言ってもよろしいらしいので言いますが、ここ一年だけでも五人は連れていらっしゃいますよ」
五人て、一年で五人って。なに? それは女友だちを冗談めかして言っているわけじゃなくて?
「ちゃんと性交渉を前提お付き合いしてる相手だから安心して。あとここに連れてきてない子もいっぱいいるから」
「店内でそういうこと言うな」
ドヤ顔にいらっときたので頭にチョップを入れて黙らせる。なんだこいつ万年発情期か?
「まあまあ……落ち着いて。祝いの席なんでしょう、まずは乾杯を」
マスターになだめられてとりあえず乾杯する。グラスを合わせるとルビーのような水面が揺れて綺麗だ。
そのまま口をつけようとしたところでふとこれ飲んで大丈夫なのかと浮かんだけど、マスターによるとノンアルコールカクテルだから大丈夫らしい。
「ん、おいしい」
甘さ控えめで清涼感があって飲みやすい。そんな誰でも言えるような感想しか浮かばないけどいいよね。
思えばこうやって誰かとお店にくるのは久しぶりだ。天上界だとみんな仕事が終わらなくてどこか行ったりできなかったからなあ……。
「ところで、マラクは天使の世界から追放されてこの世界に来たんだったよね。なにがあったの?」
三杯ほどグラスを飲み干した頃にカヤが切り出してきた。
「わたしも正直、きちんと事態を把握できてないんだけど……」
マスターが他のお客さんを相手していることを確認して、わたしはぽつりぽつりと話始めた。
天上界に人間を滅ぼそうという動きがあること、わたしはそれを止めようとしたら無実の罪を着せられたこと、神のお告げで世界を救うことになったこと……そういった話から始まり、天上界の職場がブラックなことや自分の部署が貧乏くじをひかされていたことまで。
アルコールは入ってないんだけど、雰囲気に飲まれたのかつい愚痴みたいなものまで吐き出してしまった。
「なるほど……」
わたしの話を聞き終えると、カヤはグラスを傾けて宝石のような色をしたカクテルを飲み干した。
絵になるなあ。
幼い顔立ちなのだけれど、なぜだかその横顔は不思議とバーの雰囲気にマッチする。カヤは言動とかはあれだけどとにかく顔がいい。
人間よりも天使の方が顔は整ってるというけれど、カヤだけを見てると嘘みたいに思えてくる。
「ねえマラク。明日、私とデートしよう」
その口から飛び出す言葉は相変わらず突拍子もないことなのだけど。
「へぇっ……?」
突然の提案にわたしの頭はついていけず、数秒間固まってしまった。
「マラクはこれまで大変な日常を過ごしてきたんだよね。だからってわけじゃないけど、これからの人生、楽しまないと損だよ」
「でも、いきなりデートとか言われても困るし……。っていうか、今は新しい世界の危機が迫ってるんだよ。ギロチンの天使が言ってたでしょ、天上界は火星の破片を地球に落として世界を滅ぼすとか」
そう、今は人類滅亡の危機に対して向き合っていかないといけない時のはず。デートなんかにうつつを抜かしている場合じゃないと思う。
「それは違うよ、マラク」
カヤはそんなわたしの考えをあっさりと否定した。
「私の経験の話をしよう。第三次世界大戦の真っ只中、戦争中だからってずっと気を張ってるような人間が青い鳥には大勢いたんだよ。国民を守るだとか家族を殺した敵国への復讐だとかで頭をいっぱいにしたような人」
戦争中なんて、それこそ自他の命が懸かった切迫した状況だ。気を張るなって方が無理があると思うけど。
「それは正しい。でも、ずっと気を張ってたら人はどこかで壊れちゃうんだ。私はそうなった仲間を何人も見てきた。だから、それじゃ駄目」
カヤの瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
「護国も、復讐も、救世も。それは心にとって大事な燃料になる。でもそれだけじゃなく、遊んだり、仲間を作ったり、恋愛したりして心を休めることもまた大事なことなんだよ」
その言葉には実感が籠っていて、有無を言わさない説得力があった。
「だからマラク。遊んで、仲間を作って、恋をして、気楽に世界を救っちゃおうよ」
「気楽に世界を救う……かあ」
初めて耳にした概念だ。
普通、世界を救うってなったらもっとこう、緊張したりわくわくしたりと形は違えどそればっかり考えるイメージがあったから、そんなもののついでみたいにとらえる考えがあるんだ。
「そういうことだから、明日は二人でデートに決定。よろしく、マラク」
「うん……うん?」
なんか丸め込まれてしまったけれど、ひょっとしてさっきの話とデートにはなんの関係もないのでは?
もっというとそれっぽいこと言ってるけどこいつはただえっちなことしたいだけなのでは? わたしはいぶかしんだ。