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第6-2/サーモバインドとエア・ブレーカー(2)

「というかギリーはその拘束抜けらんないの? 『斬身(フィジカルカッター)』なら斬れそうなもんだけど」


ギリーこと梨霧平利の能力はランクBの『斬身』で、身体の至る所から斬撃を発生させることができるものだ。縄くらいなら、こっそり能力で斬って逃げるくらいできてしまいそうなものだが。

その疑問に、何故か吉内アビィがドヤ顔で笑いながら話し始めた。


「ウフフフ……すでにご存知のことでしょうが、そこまで言うならご紹介しましょう! わたくしの能力は『冷熱固定(サーモバインド)』! ランクはSッ! ですわッ!!」

「へぇ、会長ってやっぱSランカーだったんだ」

「なんで知らないんですの!?」

「や、オレそういうのあんま興味なかったんで。……で、そのサーモンパチンコがなんだって?」

「サーモバインド、ですわ!! ふん、よくってよ。そこまで無知なのでしたら、わたくしが丁寧に教えて差し上げます!」


……あれ、この人思った以上にチョロい?

敵戦力の情報が得られるのはありがたい。まぁ、Sランクと言うからにはそれ相応の自信あってのことなのだろうけども。


「『冷熱固定(サーモバインド)』はその表記通り、対象の温度変化を封じ、固定します。能力の発動にはエネルギーの発生が必ず起こりますわよね? 温度の変化……熱の発生によるそれを封じるということは」

「逆説的にエネルギー発生が封じられ、能力が発動できなくなるってか。そもそもの使い道とは別な気もしますがねぇ」

「……ま、そういうことですわ。仰る通り、色々使い方はありますことよ。さて」


説明途中でオレが引き継いだのが気に食わなかったのか、吉内アビィはため息をついて話を打ち切りつつ、手元にあるボタンをポチッと押した。

ウィーンウィーンと機械音らしきものが部屋中に鳴り響く。


「……今度はなんだってんだ」

「この部屋の内装を特別戦闘訓練モードに変更しました。ま、トレーニングルールに使われているものの応用ですわ。交渉は決裂したのでしょう?」

「はは、本当無駄にお金かけてるなぁ。で、そちらさんも力ずくで解決しようと?」

「少々野蛮ですが仕方ありませんわ。さぁ、おやりなさい」

「ーーーー!!」


吉内アビィの声と同時か少し早いくらいのタイミングで斬撃が飛んできた。オレは『波動(ウェイブ)』を展開してそれを受け流す。飛んできたのはーー。


「平利……!」

「ハッハァ! 不意を討ったのに随分と楽に捌いてくれるじゃないの! もしかしてバレてた?」

「だってお前、『冷熱固定』で縛られる割には随分とリラックスしてたし」

「性分じゃん?」

「まぁ、そうだな。強いて言うならカン、かねぇ」



氷室さんがオレに接触してきたのが今回のきっかけだったとして、それ以前にオレの能力のこと知ってるやつはほぼいない。近くにいた平利ずっと探ってたんなら、どこかで小さなボロを出していてもおかしくはないだろう。普通であれば何でもない事柄でも、『そう』だという前提のもとで観察していれば根拠になりうる。


「……オレの知ってるお前は、どう見てもスパイに向いてる感じじゃなかったけどねぇ」

「そう思わせないのも含めてスパイの腕じゃん? そういうお前こそ、隠し事に向いてないんじゃねぇの?」

「ははは、自覚はあるんだようるさいぞっ、と!」


オレが飛び退きながら合図を送ると、後ろから大粒の氷塊が飛んでくる。平利がそれに対応している間に、オレはできる限り平利との間合いを取った。


普段のオレの『波動』はランクC、平利の『斬身(フィジカルカッター)』はランクB。普通にやりあったら出力では平利のが上だ。だが、距離を置いてさえいれば空中を進む『斬身』の斬撃は、空気の振動を操作するオレの『波動』で無力化できる。

