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鬼畜魂 (KICHIKU-KON)  作者: junpei_k
1/1

~科学で解明できること。できないこと。~

 限りなく濃い深緑色をした南部鉄器の風鈴がチリンとひとつ音を奏でた。気づけば、ほんの少しガラス窓が開いていたようだ。まるでそうすることが当たり前のように、冊子に手をかけ、風のとおりを遮った。


もしかしたら今日は、初夏の陽気になるかもしれない。


「お兄ちゃん、どうして閉めちゃうの?」

妹の紗江子が不満を顕わに僕に文句を言ってきた。風鈴の音色をもっと聞いていたかったのかもしれない。


「冷房」


近頃、何かにつけては僕の行動にいちゃもんをつけてくる妹をうとましく感じていた。何かを言えば、必ず何か言い返してくる、そんなやり取りは、すぐにでも遮断したい。


短い言葉で有無を言わせず、これで会話はおしまいだと宣告するかのごとく、不機嫌に答えた。


反りが合うとか合わないの問題ではない。妹は、極力距離を置きたい存在なのだ。家族であるがゆえに逃げられないのかもしれない。


しかし、僕は一日24時間、どこかにチャンスがあるのであれば、この家を

逃げ出さなければならない。それは、誰にも気づかれてはいけないし、そぶりなど絶対に見せられない。


あくまで生活そのものは普通であるべきで、毎日を普通に過ごしながら計画を実行しなくてはいけない。


妹は敵なのか、または味方になるのか それはわからない。だけど、五臓六腑にひたひたと感じる、このおぞましいまでの神経の揺らめきを信じるしかない。



・・・・紗江子には、本物の鬼畜魂が宿っていると。



「そう。お兄ちゃんは暑がりだもんね。だけど、こんな狭い部屋で、冷房かけてたら身体にわるいよ?」


後ろ手に組んだ華奢な身体をゆらゆらを揺らしながら、いびつな笑顔を浮かべつつ僕を見つめる目は、決して笑っていなかった。


身体だけではなく、顔もゆらゆらと揺らし、黒い長い髪も動作に合わせて

せせらぐように揺れた。まるで、ファズ効果がかかったような髪の擦れる音が、耳に麻酔を打つかのごとく響いた。



(早くこの場を離れなければいけない)



「ふん。知ったことかよ。それよりお前、いつから俺の部屋にいたんだ?」


「つい今よ」


「さっさと自分の部屋にいけよ」


「お兄ちゃんに頼みごとがあるの、だから来たんだよ」


首をぐりんぐりんとまわしながら、長い黒髪がまるで生き物のようにうごめいている。首の動きは、不可思議な角度でコリコリと音をたてながら動いていた。駒がとまりかけのときのように、不規則で不気味で、見てはいけないものを見るような居心地の悪さを感じた。


(ダメだ、早くこの場を逃げなくては!やはりこいつは紗江子なんかじゃない、鬼畜魂だ)



