第5/吉内アビィ
午後。授業が始まり、独特な静寂の雰囲気に包まれた廊下を疾走する。
オレたちはそれぞれ三手に分かれて亜衣子の捜索をすることにした。オレと氷室さんは学園の校舎内、平利は校舎外の担当だ。
吉内学園の建物や敷地はかなり広い。特に校舎内は、教室がある建物が中で繋がっていることもあって、くまなく探すのはかなり手間がかかる。
「ひとまず氷室さんと逆方向に別れたのは良いんだけど……」
どこからどうやって探すべきか。携帯の電源は入っていないようなので、いよいよもって手がかりがない。
「まーしらみつぶしにやるしかないのかねぇ、やっぱり」
授業中のこの時間、入れる部屋は限られている。校舎内に居るとすれば、探す場所そのものはそこまで多くない。問題になるのは校舎自体の広さと、それ故にかかってしまう移動時間だ。
「だからこそこうやって駆けてるんだけども」
1階の教室群を抜けて階段へ。2階にはコンピュータルームと大図書館がある。コンピュータルームは現在3年生が授業中なので入れない。大図書館は広い、走れない、隠れる場所が多すぎると悪条件が揃っているので効率を考えると後に回したいところだが……。
「ん? あれは……」
階段を登り切って2階の教室群を抜けると、大図書館の入り口がある手前ーー今は使われていない空き教室の扉の前に、見覚えのあるキャラクターもののストラップが落ちているのが見えた。
それを拾うべく、空き教室まで行こうとしたその時、
「あら、こんなところにサボり魔発見。おまけに廊下を走ってるだなんて、随分とやんちゃな後輩がいたものですわね」
よく響く甲高い女の声が、後ろから飛んできた。オレは振り返るが、相手の姿を見るまでもなくその女が誰なのかは察しがついた。何せ氷室さんをも大幅に超える有名人で、かつ学園のみんなが嫌という程聞き慣れた声だ。その主はーーーー。
「ーーーーおやおや、誰かと思えば生徒会長じゃないっすか。そう言うあんたも、授業はどうしたので?」
「あら、わたくしは生徒会の主ですのよ? そんな退屈なモノに縛られる必要がありまして?」
オレの言葉に、不敵な笑みと言葉が返ってくる。
ーー生徒会長、吉内アビィ(よしうちあびぃ)。その名字が示す通り、吉内学園学園長の愛娘にして帰国子女、更にはハーフの天然ブロンズ美少女とかいう、てんこ盛りお嬢様である。
「生徒会長は授業に出なくていいなんてのは初耳ですがね。そんなことより、オレなんぞに何用で?」
「あら、わたくしは目の前のサボり魔を注意しただけでしてよ?」
「へぇ、授業にも出ないようなお方が、そのような些事をねぇ」
適当に話しながら、オレは警戒を強くする。
昨日の氷室さんとの一件は、生徒会が絡んでいると聞いた。現在の生徒会は、この生徒会長の独裁に近いような状態であるという噂もある。間違いなく、昨日の件は会長が仕組んだか、少なくとも顛末を知っていると見るのが自然だろう。
それに。
「あんた、オレのことを始めっから知ってて声かけたろう?」
「あんた、という呼称は失礼ではないかしら。それに、そう思うのは自惚れというものではなくて?」
「だって、オレが振り向く前に後輩だっつってただろう、会長さん?」
この学園の服装の中で、学年を判別するポイントは、セーターやベストの色以外だとネクタイの色、ブレザーの前襟や胸ポケットに入ったラインの色など、前面にしかない。オレは今ブレザーを着ており、中にセーターやベストも着ていないので、後ろから見ただけで判別する方法などないのだ。
生徒会長の笑みが、少し変化する。まるで愉しむかのように喉奥でくつくつと笑いながら、こちらへ歩み寄ってきた。
「察しが良いんですのね。ますます欲しくなりましたわ」
「……はい?」
何だって? 欲しい? 何のことだ。
彼女なりの告白か何かか? いや、そんなことはあるはずがない。
やはり彼女はーーオレの能力について、何かを知っているのか。
「率直に申し上げます。貴方、わたくしの生徒会に入りなさい」
「断る」
「そう、当然断るなんてコトはーーーーはい?」
言葉の途中、生徒会長は信じられないものを見たかのような表情で凍りついた。……どうやら本気で断られるはずがない、なんて思っていたようだ。