このまま氷室さんと連携して距離を置きながら戦えば有利にーー。


「はぁい、残念。今は男同士の(かた)り合いを眺める場面ですわよ。優等生のオンナノコはおとなしくしていましょうねー」

「!? しまっーーーー」


急に真横に現れたアビィが氷室さんに手を伸ばす。氷室さんは即座に氷の壁を張ったが、


「言ったはずですわよ。わたくしの『冷熱固定』の前では能力は通じないと。ここで大人しくおふたりの戦いを観戦しましょう」

「あなた、どうして……」


会長が座っていた席を見ると、吉内アビィの姿は先ほどと変わらずそこにある。だというのに、氷室さんの隣には奴が居て、氷室さんの能力を縛っている。


「あら、あちらを消し忘れておりましたわね。あのわたくしはホログラム映像のようなものですわ。本物のわたくしはこれこの通り。のんびり優雅にただいま参上、ですわ!」


無駄にドヤ顔なアビィが手元のデバイスを操作すると、席に座っていた方のアビィが消えた。

リアルタイムで指パッチンとかしてた気がするがーーホント、なんつぅとこにお金かけてんだか。


いつのまにか亜衣子の姿も消えている。人質はあくまで人質として、戦闘における盾にはしない、ということだろうか。

この場の戦闘自体はやりやすいかもしれないが、人質を隠されたと考えると割と厄介だ。


「それよりも。至近距離に氷の壁を作ったのは失策でしたわね。わたくしの『冷熱固定』の本来の機能は文字通りの熱の固定。冷たい氷を作った直後にそれを発動したのですからーーまぁ、急いだ方がいいのは分かりますわよね、真介クン?」

「……こいつめ」


氷を作り出すのは氷室さん自身の能力だ。冷気をまとう能力なのだから、冷たいということそれ自体には慣れているだろう。が、『氷』そのものは能力の結果として生み出された、氷室さんとは別の物体だ。『冷熱固定』は代謝に影響を与えると言っていたが、氷の温度で冷やされた低体温のまま長時間いることは、良い影響を及ぼさないに決まっている。