鬼畜魂には悟られてはいけない


鬼畜魂には背中を見せてはいけない


鬼畜魂には弱みを見せてはいけない


鬼畜魂と戦うときには・・・・・・・・・死を覚悟しなければいけない




~~~~~~~~~~~~~~~~~

紗江子の髪のゆらめきは、次第にシャリシャリと砂を噛むような音となり、得体の知れない腐臭が部屋を充満した。


「おい!!やめろ!!」


僕は上擦る声を絞り出すように発した。でもそれはもう自分の声ではないような、変なしゃがれ声となっていた。コキッコキッと壊れかけのカラクリ人形のような首の動きで、紗江子の首はいまにも根元から折れてしまうようにみえた。


「だって、お兄ちゃんはいつも私の言うこと聞いてくれないんだもん」


あごをしゃくるようにして、髪と髪の隙間から見えた紗江子の目は、カッと見開かれ、そこには生命が宿っているのかどうかもわからないぐらいのただのプラスチックのような目があった。


瞳孔が完全に開き、白目の部分には、浮きだつような血管が見える・・・



(ニジリ・・・・ニジリ・・・・)



紗江子は、僕に一歩一歩と近づく。


腐臭がきつくなり、僕は思わず後ずらりした。身体が硬直してしまいうまく動けない。


鬼畜魂が実体化してしまったときには、すでにヒトの心は失われている。だから僕は紗江子を・・・


妹である紗江子を殺さなくてはならない。


自分の心臓ではなくなってしまったかのような鼓動が、喉から出てくるかのような苦しさを覚えた。

喉はカラカラになり、もはや僕の部屋は戦場と化したも同然なのだ。だから殺るしかない。



「お、お前はもう妹なんかじゃない!! だから俺は言ったんだ、矢面神社には絶対に行ってはいけないと!あの神社は呪われている!!」



(ニジリ・・・ニジリ・・)



「ホホホホホ、お兄ちゃん、何を言ってるの?私は今までもそしてこれからもお兄ちゃんの妹だよ?」


「うるせーーーー!! ちかよるな!!」


僕は震える足に神経を集中させ、自分が今どの位置に立っているのかを足先で感じようとした。

コツンとかかとが触れたのは、机の脇に縦においてあるカラーボックス。

その隣には、金属バットが立てかけてあったはずだ。


必死に部屋の構造を頭によぎらせ、神経を研ぎ澄ませた。紗江子の

異様な動きは、まるでボクサーのデンプシーロールだ。


「お前は鬼畜魂!俺がこの手で葬り去ってやる!」



(ニジリ・・・ニジリ・・)



「いったいお兄ちゃんは何を言ってるの?」


プラスチックのような目が俺を見据える。一瞬動きがとまった、その瞬間、僕は南部鉄器の風鈴の下に下がっている短冊を軽くたたいた。



(チリリン~)



紗江子が音のほうをちらりと見たとき、倒れこむようにして、金属バットの柄を掴み取った。

紗江子の目が今度はスライドのように僕が握ったバットを捉え、口元に笑みを浮かべた。


「何がおかしいんだ、この化け物があああああ!!」


持った手に渾身の力を込め、水平切りのようにバットをフルスイングした。



(しとめた!!!!)



コンマ何秒か後に予測された紗江子の肉をバットで粉々にする感覚は・・・・なかった。


少年野球で鍛えた僕の渾身のスイングは間違いなく、ちょうど紗江子の腰の辺りを強打するはずだった。


だけど感覚がない。金属バットが宙をきったそのとき、グシャっとした音をなぜか自分の身体から聞くことができた。


背中なのか、首なのか、いったいどこからなのかはわからない。


だけれど、



僕ははっきりと僕のちょうど胸のあたりから、紗江子の手が突き出ているのを見ることができた。




(うそだろ・・・・・)




~~~~~~~~~~~~~~~~

飛び散る自分の血が、「赤い色」だと認識できたのは、ほんの一瞬で、紗江子との思い出が、まだ辛うじて生きていた脳細胞から無理やり引き出された刹那、僕の視界は完全にブラックアウトした。


・・・・最後に、、、一番最後に感じることができたのは、紗江子の手が

ズリュリと引き抜かれたその感覚だけだ。





不思議と痛みはなかった。




(僕はおそらく死んだ)





紗江子は、血の滴る右腕をダラリと下げたまま、崩れ落ちた兄の背中からトプトプと流れ出る血に急に我に返った。はじかれたように、ドアを蹴倒し台所まで走っていった。


ゴミ箱の中から漁るようにして、ペットボトルの空き瓶を見つけて、また元の部屋に戻る。


兄の背中から流れる血をペットボトルにうまく流し込ませた。


コンコンと流れる血の鮮やかさとは裏腹に紗江子は顔面蒼白で、少し玉の汗が

吹き出ていた。


自分がどのようにして兄を死に至らしめたのか、もはや記憶にもない。


しかしながらここに倒れている兄を殺したのは、紛れもなく自分だという意識だけはあった。


手に持つペットボトルは、小刻みに震えだした。自分が何者なのかを知ってしまった驚きと実の兄を殺してしまった恐怖。


そして、そうすることが当たり前のように血を集めている不可思議さ。


心の中で何かがザワツイテいるものの、その正体がいったい何なのかわからない。


どのように実体化したのかもわからなかった。



「・・・わからない・・・。」



だが紗江子がとっている行動は意識外で何者かが突き動かしているようでもあり、自分の意識がしっかりと根付いているようでもある。


次に紗江子は、自分の部屋に小走りに走っていった。


ベッドの奥に手を伸ばし、黒く光ったジュラルミン性のアタッシュケースを取り出した。


パスコードを入力するとゆっくりと上蓋が開き、赤外線センサーが紗江子の頭をスキャンした。


スキャンを終えると、"complete" という文字が3回点滅し、高速起動ののちに、モニター部分に異様な文字を浮かび上がらせた。


ホログラフィックなのか、実態なのかわからないぐらいので鮮明さで、モニターから出現したのは、まるで理科の実験で使う三角フラスコを逆さにしたようなシルエットの物体だった。