「オレ、目立つのキライなんですよねー。なんで、せっかくのオファーですが遠慮しときます」
それに、彼女は先程『わたくしの生徒会』と言った。噂通り、今の生徒会は彼女の思うままなんだろう。その独裁環境に巻き込まれるのは、正直言ってごめんだ。
「ふふーー貴方、本当に変わり者ですのね。ここの生徒会に入っておけば、能力ランクなんて話にならないほどのステータスになりますのに」
それは事実かもしれない。何せ学園長の娘であるSランカー様直参の生徒会だ。その一員になるということは、彼女の権力の一部を借り受けることに他ならない。
「でもモルモットはやだなぁ」
「……何と?」
「いえなんでも。ともかく、あいにくオレはステータスとかには興味ないんでね。お断りしときますよ」
「そう、残念ね。せいぜい後悔しないようにしなさいな」
空だけ言うと、生徒会長吉内アビィは踵を返す。そのままコツ、コツと足音を鳴らしながら廊下を行き、やがて階段へと消えていった。
意外とあっさり退いていったなぁ、なんて思いながらそれを見送り、
「と、そんなことより亜衣子を探さないとだ」
先ほど見つけたストラップの回収に向かった。
果たして、そのストラップは間違いなく亜衣子がつけていたものと同じものだった。そのキャラについて延々と語られたことがあるので、間違いはない。とすると、亜衣子は間違いなくここを通ったことになるが……。
「さて。空き部屋か、図書館か、はたまた別か」
一番楽なのは空き部屋にいるパターンだ。探すのにも時間はかからないだろうから、さっさと探しに入るとする。
「お、っと。これは意外に……」
空き部屋には各所に机が固められ、その上にダンボールがいくつも乗っている。視界は良いとはいえないが、そう広くもないので問題はない、はずだ。
「亜衣子ー、いるかー」
「先輩……?」
「!」
ビンゴだ。その不安そうなか細い声が聞こえてきた方へ近づくと、ダンボールの陰に隠れて座り込む亜衣子の姿があった。
「亜衣子!」
「せん、ぱぁい……」
涙声だ。身体も震えている。
「何かあったのか」
「わかりません。でも、急に不安が視えたかと思ったら、変な人たちに追いかけられて……」
「すまん。色々ゴタついてたとはいえ、お前のこと放っておいてしまって」
「……いえ。こちらこそ、いつもご迷惑をおかけしーーーーっ!?」
突然ガタンッ!と音が響き、亜衣子の肩がビクッと跳ねる。音の方を見ると、積んであったダンボールの山が崩れーー
「ぅっ、げほ、げほ、ッーー!」
オレたちの方へは崩れてこなかったものの、巻き上がった大量のホコリに視界を阻まれ、咳き込んでしまう。その最中、すぐそばできゃ、という短い悲鳴が聞こえた。
「亜衣子っ!」
手を伸ばそうとすると、上からの衝撃、おそらくは打撃に弾かれる。視界が落ち着くと、崩れたダンボールの向こうに、気絶した亜衣子とそれを抱える男、他数人が立っていた。見ると、全員黒い目出し帽装備である。
「はは、こりゃ確かに変な人たちだ。月並みだがーー亜衣子をどうするつもりだ」
「変な人とはご挨拶。我々は生徒会の者だ。それ以上言うことはない」
「待てーー!」
亜衣子を抱えたまま、言うだけ言って立ち去ろうとする。追おうとしたが、オレの前にあるダンボールと、更に崩れてきたダンボールの山に進路を阻まれてしまった。
「生徒会……。やっぱり厄介なことにーーと、着信か」
携帯が鳴っている。この着信音は平利のものだ。ちょうどいい、と電話に出ると、最初に耳に飛び込んで来たのは爆発音と平利の悲鳴だった。
『真介っ、すまん、手短に話す! 今生徒会を名乗る連中に追われてて、ってぎゃあああ!!』
「平利? おーい、平利?」
切れてしまった。どうせかけてくるならもう少し有用な情報が欲しかったが。
「まーーどのみちほっとけない、よねぇ」
オレは一度校舎の玄関、2年の昇降口前に行くことにした。そこで氷室さんと落ち合うことになっている。オレは「別れて探すなら連絡手段はあるべきでしょう」と渡された氷室さんの電話番号にかけて、一言伝えた後、1階へと戻るのであった。