第6-3/サーモバインドとエア・ブレーカー(3)
「大人しいわね。万策尽きましたかしら? 降参ならいつでも受け付けますわよ」
「…………」
アビィの煽りを無視して、オレは氷室さんの方に目を向ける。すると、こちらに気付いた彼女は目線で何か合図を送ってきた。
「ーーーー!」
オレはゆっくりと頷くと、すっと腰を落とす。
「あら。まだ悪あがきを続ける気ですの? 能力を使えない貴方なんて、いくらでもーー」
「……ふっ!」
アビィの言葉をよそに、オレは斜め後方へと思い切りジャンプする。
「ーーなに、を」
「熱ッ……はぁっ!」
熱せられた空気に呑まれながら、オレは「波動』を発動する。標的とするのはアビィ、ではなく。
「はーーえ、どこへ撃ってますの?」
「……天井、だ」
「えっーーなっ、きゃああっ!?」
アビィが上を見た瞬間、溶けかけた大きな氷塊が直撃する。氷室さんが合図していたのはアレだ。さっき氷塊を出した時に、直接攻撃や防御に使わず、一部を天井に貼り付けてあったようだ。
アビィの注意が途切れたことで能力封じが解除される。すぐさま氷室さんが『氷雪華』を展開し、オレの方に駆け寄りながら氷を寄越してくれた。高熱にさらされていた身体に氷の冷たさが心地いい。
「いやぁ、助かったよ氷室さん」
「いえ。こちらこそ、嬉しかったです。その、ちゃんと意図が伝わって」
「まぁ、あれだけチラッチラと一生懸命に視線動かしてたらね」
「えっ、あの、何か変、だったかしら……」
私、あまり人とのコミュニケーション慣れてないから、ともじもじしながら赤くなる氷室さんには珍しい挙動に、思わず頬が緩む。
「そ、そんなに笑わなくてもっ」
「いやごめん。大丈夫、あそこではアレが最善だったと思うから」
「それなら、いいですけれど」
可愛いものが見れたから眼福だったよ、なんて言ったら彼女は怒るだろうか。そんなことを思いながら、怪訝な表情を赤くする氷室さんをヘラヘラ笑いながら眺めるオレだった。
「おーい、俺のことを忘れちゃいないかい?」
そんなオレの後ろから、平利の声がかかる。結局、こいつは味方ってことでいいんだろうか。今この場においては、ひとまず協力してアビィと敵対しているのは確かだろうが。
「あ、そうだ氷室ちゃん。俺にも氷くれてサンキューな! お陰で助かったぜ」
「いえ。最初に能力が封じられた時、私もあなたに助けられましたし」
「おお、呼び方を変えたら反応が!? これは脈アリ……!?」
「それとこれとは別よ。控えて頂戴」
相変わらずにべもなく撃沈する平利だが、最初よりはほんの少し打ち解けているように見える。氷室さん的には、助力への感謝半分、ダブルスパイとはいえスパイだったことへの警戒半分といったところか。
「ちょっと。こちらを無視して和気藹々としないでいただけます?」
「お、会長生きてた」
「当たり前ですわ! 全く、やってくれましたわね。ですが、もう同じ手は食いませんことよ! もう一度『冷熱固定』で能力を封じれば……」
アビィ会長が腰に手を当て、もう片方の手でこちらをビシィ! と指差してくる。
「こらこら、人を指差すもんじゃありません。んで、こっちも同じ手をそう何度もくらうつもりないんだよな、と!」
アビィへ向けてオレの『波動』、平利の『斬身』、氷室さんの『氷雪華』の斉射が飛ぶ。
一方アビィは、何やら棒のようなものを取り出して、こちらの攻撃を打ちはらいつつ避けていた。
「今度は何ですか、そりゃぁ」
「吉内謹製、伸縮鉄パイプですわ。わたくしの能力と発熱弾に用いられる熱源を組み合わせればこれこの通り」
こちらに差し向けられた鉄パイプを見ていると、たちまち赤熱し始めて、全体が赤く光り出した。