パソコンのモニターから浮き上がるように出現したホッパーに兄の真っ赤な血を慎重に流し込んだ。



(これでいいわ・・・)




さらに紗江子はポケットをまさぐり 携帯端末を取り出した。


callすると、無機質な電子音応答が聞こえた。


「はいこちらは、鬼畜魂対策浄化本部です。ご用件に応じて番号を押してください。なお番号の途中でも操作は可能です。浄化メンバーをご希望の方は1番、鬼畜魂の情報をご提供の方は2番、その他のご用件は3ば・・・(ピッ)」


紗江子は、3番を押した。


「そのままでお待ちください・・・・。」


(なんだっけこの音楽) 


対策浄化本部の保留音を聞いたとき、紗江子は懐かしさを覚えた。


(放課後の音楽・・・そうだわ・・・放課後の)


「はい、お待たせしました。浄化メンバー主任の田所ともうします。」


受話器の声は、さわやかな青年を想像させた。突然現実に引き戻され、

最初の第一声を出すまでに、少し時間がかかった。




「・・・・人が死んでるわ・・・すぐに来て・・・住所は、曙町5丁目4の78」


「え? なんですか?すみません、あなたはどなたですか?よく聞き取れませんでしたので、再度お願いできますか」


「いい?もう一度言うわ。人が死んでる・・・住所は、曙町5丁目4の78・・・」 (プツリ)


