具体的に言うと百十六センチ
特殊部隊"青い鳥"入隊試験を受けることになったので、その準備のためにわたしとカヤは女子更衣室に来ていた。
隊服(カヤがロングコートの下に着ているのと同じやつだ)を着ないといけないんだけど、こういう特殊部隊に入るのはガタイのいいやつばかりなので、ちょうどいいサイズがないらしい。
「一番小さいやつを持ってきたけど……、どうかな。マラク、とりあえず一回着てみてくれる?」
カヤからTシャツと備品の隊服を受け取って、ひとまず袖だけ通してみると、手が指先くらいしか出ないくらいの大きさだ。
「うん、これくらいがちょうどいいと思う」
予想通り、裾の長さがぴったりだ。袖は捲ればいいし、オーダーメイドじゃないならこれがベストだろう。
「うわ、こうして見ると改めてマラクのおっぱい凄い……こんなでかいとこうなるんだ……」
カヤが感心したように述べた。
わたしの場合、胸の大きさの分服の生地が引っ張られるので、サイズの大きな服を着ないと裾が短くなるんだ。
こういうのがあるから、わたしは自分のスタイルが好きじゃない。
手足とかは細いのに、胸だけが無闇矢鱈にでかいせいで、わたしは足下が全然見えない。
ずいぶん前に一メートルまで測れるメジャーで測れなくなってから、事実を直視するのが怖くて正確な数値を把握出来ないでいる。
そんな理由からブラも着けないでオーダーメイドのカップ入りの服を着ていたりするんだよね。市販品だと今みたいに袖が余るっていう理由もあるけど。
「カヤ、胸ばかりじろじろ見ないで。こう見えて気にしてるんだから」
なのでこうして凝視してくるカヤみたいなのにはイラッときたりする。目線がいやらしい。セクハラだこれ!
着替えを終えたあとは、トレーニングルームでの基礎体力測定やなんか病院にありそうな機械で色々検査したり、天使の力を測定したりするのとかいろいろやらされた。
「羽を使ったブースト抜きでもフィジカルは私たち人間よりも凄いね。バリアも歩兵での突破は難しいし、基礎スペックだけで十二分に採用圏内だと思う」
「まあわたしは熾天使だから。これくらいは当然!」
まあぶっちゃけ種族の差があるから当然なんだけどそれはそれとしてドヤる。この辺は謙遜してもしょうがないとわかってるからね。
「次で入隊試験はラスト。合格は間違いないと思うけど、念のため気を引き締めていってね」
「おっけー。まあ大船に乗ったつもりで見ておいてよ」
最後に連れていかれたのは、でっかいコンピューターと電子機器がたくさん置いてある部屋だった。
そこに、ヤマトさんも待っていた。
「おう、早かったな。どうだった、測定結果は」
「こんな感じ。あと、例の件についてはやってくれた?」
「ああ。……なるほど。人間とはものが違うといった感じだな」
資料を前に二人で勝手に話を進めていってる。わたしを置いていくな。
「例の件って?」
「二人が戦ったという天使たちの死体についてだが、放置するわけにはいかないからな。回収して丁寧に埋葬する手筈になっている」
「え、そうなの? ありがとうございます」
あのあと、不憫だからとせめて埋めてあげようと思ったけれど人数が多すぎて後回しにしてしまっていたのだ。
気がかりだったからそうしてくれるならありがたいことだ。
「外野に嗅ぎ付けられると無用な混乱を招くからな、当然の仕事をしたまでだ。君たちのためというわけではないから気にしなくていい」
ヤマトさんはきっとめっちゃいい人だ。カヤとは違って人間ができてそう。上に立つ人は違うなあ。
「話はいいから早く始めよう。マラクは私と一緒に来て。ヤマトは設定の方をお願い」
カヤにでかいコンピューターの方に引っ張られていく。せっかくいい話してたのに、そういうとこだぞ。
「マラク、これを被って」
でかいヘルメットみたいなものを手渡された。初めて見るはずなのに、なんか既視感がある。
「VRゴーグル?」
そうだ、形状がゲームのVRゴーグルに似てるんだ。頭部をすっぽり覆うあれだ。
「いい線いってる。着けてみてよ、始まったら間違いなく驚くよ」
ずいぶんとハードルを上げるな。言っておくけどわたしは最新の環境でVRゲームを遊んでたんだからちょっとやそっとでは驚かないよ。
などと言いながらわたしはヘルメット型デバイスを装着した。
「設定完了だ。起動するぞ」
ヤマトさんの声がして、わたしはすぐに意識を失った。
「こ……ここは……?」
目が覚めると、わたしは一人ビル群に囲まれた交差点のど真ん中に立っていた。
辺りを見回してもひとっこひとりいない。
あれだ、ポストアポカリプス的な雰囲気を感じる。
「どう、マラク。びっくりした?」
声のした方に振り替えると、カヤがなんというかゲームでローディングされるみたいにしゅわーっと出てきた。これにもびっくりさせられたんだけど。
「えっえっ? なにこれなにが起こってるの?」
あのヘルメットがワープ装置でワープでもさせられたの?
「わかりやすく言うと、ここはゲームの世界みたいなものだよ。パソコンのなかで世界を再現して、その中にいるみたいな感じ」
「へぇえっ!!?」
それってつまりあれだ。フィクションで見かけるフルダイブ型のゲームってやつじゃない!? そんな技術聞いたことないんだけど!?
「当然だよ。これについて知ってるのは青い鳥と自衛隊、そして政府の一部だけ。国家機密みたいなものだから」
曰く、世界各国の軍のうち一部は独自の先進技術を有しているらしい。
「日本にこれがあるのは大きな優位点と言える。これのおかげで実践的な訓練が行えて、隊員の質の向上に繋がった」
カヤが刀を抜いて、構えた。
「というわけで、最後の試験は私との戦いだよ。想定される状況は格上を相手に仲間が到着するまでの一対一。一分間死ななければ合格。この世界では何回死んでも復活できるし、何度でも挑戦できるから安心して」
なるほど。正直この世界に関してはわからないことだらけだけど、試験自体はシンプルでいい。
「一つ質問。その想定なら、わたしがカヤを倒しちゃってもいいんだよね?」
「それでも合格。だけどおすすめはしない」
「それだけ聞ければ十分だよ。さ、始めようか」
そして、わたしは天使の羽を展開し――。
「マラク、死亡」
気づいた時には首がアスファルトの上に落ちていた。