第6話:犯罪者
「ん…ここは…」
猫理は冷たい夜風に起こされ、目を覚ます。
「外...なのか」
先程までいた牢屋とはまた違った冷たい空気。
が、決してどちらも居心地のよい空気ではなかった。猫理は闇夜で必死に目を凝らす。視界はだんだん闇に慣れてきて辺りが把握出来始める
「ここは、村?あまり裕福では無さそうな…集落か?」
猫理は今、1人暗闇の中全く知らない場所で気絶していたのだ。
恐らくあの後、ここに運ばれたのだろう。ここがどこなのか検討もつかない。
「誰もいないのか?にしては人の気配はするgっ.....いってぇぇ...。。」
闇夜の恐怖がなくなると体の痛覚が戻ってくる。夜風に吹かれ、肉が直接出ている右頬がズキズキと痛む。
猫理は指先でそっと触れる。指先には血が付く。まるで今まであった皮膚を求めるかのようにべっとりと張り付いている。熱でほぼ止血はされているがそれでも溢れようとする血が傷口から滲み出る。
「まじで。なんなんだよ...。」
右頬のズキズキとくる痛みに耐えながら猫理はとりあえず呼んでみる。
「おーい…!誰かいませんか??出来れば少し傷薬と包帯のようなものが欲しいのですが!」
喉が痛いのを我慢し叫ぶ声は辺りにこだまする。
が、反応はない。しかし人の気配は確かにするのだ
「どういう事なんだ?人はいると思うんだが」
猫理はゆっくりと立ち上がり、とりあえず前方の家へを向かおうとした。すると横の草むらから人影が現れる
「ひっ!!?お、お前!おらの家に近付いて何する気だ!!」
「うおっ!?びっくりした。てかなんでそんな所いるんだ?〝おらの家〟って事はそれお前の家なんだろ?なんで入ってねぇんdっ!!?痛っぇ!?」
訳の分からないことをしていた男に話しかけていると突然後頭部に鋭い痛みを感じる。
足元に石が転がってくる。後ろを振り向くとパチンコの様なものを構えた顔に鱗が生え、耳の上にはヒレのようなものが生えている中年の男が立っていた
「こ!ここに何のようだ!略奪か!?略奪なのか!??」
「は...?よく分かんないが俺だって困惑して...う...お.....」
急に辺りが明るくなる。今まで暗闇で見えなかった所が視認出来るようになる。草むらから次々に松明を持った集団が現れる。
「か!帰れ!」
「ここに何のようだ!帰れ!」
「こ、ここで何をする気なんだ!!」
いつの間にか様々な種族の集団に囲まれていた猫理。それぞれクワや松明、シャベルやツルハシなどを構えている。そして猫理に向けられている明らかな敵意。
「いや...お...俺は.....」
「こ、ここはお前みたいな犯罪者が来る所じゃないだ!」
一際ガタイのいい男が叫ぶ。
何やらその男の後ろで話し声が聞こえる。
猫理はその男の後ろをチラリと見て言葉を失う。猫理が見たのは
怯えるように女と子供が抱き合って震えている姿。
母親が子供をなだめている。必死に抱いて守っている。
そしてそれを男達が庇い、そして武器を持って女子供を守っている。
しかし一体何に怯えている?何に敵対している?
その恐怖の根源は
ーー「誰」から?
猫理はかすれた喉で呟く。
「これは...俺に...怯えているのか.....?」
猫理はふと思い出したように右頬に触れる。
指先に刻印の凹凸が感じられる。
他者から付けられた犯罪者というレッテルに
とてつもない嫌悪感が込み上げてくる。
指先に付いた血がそこに傷がある事を確定付ける。
「この...この刻印のせいで...」
この刻印は第1級犯罪者の証。
この世界で1番重たい罰、死刑より残忍とされる処置。〝生きた屍〟の証。
国から…世界から殺すことすら拒否された印。
体にうまく力が入らない。気力が失われている気がした。猫理は耐えきれず膝をつく
「ここから立ち去れ!!!!」
「帰れ!帰れよ犯罪者!!!!」
「お前を必要としている場所はないんだよ!!」
無数の石が飛んでくる。遠くからスコップ等を投げつけられる。
足や体に当たる。石が当たった場所からは血が滲み、農具が当たり刺さった所、切った所から血が溢れ出す。真っ白なカッターシャツが鮮血で染められて、とことろどころ切れて破れていく。
血を流しすぎたせいか体が酷く寒く、全身がだるい。意識が朦朧としていく。しかし猫理は必死に言葉をつむぐ。まだ信じたい。わかってくれる人はいる。
俺はーー俺は...ーーー
「俺は...犯罪者なん...か...じゃ.....な...」
「お前は!!この世に必要とされてないんだよ!!!」
「ーーーーーーーーーーーーー。」
猫理の中の何かが壊れる音がした。
もう喋る気力も立つ気力も無くなる。
頭が考えることを拒絶する。
猫理はこの世界で、この異世界で自分は必要とされていないどころか、恐怖、畏怖され、蔑まれ、疎まれる。存在すら拒否される。そんな現実に目を背くように。視界は次第にボヤけていく。
故意に転移してないとはいえそれなりに楽しみだった異世界。しかし結果、待っていたのは悲惨な運命。
自分から流れ出る血の温かさが心地よい。
少なくともあの向けられていた冷たい視線よりは。
自分の血を握りしめる。
もういっそ…。殺してくれないか…。
死んだら…現実世界にでも戻れるんじゃないか…?
俺が望んでいた異世界はこんなんじゃ……
想像を絶する異世界の厳しさ。今まで楽観的に考えていた自分の愚かさ。諸々を胸に秘め、そしてその思いを全て〝恨み〟に変える。
…この世界のせいで……!!
そこで猫理の意識は完全に落ちたのだった。