紗江子は一方的に電話を切った。


人の死を伝える側と 受け取る側では、お互いのギャップを埋めあうまでにラグがあるものだ。


しかし電話を切る間際、田所が息を呑む様子が十分に伝わった。


血の指紋がついてしまった携帯端末をしまい込み、兄の躯をじっとみつめた。


「お兄ちゃん・・・私の頼みごとはね・・・私を殺して、、、、っていうことだったの。。。

お、お兄ちゃん・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・

お兄ちゃん!!」




 鬼畜魂が宿ってしまった身体に気づいたのは、自分自身の身体能力が異常発達したことを知ったときだった。


ミツバチの羽のうごきが、まるでスローモーションのように見えた。


高速で動く車輪の動きの溝まではっきりと目で確認できた。


路地で私を襲おうとした奴らの動きが読めた。


「鬼畜魂が宿った・・・お兄ちゃん、、、助けて・・・・お兄ちゃん!!」



言葉にならないむせぶような声が小さな部屋に響き渡る。



~~~~~~~~~~~~~

鬼畜魂対策浄化本部は、永田町の地下に存在する。2050年には回復すると言われていたオゾンホールは、科学者の予想を大きく裏切り、逆に拡大していった。



その結果、地表における紫外線量が危険数値に近づきつつあった。人々の多くが地下への移住を求める中、国の主たる機関はいち早く、一等地の土地を買占め、民間の土地専門不動産業者が左団扇で乱売している最中にあった。


しかし、ここでも貧富の差が大きく影響し、大多数の一般人は、まだまだ地表での生活を余儀なくされていた。


対策浄化本部の支部は、全国に広がるが、ここ永田町は政治の中心でもあり、新しい情報を得ることが出来る言わば極点であるとも言えた。


曙町からの通信は、対策浄化本部ですぐさま声紋解読がなされ、改定が繰り返されたマイナンバー制度の声紋登録データベースから、広田紗江子のものであることが確認された。


田所はすぐさま部下の吉井を引き連れて、現場に急行することとなった。


田所は、黒縁の少しレトロなメガネをかける長身26歳。吉井は、それより少し背が低く、中肉でがっちりしたからだつきのガテン系の23歳。


しかしこのコンビは、見た目とはまったく異なる役割を果たす。田所は、パワータイプ。吉井は頭脳で勝負するタイプである。


現場に到着した二人は、部屋から漂うむせ返るぐらいの血の匂いに顔をしかめ、ハンカチを口に当てながらくぐもった声で会話した。


「どうだ・・・助かりそうか?」


「主任。この状態では、もう死んでます。この血の池地獄みたいな部屋の様相からして、鬼畜魂でしょうね」



「ああ、今月に入って、やたらと多くなったな」



5月の連休が明け、仕事に戻る人たちが増えてきたこの時期、確かになぜか鬼畜魂による被害が拡大しているようだ。



「主任。ここにある肉のかたまり・・・なんだかわかりますか」


「ん?」


田所は、メガネの淵に手をかけ、かたまりを凝視した。


「これは」


「ええ、そうです、彼の心臓ですよ。胸のぽっかり開いた穴から零れ落ちたんじゃないです。これは、鬼畜魂が意図して心臓を抜き出したかのようです」


死体検閲のプロでもある吉井が言うのだから、そうなのだろう。


しかし、いつでもこうやってクールに死体の分析をしている吉井には、いつでも違和感を感じる。 


田所は、眉を寄せて吉井の分析を聞き流そうとした。


部屋中に飛び散っている血しぶきや手に握られた金属バットの様子を見れば、壮絶な戦いがなされたことが容易に想像がつく。


ふと、、、田所は、部屋のドアが蹴り破られていることに気づいた。廊下にも続いている血痕を追っていく。


「主任、どうしたんすか?」


「吉井、お前も来い」


田所は、台所のゴミ箱のあたりが散乱している様子やさらに続く血痕が、


(ここを探せ)


と導いてくれているように感じた。


台所を右手に折れた奥の部屋の前に来たとき、田所は何かが蠢いているような変な感覚に襲われた。眩暈によって、今にも吐きたくなるような気分だ。


「吉井、プラズマを用意しておけ」


プラズマとは、電離気体を応用した銃の名前だ。鬼畜魂の浄化メンバーだけが所有を認められている特別な銃である。


「どうせ、このドアも壊れている」


一言小声で言ってから、田所は力任せにドアをぶち抜いた。すぐさまプラズマを構え、中の様子に神経を集中させた。田所のプラズマは、吉井のそれとは違って、少し銃身が短い。


そのかわり彼は2丁使いであるがために、両手を左右に広げて、右側と左側のそれぞれにプラズマを構えた。


そして正面。



(チリンチリンチリン・・・)



開け放った窓に まさについっさっき「犯人」がくくりつけたと思われる南部鉄器の風鈴が鳴り響いた。


短冊に残る血のあと。


ついさっきまで「犯人」



「いや、恐らく犯人は、電話をかけてきた主である広田紗江子だ。そして彼女が鬼畜魂そのもの。


さらには、あの仏さんは、広田紗江子の兄、広田克人ではないか・・・」



田所は、独り言のようにつぶやいた。



「主任、これをみてください」


吉井が手にしているのは、ブラッドPCと呼ばれる”血液機動パソコン”である。


ロシアの最先端テクノロジーチームが開発したとされ、極秘扱いになっている特殊なパソコンだ。


クローン人間研究の亜種とされてきた人間の血で機動するパソコン。それがブラッドPCである。




起動ではない、、、、”機動”


「ブラッドPCがなぜこんなところに?」


~~~~~~~~~~~~~~~~

”血液機動パソコン”通称ブラッドPCは、国家の最高機密に値する。しかもこのブラッドPCは、朧月夜の血盟団における厳戒レベル最高ランクに位置しており、地表に出ることは絶対にないといういわくつきのシロモノだ。

 ・

 ・

 ・

「吉井!そいつは回収していくぞ」


「・・・は、はい。ですが主任 これすでに機動されているようです、恐らくは機動させたのは加害者の

紗江子です」


「そんなことは言い切れないだろう。殺された克人かもしれんじゃないか?それにな、ブラッドPCは俺たちの管轄外だ。よけいな詮索はしないほうがいい。俺たちは現場でたまたまこいつをみつけた。ありえないことだが、見つけちまったものはしょうがねぇ。朧月夜の血盟団にほらよと渡せばそれでいい」


すでに田所は、血だらけのブラッドPCとのかかわりを早々に絶ちたい気分だった。何かがおかしい。


何かが急速に展開していくような言い知れぬ恐怖が彼の第六感に警鐘を鳴らしていた。


「主任、でもこれはやはり紗江子が機動させ、そして克人の第二組成が向こうの世界で完成しているようです」



(第二組成?  向こうの世界?)




「お前はいったい何を言ってるんだ?」



吉井は、無言でモニター画面を田所に見せた。



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second composition makeup completed

 (第二組成が完成しました)

his name is Katsuhito.

(名前はカツヒトです)

his blood is perfect.

