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第3/高嶺の氷華

「おはようございます、空堂くん」


翌日、憂鬱な気分を振り払って家を出ると、そこには黒髪ロングのクール美少女が立っていた。


「おーー、はよう。氷室さん。身体の方は大丈夫かい?」

「ふふ。なぜわたしがここに、と問う前に心配してくれるなんて。やっぱり優しいひとなんですね、あなたは」

「あーーーーいや、その」


珍しいーーというより初めて見た。微かだが、おそらく滅多に人に見せないだろう氷室さんの笑顔。それが、ひどく美しく見えて、柄にもなくドギマギしてしまう。これはーーいけないな。


「ま、目の前で倒れられちゃあそりゃね。……それで、どうしてここに?」

「そうですね。とりあえず歩きましょうか」

「あ、ああ」


暫し、無言で歩く。どうにも居心地の悪さを感じ始めた頃、氷室さんが口を開いた。


「ありがとう」

「えっ?」

「助けてくれたの、あなたですよね?」

「気にするほどのことでもないよ。なんていうか、偶然上手いこと助け出せただけだから」

「うそ」


氷室さんがこちらを見る。切れ長の目が、澄んだ瞳が、ジッとオレを見つめてくる。


「あなたはわたしを助けてくれました。今回だけじゃない……以前も、わたしの弟が」

「弟……? って。まさか」


あの時の助けた少年って、氷室さんの弟……?


「あー……、あちゃぁ」


思わず頭を抱え、こちらを見つめる瞳に、誤魔化すように頭を掻いた。


「弟は言っていたわ。あの時は思わず逃げちゃったけれど、ごめんなさいとありがとうを伝えたいって。その人に心当たりがあるかも、と言ったらあの子、すごく喜んでて」

「ーーーー」


うーん、参った。そんな風に言われちゃうと、逃げきれる自信があまりない。


「率直に聞きます。あなた、何かを隠してーーいえ、能力(アビリティ)を誤魔化してますね?」

「ええ〜、いやぁ、そんなことないけどなぁ。オレはしがないCランクよ?」

「うそ。目が泳いでますよ。……それにわたし、見たんです」

「見たって、何を」

「よく分からないダメージを受けて朦朧としていたわたしに駆け寄って、何か凄いチカラを使って助けてくれました。……意識ははっきりしていなかったから、見た、というのは語弊があるかしら」


意識がはっきりしてなかったんだし、気のせいだ。とかなんとか言い繕うことはまだできる。けどーーこれ以上は無駄な気もする。なら、ここは観念すべきか。


「ーーはぁ。いや、まぁ、そう、ね。できればあんまり知られたくなかったんだけど、その通りだよ。オレは基本、意図的に手ェ抜いて試験とか受けてるからなぁ。……その。昨日生徒会が云々とか言ってたけど、お咎めあるヤツ、これ?」

「あっ。そうねーー配慮が欠けていました。確かに、生徒会からけしかけられたのは事実です。でも、わたしはわたしの理由で……弟の恩人を探す、という目的であなたを探していたの。そして、あなたはわたしをも助けてくれた」


だから、と氷室さんはオレに一歩歩み寄り、寄り添うような格好になる。その整った顔が間近に来て、シャンプーのような良い香りと相まってドキドキする。


「ーーだから、わたしはあなたの味方をします。あなたが能力を隠したい、というのなら、これからは協力するわ」

「ーーーー! いい、のか……?」

「ええ。だから、その。これからも、仲良く、して、ほしいのですけれども……」

「ーーーーちょっと待った。それ、反則」


いつも冷静な氷室さんに似合わず、歯切れ悪くごにょごにょと言っている。普段遠巻きに見ていた彼女のイメージとのギャップは、なかなかに大きな衝撃としてオレに突き刺さる。

ぶっちゃけるけど、可愛いすぎやしないかい?