「あまり温度が高すぎても脆くなっちゃうのですけれど。そこはそれ、『冷熱固定』の見せ所。程よく超高熱の鉄棒は、邪魔者を灼き斬る刃にもなりますの。加えて」
演説を続けるアビィが手元のスイッチらしきものを操作すると、シュッ! と鉄パイプの長さが伸びた。
「いや、赤熱したまま伸縮するとかどういうことよ」
「吉内の技術を舐めないことね。わたくしの攻撃範囲が広がるということは、『冷熱固定』の範囲も広がるということ。さぁ、今度こそ観念してーー」
「させねぇよ……氷室さん!」
「ええ!」
赤熱する伸縮パイプを振り回して接近してくるアビィに対し、氷室さんの『氷雪華』を壁にしてガードする。
「チィ……なんなんですの、その余裕は? 既に貴方達の周りの空気は数十度に固定されている筈。直接封じられていなくとも、能力を使っている余裕なんて……!」
「さぁて、何なんでしょうねぇ。それよりも、万策尽きたなら降参は受け付けるけど?」
この生徒会長サマは本当によく喋る。それだけの自信があった、ということなのだろうが、こちらに切れるカードが残っているうちは、有効な判断材料にしかならないことを、この人は理解しているのだろうか。
「くぅ、ちょっと余裕が出来たからって……! もういいですわ、こうなれば白兵戦でっ」
「させないわ」
「ああもう、この馬鹿でかい氷!! ほんっとウザいわね……!」
「ヘイヘーイ、また素が出てますぜお嬢」
「しょぼい斬撃しか飛ばせない人は黙っててくださいな!?」
……これまでの戦闘からわかる『冷熱固定』の性質はこうだ。
まず、通常の有効範囲は自分が触れているもの、或いは近距離……おそらくは1メートルかそこらであること。
そして、自分が持っている道具や武器によって有効範囲は拡大可能ーーつまり、アビィの得物とその周囲にも効果は及ぶことになる。
更に、直接触れていなくても作用はするが、有効射程にかなり限りがある。ということは、その能力の伝導媒体は光や視線といった瞬時に標的に届くものではなくーーおそらく、『空気』なのではないかと思われる。
先程から気温を操る戦法を採っていることからも、その可能性は高いだろう。
「さて。そんじゃま、ここから本格攻勢と行きますか」
「大丈夫なの?」
「ああ。オレが道を作る。氷室さんは思い切り氷の弾丸をぶち込んでやってくれ」
「わかりました」
オレが方向を指し示すと、少しも狂いない精度で氷の弾が飛んでいき、アビィに連続でヒットする。氷の粒は先ほどより小さいが、高熱で溶けることはなかった。
「く、この……涼しい顔をしてっ!!」
「いやいや、実際涼しいモンですよ? むしろあんたの方が熱いんじゃないです? そんなモン振り回して、その辺の空気、相当焼けてるでしょ」
「ふん、このわたくしがそんな愚を犯すとでも思って? 無論、自分の体内、および皮膚や服の表面温度は適温に固定してあります。熱で消耗することはありませんわ」
「へぇ、そうかい」
アビィのドヤ顔にオレは短く返すと、オレは氷室さんに次の手を短く耳打ちして、続けた。
「そいつはよかった」
「なーーーー!?」
言い終わり、オレが駆け出すと同時に、アビィの周囲全方位から氷の結晶が発生し、ヤツに迫る。
「『氷雪華』最大解放ーー!」
アビィが怯んだその隙に、オレはその氷塊へと近接する。
「ーーからの、『破空波動』、ってね」
『波動』の全力発動、その真の力。仮想真空状態を生み出すこの能力で、アビィを囲む氷の周りに真空の壁を作り出す。
ーー"真空断熱"。魔法瓶なんかの仕組みにも使われている通り、真空の層は熱を通さない。
自分で言った通り、アビィの体表が正常な温度に固定されていたなら、内側から氷の壁を破るのは不可能だろう。
『冷熱固定』は、そして吉内アビィは奇襲や想定外の状況に弱い。なまじ普段の能力が高いだけ、それが通じなかった時はメンタルが崩れやすいのかもしれない。
