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赤リボンの女の子

 明治三十年、梅雨の明けた頃。

 日本という場所に外なる国の文化が入り、夜の町にガスの光が灯され始めた頃。

 青いリボンを首につけたとある名家のお嬢様が、闇の中でランプを点けながら本を捲くっていました。


「ああ、あの人は今何をしているのでしょうか」


 彼女は、名家の生まれでありながら平凡な男に恋していました。

 しかしその男は、特に目に付く格好をしている訳でもなければ、大衆演劇で女子が黄色い悲鳴でわめくような面をしている訳でもありません。

 ただ、男は夜が一際深まった時間に、彼女の部屋から見える道路を通るだけなのです。


 彼女はいつも周りから干渉されながら生きていました。親からはお嫁修行だとか、許婚探しとかで口うるさく言われています。勉学の場を共にする友人からは、名家のお嬢様だからと常に疎まれます。

 だからでしょうか、いつも自分から離れるように闇へ消えていく男へと恋をしてしまったのです。

 まだ十五にも満たない少女の心には、それだけで十分だったのでしょう。

 彼女は本を捲くる手をよそに、窓の方を常に向き続けていました。


「今日は、来ないのでしょうか」


 少女は不安になりました。

 男はいつもこの時間になれば、彼女の部屋から見える道をゆっくりと歩いていきます。しかし、今日は一向に彼が来る気配がありません。

 

 少女はますます不安になりました。町に街灯があるとはいえ、もうすぐ丑三つ時に届きそうな時間です。辺りを見回しても暗闇しか見えませんし、もしかしたら妖怪の類だって出てくるかもしれません。

 頭からパックリと、鬼に丸飲みされていたら……そんな考えが頭によぎると、少女はもう居ても経っても居られなくなりました。


 

 窓の取っ手をゆっくりと捻り、軽く力を込めて押すと、部屋の中に潮の匂いが吹き込んできました。海の近くに生まれた彼女にとって、潮の香りは何よりも身近で安心できる物です。

 首につけた青いリボンを触りながら息を吸い込み、窓から一息に飛び降ります。メイドが育てている草木がいい緩衝材になったのか、怪我らしい怪我は一つもしていません。


 家の塀を乗り越え、いつも男が通る道に立ち、辺りを見回します。しかし、少女の視界が届く範囲では人影は見当たりません。

 バクバクと鳴り響く鼓動と恐怖を押さえ込み、街灯の光が届かない暗闇へと足を進めます。

 


 存外、男はすぐに見つかりました。潮の香りをもかき消すような、濃厚な匂いを振りまいて。

 彼女は男が振りまく匂いを嗅いだことがありませんでした。少し鼻につきはしましたが、何の警戒もなく近づいていきます。


「ああ、お初にお目にかかります。私はあちらの家の生まれでして、あなたの事が気になって飛び出してまいりました。

 毎日この道を通るあなたを見て、私は何時しかあなたに恋をしてしまっていたようです。どうか、私をお傍に置いて頂けませんでしょうか」


 少女の透き通るような美しい声と裏腹に、彼女の頬は暗闇でも分かるほど赤くなっていました。

 男は何を返すわけでもなく、ただじっと少女の方を見つめていました。ふと、少女は、彼が手で何かを掴み、地面に引きずっていることに気が付きます。

 視線をそちらに向けようとした直後、男が口を開きました。


「僕のことが好きなの?」

「ええ。空に浮かぶ月よりも、大きく愛しております」

「そうなんだ……可愛いね」


 男が少女の頭に向かって手を伸ばします。少女は可愛いと言われたことで舞い上がっていたのか、何の警戒もなく頭を少し前に出しました。

 瞬間。パスッと、空気が漏れ出すような音と共に、酷い悪臭が漂い始めました。少女は頭を突き出した状態で目だけを動かし、音のした方向に視線を向けました。


 男が伸ばしてくる手の、もう片方。彼が引きずっている物が、街灯の光で小さく照らされました。

 全身が赤黒い色に染まり、体がゴム鞠の様に膨らんだ、苦悶の表情を浮かべている女性が見えました。


「ひっ!」


 少女は咄嗟に後ろに飛びのこうとしましたが、男が突然手の動きを早め、彼女の首を掴みました。それから、恐ろしい力でぎゅうっと首を絞めます。


「可愛いねぇ、その青いリボン。けど、僕が好きな色は赤なんだ。

 色、変えちゃおっか」


 




 日が昇り、ポカポカとした陽気に町が包まれた時。朝、とある名家の両親が、部屋から消えていた無目の行方を町中で探し回ります。

 道行く人々に「青いリボンをした女の子を見なかったか」と。

 その時。茶色の古臭いラジオから、ノイズ混じりの声が響きました。


『本日未明、港の底に赤いリボンを付けた少女が沈んでいるのを発見しました。』

習作

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