「会長も悪趣味だねぇ。ま、それはそれだ。能力の相性はあれどランクは俺が上、仮にも部屋の中でどこまで距離を保てるかな、クドっちくんよぉっ!」


平利が踏み込んでくる。オレは『波動』による衝撃波を複数飛ばすが、平利はこれを回避する。時間稼ぎにはなるが……。


「これ以上は良くないな……ったく」


展開する『波動』の規模を拡大する。避ける隙間など無いほどの衝撃波を平利に向けてぶつけると、平利は斬撃を連発しながら後ずさった。


「っ、へぇ。いつもより本気じゃねーの」

「ま、オレが手ぇ抜いてるの自体は割と周知のことだし? いつもよりちょっと調子が良いくらい、問題にならんでしょ」

「は、あくまでも全開の能力(チカラ)は使わねぇつもりか」

「もちろんだ」


ーーこの局面でそれが可能なのなら、な。

平利が生徒会からのスパイなら、最悪こいつも本気を隠してる可能性もある。そうなると分が悪い。流石に手加減をしている場合ではなくなるだろう。


「だったらその先は俺の努力次第で観れるかもしれないわけだ。本気出す前にぶっ倒れたりすんじゃねぇぞ!」


平利が宙に向けて蹴りを放つ。オレの『波動』に『斬身』をぶつけて、その衝撃で平利は空中へ。

オレはそこを狙い撃つように追い討ちをかけるが、天井まで到達し、そこで思い切り蹴りを放った平利が、


「っしゃぁ! 『波動』の推進力いただきぃ!」


オレが放った衝撃波の反発力をも利用して、天井から弾丸のように降ってきた。

そのまま、平利は蹴りの体勢に入る。


「チィッ!」


無論そのままさせるわけにもいかない。オレは平利が着地すると予想される直前の位置に向けて『波動』を発動し、空気の振動により体勢を崩させるのを狙う。


「うお、っと、ッオラァ!!」

「ーーーーっ!」


平利は空中で体勢を崩す。同時に拳を突き出してきた。平利の『斬身』は全身から斬撃を出せる。距離はもうかなり近い。このままでは押し負けて斬撃を食らう。

オレは、斜め後ろに飛び退いて、平利の進行方向ーー平利の直進を加速する方向へと空気の操作を行った。



「ハッーー」

「ちょーー」


刹那、平利は笑みを浮かべ、アビィは慌てた顔を見せる。

加速のまま、平利は氷室さんとアビィの間ーー冷気が固定されたその空間に突っ込み、そしてアビィに激突する。


「いたたた……ちょっと梨霧!? あなた、バカみたいに突っ込んでくるんじゃーー」

「おう! 今だぜクドっち! 氷室さん!!」

「なっ!?」

「っ! おっけぃ!」


平利がアビィに手刀を放つ。アビィは『冷熱固定』を発動し、『斬身』を無力化しながら手刀を受け止める。オレはその隙に氷室さんのそばに寄り、アビィとの距離をあける。


「あ。能力が、戻ってきました」

「梨霧平利、これはどういうつもりですの!?」

「ああ、会長がわざわざ後ろから現れて、それも至近距離で能力使ったもんでな」

「……ってことは要するに、能力封じは有効範囲に限度があるってコトか」


平利がやたらと視線を送ってくる。……こいつめ。


「あれぇ、ギリーくんはオレを探る生徒会側のスパイじゃなかったっけ?」

「皆まで言うなよクドっち。敵を騙すならまず味方からって言うだろ?」

「どっちがどっちなんだか」


思わず軽口が出る。平利は生徒会の命でオレを探りつつ、いざという時は生徒会長・吉内アビィの寝首をかける位置を狙っていた。要するにダブルスパイ…のようなものだ。


「ふ、フフフ……事態は把握しましてよ。梨霧、貴方に理由は問いません。問う意味も無いでしょう。ーー今ここで、背信行為を後悔させてやりますわ」


アビィの周りの空気が文字通り"変わる"。

瞬間、アビィがこちらに飛び込んで来る。氷室さんが『氷雪華(フローズン)』の氷塊を展開させるが、アビィはそれをかいくぐって氷室さんを突き飛ばす。


「あうっ!」

「氷室さん! っと、速いな……!」

「スイッチが入っちまったか、アレで体力テストの成績もいいからな会長」


続けざまに近接してくるアビィに、オレたちは飛び退きながらそれぞれ能力を使おうとするが、


「熱っ……!」


寸前、周囲の空気が急激に熱くなる。気を取られた隙に、アビィはオレたち3人のちょうど中間点あたりに陣取っていた。


「吉内謹製、発熱弾ですわ。非常に高温になっておりますので、早く抜け出した方がよろしくてよ?」


アビィは口元に手を当ててクスリと笑う。その手には、厚手の黒い手袋がはめられていた。


「もっとも、誰も能力が使えない状態でそれが出来れば、の話ですけれど」


発熱弾の高温、そしてアビィの『冷熱固定』、その副次効果による能力の封殺。

今のアビィの立ち位置は、それらの効果をオレたち3人へ同時に発揮させるものだった。


「は、だがアンタの能力はそこまで広範囲に届くモンじゃないはずだ。少し動いて距離とっちまえば熱ゥッ!?」


アビィから距離を取ろうと反対側へ駆け出そうとした平利は、何かから逃れるように元の位置へと戻って来た。

発熱弾と『冷熱固定』の効果で熱くなってる場所から逃れた筈なのに「熱い」といって戻ってくる。これは、つまり。


「もうお気づきかしら。空気とは、熱を伝導するものです。貴方達が今いる位置より外側の空気、既に少々、暖めておきましたわ」

「ははは、何が少々かねぇこの性悪会長さんってば」


思わず悪態もつきたくなるというものだ。

この状況、実質高熱の檻に入れられたようなものだ。このまま動かないでいる分には、アビィの能力によって温度が固定されているためこれ以上熱くなることはないが、能力は使えない。


では、一瞬だけ動いて能力を使うのはどうか。さっきの平利による不意打ちのおかげで、本人に隙ができれば、能力封じはある程度緩和、ないし解除できることが分かっているがーー。


「ーー無理、かな」


口の中で呟く。しくじったら警戒を強められるだけ成功率が落ちるが、そもそも正確な範囲が分からない。そして、オレの『波動』や平利の『斬身』を一発かそこら撃ったからといって劇的な効果が見込めるかもわからない。

せめて氷室さんと連携できればいいのだが、彼女はさきほどアビィに突き飛ばされたことで、アビィを中心にオレたちとは分断されてしまっていた。

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