おそらく、今の攻撃でも一瞬『冷熱固定』を解除させることができた筈だ。
……そして、鉄は熱しやすく冷めやすい。頼みの鉄パイプは氷の一撃で冷めていることも期待できる。
あとは発熱弾だが……。
「ま、その場ででっち上げた作戦で、希望的観測も多いんだが。どこまで効いてるかねぇ」
「たぶん大丈夫だろ。さっきの涼しい顔でー、とか言ってた時、こっちがマジで涼しかったのに気付いてなかったみたいだし」
「あー……それなんだが。分かっちゃった?」
オレの問いに、平利はいんや、と首を振る。
「俺たちの周りに熱が来ない、というか快適な気温だったのは、氷室さんとクドっちの連携の結果なんだろうとは思ったけど、その正体については全くだ」
ほんと仲が良いみたいで羨ましいぜー、などとうそぶいているが、どこまで本気なのやら。こいつもこいつで、いまいちよくわからないところがある。
「氷の中で特に大きな動きはないわ。熱源が発生した感触もなし、たぶんですけど空堂くんの作戦はうまくいってるのではないかと」
「え、氷室さんそんなことも分かるのかい?」
「ええ、まぁ。ちょっとしたセンサーの役目も、『氷雪華』は担えますし」
「万能だなぁ」
感心していると、氷の中から、チカチカと光が漏れてきた。真空は音や振動は伝えにくいが、光は普通に伝えることができる。
小刻みに、一定のパターンで光っているようだが、これは……。
「エスオーエス……?」
「空堂くん、どうしますか?」
「んー、氷の中の音声とかって、拾えたりする?」
「あ、はい。やってみますね」
本当に万能だなぁ、と眺めていると、氷室さんが手のひらに乗せた小さな氷の華から、アビィの声が聞こえてきた。
「何よ、何でよ、何なのよ〜! 何も聞こえなくなるし、いきなり寒くなるしぃ! この氷、無駄に分厚くて破れそうもないし。というかほとんど密着してて動けないし! とにかく寒い! こごえる! もうなんでも良いからここから出しなさいよ〜っ!!」
「あらら、こいつはまた」
どうやらメンタル的にガッツリ折ってしまったようだ。普段圧倒的な力や権力をふるっている奴ほど、苦境には弱かったりする。無論そうでない人種もいるが、吉内アビィはこのパターンの人間だったようだ。
「……どうします?」
氷室さんがいつもの数割増しの冷めた目で、オレに訪ねてくる。学園長の娘でSランカーの生徒会長がこのザマでは、呆れるのも分かる。
「とりあえずオレの能力を一部だけ解いて、そこから交渉かなぁ」
「了解。では、そこは空堂くんに任せます」
「はいよー」
オレは真空の壁を一部だけ外し、声が通るようにすると、氷の塊に向かって話しかける。
「会長、聞こえるかい?」
「!! 空堂真介! 貴方、このわたくしにこんな狼藉、許されると思っているのかしら!?」
「ああ、そこから出たいわけじゃないのね。それならいいや」
「まっ、待ちなさい!」
「ん? 何か話したいことでもおありかな?」
「くっ……!」
焦らずに、はぐらかす。こういう場合はこちらから持ち出すのではなく、向こうから「頼まれて交渉を受け入れる」形にするのが好ましい。
そうすることで、心理的優位にも立てるし、交渉を受け入れるという時点で一歩先にこちらが譲ったことになるからだ。
「ま、こっちとしてももう半ば用は済んでるんでね。オレとしちゃこのまま帰っても良いんだが」
「……貴方、人質のことを忘れてなくて?」
「そっちについても、もう解決の算段ついてるんだなぁ、コレが」
「ハッタリを……!」
「そう? こっちにはダブルスパイやってた平利も居るし、あんたの身柄もこうやって拘束してんだ。やりようはいくらでもあるってモンですよ。……それともこのまま放置、試してみます?」