(彼の血は完璧です)

--------------------------------



そして一番最後に こう書いてあった。



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administrator :  Saeko

(アドミン : サエコ )

--------------------------------



モニターの横にあるガシェットには、たくさんの項目があり、それぞれに帯グラフのようなもの数字が切り替わる様子が書かれている。



そこには、


「現在位置」という項目もあった。


田所は、迷わず その部分をタップしてみた。


ポップアップされたウィンドウには、地図が表示される、マトリクス系の立体地図だ。


そして、恐らくは第二組成されたカツヒトの現在位置を示すものだろう。


「ここは?」


吉井も画面を食い入るように見る。


「ここはたぶん座標からして千葉県・・・ええと、船橋市でしょうか。あ、これは駅ですね!大きなターミナル駅のようです。ん? 西船かな」




再度、田所は画面のポインタの動きと立体地図を確認した。もう少し見やすい地図はないものかと見える箇所をタップしてみる。



(ボワン)



ブラッドPCが異様な音を立て、ホログラフィックイメージが田所たちの眼前に現れた。



「うわ!!」


思わずのけぞるぐらいの大きさだった。


「はい、ここは西船で間違いないようです。しかし、こんなに精度の高いパソコン、日本もここまでの技術革新が進んだのですね」


吉井は、これから起こる日本を震撼させる事態の重要さに気づいていない。それよりも違う方向に興味をもつようだった。


「これは本部にすぐに連絡したほうがいいな・・・」


「いえ、主任、これは我々が対応しましょう」


「お前、何いってんだよ。俺たちの仕事は鬼畜魂のバストだけだ。他の分野は専門家に任せる」


吉井の妙な好奇心につきあっている暇はない。これ以上の有無を言わせぬという目でにらんだ。


「違います、主任。これは我々がやるべきです。」


いつになく吉井は真剣なまなざしで田所を見つめ返した。


「まず第一に、なぜ紗江子はわざと我々の目につくように、発見されやすい場所にこいつを置き去りにしたのか。少なくとも紗江子は、カツヒトを殺害ししています。


そして彼らは兄妹です。

狂おしいぐらいの何かの事情があるように思いませんか。

第二にこいつです。」



吉井は、ブラッドPCを目を向ける。


「こいつは、およそ我々が生きているうちにお目にかかれるシロモノではありません。何しろ僕もうわさにしか聞いたことがない。だけど今、こうやって本物が目の前にあるのです。」


「お前・・・鬼畜魂の捜査よりも そいつに対する興味のほうが上だろ」



「はい、それは否定しません。しかし、主任もわかると思いますが、僕らは鬼畜魂をバストしなくてはなりません。それも根絶やしにしなければ、安全な生活など誰にもまわってこないのです。でも こいつは、何か解決の糸口になるかもしれません。紗江子は、その役割を僕らに託した・・・そう考えると すべてのつじつまが合いますよ」




田所は、驚きとともに多弁になった吉井の言葉を咀嚼した。



(確かに・・・)



