入隊試験、終了
こいつ、とんでもなく強い。
三回殺された時点で、わたしはカヤを相手に一分間生き延びることがそう簡単ではないことに気がついた。
最初の一回は油断があったとはいえ反応すらできず首を落とされた。間合いに入ったときの速度が尋常ではない。近づかれたらアウトだ。
二回目はエネルギー弾での攻勢に出たけど、その全てが回避されるか刀で軌道を逸らされた。正面からの攻撃はほとんど通用しない。
三回目はバリアを貼りつつ脚力強化でガン逃げしたけど、アクロバティックな動きで大通りを出たところで捕まえられた。単純な足の速さならわたしの方が上だけど、入り組んだ地形だとカヤの方が速い。
今のところ攻略手段がまるで浮かばないけど、ここはフルダイブ型VRMMO的な空間だ。何回も死ねるらしいし色々試すしかないな。
「珍しいな、桜がこれほど期待をかけるとは」
モニターに映るマラクの首が跳ぶ。電脳空間の様子を受けて、ヤマトはキーボードを操作する。
「マラク、死亡」
アナウンスを鳴らし、状況をリセットする。交差点のど真ん中で無傷のマラクとカヤが再び対峙する。
この試験、測られているのはマラクの窮地における生存能力だ。
通常、青い鳥の幹部昇格試験にあたるこれを行うということはつまり、カヤはマラクを失うわけにはいかない人材として評価しているということ――ヤマトはそう結論付けた。
三十回くらい死に戻りを繰り返して状況はだいたい把握できたし、作戦も立てられた。
できればリハーサルもしておきたかったけど、初見殺しのメリットの方が大きいはず。でなければ失敗したときにまたやればいい。
「マラク、休憩はもういい?」
「うん、次こそは決めるつもりだよ」
【二枚・点】
カウントが始まると同時に脚力を強化し、カヤに背を向けて走り出す。ここで少し距離を詰められるが、十字路を抜け狭い路地に入るまでの直線で時間と距離を稼ぐ。
事前に決めたタイミングで脚力強化を解除して羽を再生させておく。
残り三十一秒、カヤとの距離は十メートル。問題はここからだ。
「【三枚・弾】!」
羽三枚分。高威力のエネルギー弾を前方のビルに撃ち込む。
「ドンピシャ!」
ビルは狙い通りに道を塞ぐ感じに倒壊を始めた。完全に倒れこんでくる前にわたしだけ先に路地に潜り込む作戦だ。
「させない」
ぎりぎりで倒壊するビルの下をくぐり抜けようとしたところで足が止まる。
やられた。左のふくらはぎの辺りに刀が刺さり、地面に縫い付けられている。カヤめ、刀を投げてきたな。
倒壊するビルがすぐそこまで迫る。
「【一枚・弾】!」
咄嗟に自分に向けてエネルギー弾を放ち、衝撃で飛ばされ路地に転がり込む。
今ので刺さった刀も抜けたけど、無理に外したので傷が広がった。これじゃ走るのは無理だな。これが現実世界で痛みが抑えられてなかったら動けなかったかも。
カヤはビルを避けて回り込んだけどわたしも羽が戻るまではほとんど動けない。
羽三枚が戻り飛行が可能になった時には残り十八秒、距離は六メートルだった。
飛行モードで地面すれすれを真っ直ぐ飛んでいく。上に逃げようとしてもカヤはビルの壁を伝って追いかけてくる。ならば前に逃げた方が時間を稼げる。
残り十三秒時点で全ての羽が再生する。だが距離も徐々に縮まっている。問題は次の攻撃をどう凌ぐかだ。
「【二枚・盾】」
羽二枚でのバリア。これは刀では破壊できないため、わずかながら遠回りさせられる。残り十一秒。
そのまま飛んで逃げるも、残り五秒時点で追い付かれた。カヤが刀を振り下ろしてくる。
「【一枚・弾】!」
ビルをくぐる時と同じように自分にエネルギー弾を撃ち込み飛んで逃げる。羽は残り一枚。これで飛行は不可能。
「【一枚・弾】」
転がりながら今度はカヤに向けてエネルギー弾を放つ。
「【守ノ型・柳】」
空振った直後を狙った攻撃。だけどカヤはそれをあっさりと刀の一振りで軌道を逸らした。それでも一瞬足が止まる。
わたしも壁にぶつかって転がるのが止まった。残り時間は三秒。ここでバリアに使った羽二枚が再生する。これで再度飛行が可能になる。
背を向けて逃げ出そうとしたところでカヤが突っ込んでくる。だけど背を向けたのは攻撃を誘う罠だ。
「【一枚・弾】!」
カヤに右の手のひらを向ける。
「そうはいかない!」
一瞬早く、刀が振り下ろされる。わたしの右腕が切断される。が、ここまでは狙い通り!
自分に向けた左手からエネルギー弾を発射。後ろに吹き飛び――カヤに体当たりをする形になる。
「【一枚・点】!」
わたしは体をひねって残るエネルギーを集中させた裏拳を狙い、カヤは手首を返し二の太刀を構える。
「マラク、死亡」
無情なアナウンスが響いた。その直後、一分経過のアナウンスが流れる。
「くっそがあー! 失敗かよ!」
胴体が真っ二つになった思わずわたしは叫んでいた。よろよろと立ち上がるカヤの姿が目に入る。
あともう少しで勝てたのに!今の戦法、二度目は通用しないからまた作戦の練り直しだ!次こそは必ず……勝……すやぁ。
「はっ!?」
急に意識を失ったと思ったら、目の前が真っ暗だった。
一通り慌てたところで、頭に何か被ってることに気づいて取り外す。
わたしは、現実世界に戻ってきていた。
「おめでとうマラクくん。合格だ。」
ヤマトさんが拍手でわたしを出迎えてくれた。一方カヤは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「へぇ……? あれだと失敗なんじゃ? 一分持たなかったし、カヤも殺せてないし」
「ルール的にはそうだけど、想定された状況的には十分だから」
カヤが不機嫌そうに答えた。
「今回想定された状況は格上との一対一。一分後に仲間が到着するというものだ。そして、マラクくんの最後に放った裏拳。あれで桜の戦闘続行は難しくなった」
ヤマトさんの説明によると、一人の犠牲で格上の敵を確実に殺せる状況に持ち込めたという点を考慮して、及第点ということらしい。
「――正直、桜に君のことを聞いた時はここまでやると思っていなかったが、よくやってくれた。見ろこの顔を! こいつもやられるとは思ってなかったから拗ねてやがる!」
カヤが頬を膨らませながら背中をバシバシ叩かれている。ざまあないぜ。わたしを甘く見るからだ。
「うるさい」
わたしだけカヤにチョップされた。なぜに!?
「にやついててムカついたから」
「ひどくない!?」
そんなわたしたちをヤマトさんはほほえましそうに眺めていた。
「はっはっは。仲がよさそうで何よりだ。とにかくおめでとう。これからは青い鳥の一員として、よろしく頼む」
「よろしく、マラク」
二人から差し出された手をこちらからも握り返し。握手を交わした。
とりあえず、これで人間界でのわたしの居場所ができた。
これからどうなるかわからないけど、世界を救うために頑張っていこう、と決意を新たにしたのであった。