「だめ、ですか?」

「いや、だめじゃない。ぜんぜんだめじゃないし、願ってもない」


ただ、そこの上目遣いはマジで反則だと思うのよさ。こう、なんだ。美少女の照れ顔困り顔と上目遣いってのは、なんでこう破壊力が高いのか。


「いや、ごめん。氷室さんが協力してくれるってのは、オレとしてもものすごく心強いし助かる。その、仲良くもしたいし」

「そう、よかった。ええと、じゃあーーこれから、よろしくお願いしますね?」

「ああ、こちらこそよろしくーー」

「あああああっ!?」


氷室さんと改めて友好の挨拶を交わしていると、聞き慣れてる気がする声の絶叫が聞こえてきた。


「先輩!? どうしちゃったんですか! せんぱーい!!」

「あー……いつのまにか学園近くまで来ちゃってたのね」


てことは、さっきのやり取りの一部を通学中の皆々様に見られていたというわけで。


「うーん、こりゃ別の意味で参ったな」

「? どうかしたんですか、空堂くん」

「あ、キミはこういうのあんま気にしないタイプなのね」


氷室さんは頭にはてなマークを浮かべている。どうやら自分たちが注目を集めているらしい、ということは分かるものの、その原因に思い当たらないらしい。


「あ、あ……せんぱい。やっぱり、やっぱりアレは本当だったんですねっ!?」

「ーーちょっと待った亜衣子。話が見えない。アレって、どれよ?」

「昨日先輩と氷室先輩が手を繋いで歩いてたって! イチャラブしてたって!」


……どんな尾ひれがついてんだか。


「いや、昨日はただ模擬戦やってただけで」

「模擬戦デートだぁっ! やっぱりイチャラブなんだっ!!」

「いや模擬戦デートて何」

「えと、ゲーセンデートみたいな」

「残念ながらゲームと戦闘はまるっきり違うかなー」

「デートは認めるんですねっ!?」

「いや待て」

「昨日のこと、ちょっとは気にかけてくれてるかなって思ってたのに! 先輩のばか! うわーん!!」

「…………あー」


やらかした。能力のことで不安定になってる時、亜衣子がオレを頼って甘えてくるのはある程度恒例行事となっていた。バタバタしてたとは言え、すっかり失念してたとは……少し、浮つきすぎていたか。


「……周り。すごい騒ぎですね」

「うわ、本当だ。みんなこっちに食い付きたくてウズウズしてるみたい」


遠巻きにヒソヒソしてる人数が昨日の比じゃない。そして、距離が近づいてる気がする。今は直接突っ込んでくるヤツはいないが、それは9割がた氷室さんのおかげな気もする。オレ単体だったら、主に男子連中から総ツッコミを食らうところだろう。


「……なぜかしら」

「なぜかしらって、そりゃアナタ」


やっぱりというか、自覚はおありでないようで。

懸念事項がふえたなーはははは、なんて乾笑いを漏らすオレだった。


「ヘーイ、クドっちー! 何やら騒がしいじゃねーの!」

「あいたっ、……なんだ平利か」


そこに、無遠慮に近づいて来てオレの背中をぶっ叩く男がひとり。


「なんだはないだろクドっちよー。氷室さんもおはよう! ナニナニ? いつのまにお近づきになったんだよこのー」


氷室さんに挨拶をして、そのままの勢いで経緯を聞こうとしてくる。


「……? どなた?」

「エッ、あれ? 俺ってば知られてなかった? なんか俺の扱い雑くない??」


ーーが、氷室さんの言葉ひとつで撃沈される。


「なぁおいクドっちー。羨ましいぜ俺ァ。昨日はお楽しみだったんだって?」


しかしこの男、不屈である。とりあえず黙ってほしい。


「ねぇ、空堂くん」

「ん、どしたの氷室さん」

「……クドっち?」

「…………勘弁してください」


小首を傾げながら疑問形なその仕草は大変可憐なものだが、氷室さんにソレで呼ばれるのはなんかちょっと。余りにもイメージの外というか。


「そう。ざんねん」

「おっ、氷室さん? クドっち呼び方に興味がおありで? そのあだ名は何を隠そう俺が付けてやったヤツでーー」

「そろそろ予鈴が鳴る頃ね。教室へ向かいましょう」

「oh……」

「メゲないヤツだねお前も」


氷室さんが教室へ向かおうと移動を開始したので、オレたちもそれに倣うことにする。

教室に着くまでの間、何度か平利が氷室さんに声をかけていたが、全てにべもなく撃沈する。


「ーーそれでは、また後で」


教室の前に着くと、氷室さんはそれだけ言って教室に入っていった。


「なぁクドっち。どうやってアレと仲良くなったんだ?」

「あー、まぁ。……ドンマイ?」


アレとか言っちゃうお前もどうかと思うけど。


「ま、いいや。それより真介。浮かれる気持ちは大いに分かるが、亜衣子ちゃんのフォローもちゃんとやっとけよ? あれで意外と繊細な……ってのは言うまでもねぇと思うが」

「あー、うん。それについては面目無い。心得たよ」

「おう。ま、やるときゃやるクドっちのことだ、心配はしてないけどな!」

「ああはいありがとよーっと」

「ウワァすげー棒読みだなぁオイ!」


軽口を叩きながらオレたちも自分の教室に入る。

ここ1日で気にすべきことが増えすぎたせいか、いつにも増して授業には集中できなかった。


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