人質に関してはもちろんブラフだ。消えたままの亜衣子を探す手がかりは、これから見つけなくてはいけない。が、追い詰められた人間ってものは、それっぽい状況さえ揃っていれば相手の言うことを信じたり、押されてしまうものである。
「〜〜〜〜っの! 貴方、わたくしのことを性悪呼ばわりしていましたが、そちらの方がよっぽど性悪ですわっ!!」
「人聞きの悪い。オレはただ、自分がやられたことに対して必要なお返しをしているだけですよ」
アビィ会長はたっぷり20秒ほど、くーくー唸り声を上げたあと、心底悔しそうに怒鳴り声を上げる。
「分かった、わかりましたわよ!! 人質……平久保亜衣子の身柄は開放します! それで良いでしょう!?」
「おっと、それだけかい?」
「まだ何かあるんですの!?」
キーッと甲高い声を上げるアビィに追撃をかける。相手はいい感じに冷静さを欠いている。ここは抑えどころだろう。
「亜衣子の解放に加えて、今後オレの能力について追及しないこと。ーーま、要はこれ以上ちょっかいかけてくんなってことさ」
「うぐぐ……分かりましたわよぅ」
すこぶる不服そうな声で、承諾の声がこぼれ出る。やれやれ、これで一応は落着というか、多少は落ち着くだろうか。
「ーーただし! こちらからも条件がありますわ!」
「この期に及んでか。まぁ、聞こう」
「まず、今回のことについて……つまり、この戦闘の結果について口外しないこと」
要するに「生徒会長敗北の事実」を隠したいらしい。オレとしても、この騒動が表沙汰になるのは好ましくないので、それは構わないが……。
「ああ、あんたの負けは隠しておくさ。それより、『まず』と言ったか?」
「ま、まま負けてないですわ! これはあくまで、お互いの状況を見た譲歩の結果であって……」
「はいはい。んで、まず、と言ったからには次があるんでしょ?」
「そう、そうですわ! 貴方達、これから生徒会に協力しなさいな」
……ええと、はい?
「それ、最初に言ってたのと変わらないんじゃ」
「大違いですわ! 最初は貴方に『私の駒になれ』と言ったのよ。今言ったのはあくまでも協力関係。いわば『同盟』ですわ」
「ふむ……」
なんだかんだでたくましいお嬢様だ。『同盟』と言いつつ繋がりを維持することでこれからも探りを入れてくるとか、そういう腹積もりだろう。
もう少し面倒は続きそうだが……かと言って、今この状況をまだ長引かせるというのも、正直なところうまくない。
「……貴方『達』、と聞こえたが」
「もちろん、人質の平久保さんを含み、梨霧平利、氷室幸花ーーそして空堂真介。この4人ですわ」
「オレはともかく、なんでほかの連中も巻き込まないといけないのかねぇ」
「あら、今更ですわね。ここに来た時点で、十分に巻き込んでますわよ?」
「……む。それもそうだが」
とはいえ、平利はともかく亜衣子や氷室さんをこれ以上巻き込むのはどうなんだ。氷室さんを見ると、こちらに目を合わせながらゆっくりと頷いた。「わたしは構いません」ということらしい。
「それに。貴方達、今何かと話題の渦中にいるでしょう。生徒会のバックアップがあれば、そんな騒ぎや噂のアレやコレも、簡単に鎮静化できますわ」
「取り乱したと思いきや意外と冷静……なかなかどうして、食えないお人だ」
「お互いさまですわ。それに、伊達に生徒会長、やってませんわよ?」
それもそうか。途中、見事に小者っぽい言動になっていたが、これでもSランカーの生徒会長だ。もしかすると、これはこれで生徒会内での人望もあったりするのかもしれない。
「分かったよ。互いに守るべき秘密がある関係だ、その条件を呑もう。けど、協力って言ってもあまり面倒ごとに関わるのはごめんですよ?」
「もちろんですわ。わたくしとて、敗北の噂が流れてはたまったものではありませんもの」