ふと 


目に付いた 


紗江子の机の上にある 


家族の写真。 


そこには4人家族が全員笑顔で幸せを満喫している様子がうつしだされていた。

白い帽子が風に飛ばされまいと 押さえながら はにかむようにして写っているこの子が紗江子。


父親よりも背が高く、日焼けして 太陽が眩しいのか、片目を閉じて笑っている少年が・・・・


カツヒトなのだろう。


「吉井、そいつを持て。今からアナザー千葉に直行する!」

「いえっさ!」


~~~~~~~~~~~~


 今から30数年前、日本では立体的な道路の拡大を進めてきた。混雑の緩和と公共事業増大という名目の元、たくさんの人々が工事に従事し、道路は地表の上へと拡大したのだ。



ところが、世界各地において、紫外線ハザードが騒がれるようになり、アンダーグラウンド区域の整備が急速に進んだ。


紫外線ハザードは、軽症であっても火傷を引き起こし、少しでも油断すれば皮膚がんや白内障の恐れがあるとされ、もっとも重症の場合には、紫外線が一気に細胞を変異させてしまう。


皮肉なもので、その危険値を超えた紫外線量においてもヒトの耐性能力が勝ってしまった場合、まるで免疫ができあがるかの如く急速進化し、鬼畜魂を発症すると言われている。


本来であれば、地上に届くはずのないC波(UV-C)がオゾン破壊によって、届くようになってしまった。


菌を一気に殺す光線が地上に届くのだから、危険度はかなり高い。



そのC波(UV-C)を受けても尚ヒトとしての生命を維持できるのが鬼畜魂である。


田所や吉井は、アンダーグラウンドの中でもエリートが集まる永田町の地下において、数々の論理テスト、身体的なテストをパスし、鬼畜魂浄化メンバーとして、国から任命を受けたいわゆる国家公務員なのだ。



彼らが着ているアーマースーツは、すべてがコンピュータ管理され、体内の異常などもすぐにキャッチされ、アーマースーツ内の皮膚接触した部位から、回復を図ることができる。


ビークルのコクピットから、電子的な音声が流れた。



【日の入りから1時間が経過しました。紫外線量測定により、スーツ解除を許可します】



「ふ~~~~!やっとですねー」


吉井はそのときを待ちわびたように、頭や手からスーツを剥がしていった。太陽が沈めば地表でもある程度普通に生活が出来る。


「主任、ちょっとコンビニへ寄ってもいいですか?」


「ああ、かまわんよ。のどが渇いたな。ビークル、一番近いコンビニへ誘導頼む。あ、どうせなら自動運転してくれ」



【田所主任、イエッサ!ビークルはオートモードに切り替わります。安全のためシートベルトを再度確認してください】



ダッチチャージャー6000・・ 通称ビークルにも最先端の技術が施されている。同乗している人物の顔をすぐに記憶し、人間と同等の会話ができる。銀色の車体には、対鬼畜魂のミサイルも搭載されているぐらいだ。



日没となり、地表の人々も活発に活動をし始めたらしい、だんだんと通りに姿を現しはじめた。



【一番近いコンビニに到着しました】



ガルウイング型の翼のようなドアを開け、コンビニへ入る。


「いらっしゃいませー!」


若い学生が元気に声をかけてくれた。


さっそくレジには、果物の皮を求めに来た人たちが、我先にと行列をつくっていた。


果物の皮、例えばスイカやメロンの皮は、いまや コンビニの中でも一番高いぐらいの金額になっている。


中身のおいしい部分と皮が別々に販売され始めたのは、ここ10年ぐらいだろうか。


果物の皮には、紫外線を中和する働きがあるといわれている。実際の効果はほど知らないが、10年経った今でも 人気の商品であることは間違いない。


果物の皮は、次第に燻製になったり、錠剤になったりしている。


田所と吉井は、手早く飲み物を選び、浄化メンバー専用のタッチパネルで会計を済ませた。


「西船に到着したら、ビークルを地下に停め、ゲートインする。吉井、お前

飲み物だけで大丈夫なのか?」


「腹が減ったら、千葉の名産でも食いますよ」


「おっと、吉井、カツヒトの位置はどうだ?」


「ええ、ずっと追ってますけど、先ほどから動いてないようですね。たぶん第二組成が終わったばかりのNewbie ですから、admin である紗江子がなんらかのコマンドを送らないといけないのですね。

だから、、、、いわば指示待ち・・みたいなもんでしょうか」


「よし、ゲートインする前の地表で追いつければいいがな・・・ビークル、自動運転継続で急行サイレンを鳴らしてくれ」



【田所主任 イエッサ】



(ウウウーーーーーーーー!)



けたたましいサイレン音が鳴ると、前を走る車たちが、自然と道をあけてくれた。


「よし、一気に行け!」


【ニトロを使います。お二人とも衝撃にそなえてください】


(ウウウーーーーーーー!バシュッ)



「ビークル。目標までの推定所要時間はわかるか?」



【カリキュレイト・・・・推定7分です】



田所たちを乗せたビークルは、次々と車両を抜かし、目的地へと急いでいた。

   ・

   ・

   ・

 そのころ、カツヒトは、吉井の予想通り、紗江子からのアクセスを待っていた。第二組成を無事に終えたカツヒトが、外見的に違って見えるのは、目の色だ。瞳が緑に近い色になっている。


そして、身体の内部として違うのは、今 体内にある心臓は、人造でありそれは、人がつくったものではない。


ブラッドPCがカツヒトの血から作り上げたものである。



 5分


「吉井、カツヒトの動きを再度確認してくれ」


「はい、動きはありません。先ほどと同じですね」



 3分


「よし、ビークル このまま突っ走れ、ゲートインする前に捕まえられるかもしれん。ビークル、先ほどの指示を訂正、駐車場などとめなくていい。カツヒトの真横につけろ!吉井!どうだ?」


「はい!いけるかもしれません。動きなし!!」



 1分


「ビークル、カツヒトの真横にとめろ!そして到着前にガルウィングをあけてくれ!」


【了解しました】


 30秒


「吉井は左サイドからいけ、俺は右から回り込む!ビークル頼んだぞ!」


【おまかせを】


 10秒

  9

  8

  7

  6

  5

  4

  3

  2


(((( ピカッ ))))


「うわー!!」

~~~~~~~~~~~~


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