はじめてのおんなのこ
言うなれば、僕は『仲間外れ』だったのだ。
僕は自然の中でいつも『彼ら』と遊んでいた。僕は結局、『彼ら』の輪の中に溶け込むことはできなかったのだ。
そのうち僕は『彼ら』と遊ばなくなった。遊べなくなったと言うべきだろう。『彼ら』が僕のことを受け入れなくなったせいもあり、僕の母親が『彼ら』と遊ぶことを禁じたせいもあった。
―—ちゃんもいい年なんだから、男の子みたいにはしゃぎ回るのはよしなさい。
つまらなかった。
確かに僕は『彼ら』とは明らかに異なっている。ついているものはついていないし、時が流れると『彼ら』との差異はますます広がっていった。からだの線はごつくならないし、むしろ胸の部分は『がっしり』よりも『しっとり』の線を描いているのがわかった。『彼ら』のうちの何人かが明らかによそよそしい態度になったのは間違いなくそのころだ。
でも僕は『彼ら』に身を置けるだけの才能は持ち合わせていたはずだった。『彼ら』よりも速く走れるし、取っ組み合いでもほとんど負けたことがない。情けなく泣き出す『彼ら』に代わって蜂を追っ払ったこともあった。
それなのに僕が『女の子』だからという理由で、居場所を失われてしまうなんて……
耐えられなかった。理不尽とも思った。だが結局は母の言葉にうなずくことにした。このときの母は明らかに弱っていた。おそらく最期の願いになるかもしれないと思ったのだ。
やがて母は天国へと旅立ち、父は新しい女性と再婚した。僕に新しい母ができた。
結論から言えば、僕はこの義母の存在がなければ、永久に自分の道を見失っていたかもしれない。それだけ、僕は義母がいてくれたことに感謝していたのだ。
最初は警戒していた僕のことを『彼女』はためらいもなく受け入れてくれた。家事の時も、団欒の時も、いつも『彼女』は僕に笑いかけてくれる。非常に優しかったが、それ以上に美人で健康な人だった。
ある日『彼女』は僕を入浴に誘ってきた。戸惑った僕に「前のお母様と一緒に入らなかったの?」と『彼女』は尋ねた。ううん、と僕は答えた。昔はともかく、今はなんか病気の理由でできなかったはずだ。
僕は『彼女』と一緒に服を脱いだ。次の瞬間、僕は風呂場に向かうべき足を止めてしまった。
そこにあるのは初めて見る女の裸体≪はだか≫であった。
当然ながら『彼ら』との身体つきとは明らかに違う。『女の子』であるはずの僕とも違うような気がした。他の女のことを知らなくても『彼女』の姿は美しいとわかり、胸は『しっとり』というより『どっしり』という印象があった。それに、身体からは今まで嗅いだことのないようないい匂いがほのかに漂っているような気がした。犬のようにクンクンさせると『彼女』は笑いながら「恥ずかしいからやめてちょうだい」と風呂場に駆け込んだ。
お湯で身体をゆすいでから『彼女』が洗ってあげると言った。僕は逆らわなかった。された記憶がないからワクワクしていた。
風呂椅子にお尻を乗せると『彼女』は泡立てたボディタオルで、優しく僕の身体をこすった。
優しい手が僕の身体の線をなぞる。まぎれもない『女の子』の身体の線を……
僕は唇を噛んだ。屈辱が内側からふつふつとわいてくるようだった。前母の言いつけを守って以来、僕はずっと息苦しさを感じながら過ごしていたのだ。『彼女』にはいつも優しくされているから鬱憤を吐き出すのはかえって抵抗があったのだが、僕のことを救ってくれるのではないかと信じて、たまっていた思いを吐き出すことにした。
僕は、このまま一生、女の子でなくちゃならないのかな?
わたしはそのほうが嬉しいわね。あなたはとても可愛らしいのだもの。
そんなことないよ、と僕は言った。そして可愛くなんかなりたくなかったと付け足した。たぶんこっちのほうが本音の気がしてきた。
『彼女』は腹を立てなかった。困ったように微笑みながら僕を立たせて脚の後側を洗い出した。
きれいな脚ね。わたし、あなたのことがうらやましいかも。
そんなことないってば……
あるの。ついでに短い髪も伸ばせば、ずっと素敵な女の子になれると思うわ。
いやだなあ、と素直に僕は思った。伸ばしたところで『彼女』のように素敵になれるか、まるで想像がつかないし、何より動くのに邪魔である。
ボディタオルがお腹の上に当てられた。僕はちょっと身じろぎした。くすぐったい感触がそこにあった。
前の方もボディタオル越しで愛おしげにさすられる。恥ずかしくないと言えば嘘になるが、それ以上に心地よくて、撫でられる動物たちの気持ちがわかるような気がした。
あなたも、そのうち大きくなるわよ。
身長のことかと思ったが、後に振り返るとどうやら胸のことを言っていたらしい。
余計なお世話、だとは思わない。当時はふくらみつつある胸は邪魔としか感じられなかったからだ。
お尻から足の裏までも念入りに洗われ、今度は髪に移るとき『彼女』の声色が変わった。しっとりとした真面目なものに変わる。
……『男の子』と『女の子』が現れた瞬間、あなたたちは離れ離れになる運命だったの。
まるで謎かけだが、なんとなく意味は僕にもわかった。心置きなく遊んでいたときは『彼ら』が何であるかを完全に理解していなかった。『仲間』であることだけわかっていれば、それで十分だったのだ。
なら、そういう認識さえ起らなければ僕たちはずっと一緒にいられたのか。そう思うと少し胸が痛んだ。
子供が大人になるように、男女がわかれる時期は必ず訪れるの。あなたは今の自分に対して戸惑いを見せてるようだけど、だいじょうぶ。時間と環境があなたを『女の子』にしてくれるはずだから。
正直、僕はこの優しい『彼女』の言うことならなんだって受け入れられそうな気がしていたのだが、この時ばかりは複雑な気分だった。心まで『女の子』になることを要求されているように思われたからだ。それに、男女分け隔てなくたわむれていたころの僕を否定されているような気がして嫌だった。ただ、僕が子供だからそう思えるのだろうか。
おしまい、という声が聞こえた。湯船に入っても大丈夫よと言われたが、僕はすぐに動けなかった。心が色々とかき回されていて、熱い湯に浸かったら頭が煮えたぎってしまいそうな気がしてきた。さんざん考えをさまよわせた結果、僕は『彼女』にこう言った。洗ってあげようかと。
快い返事があった。柔らかな背中をこちらに向けると、僕はなぜか唾を飲み込んで、慎重な手つきで彼女の肌に泡だらけのボディタオルを押し付けた。
身体を洗う間、僕の視線は『彼女』から離れなかった。
この先、僕がどうなるか僕自身にも想像がつかない。『彼女』の言葉に対してホントか嘘かどうかもわからない。ただ僕は『女の子』になっちまっていて、いずれは『彼女』のような女性になるかもしれないのだ。それなら『彼女』のことをもっと知ろうと思っても、罰は当たらないはずであった。