第1/リヴィジョン
「ーーーーっ! ーーーーーーーー!」
んーーなんか、聞こえる?
「ーーーーけっ!ーーすけっ!!」
んぅーるさいなぁ、今眠いのに……。
「真介、良い加減に起きろ!!」
ガン、と頭に衝撃が響く。え? というか痛い?
「ったぁー、なんだよぅ。何も殴らなくてもいいじゃないよ」
「オマエが全く起きねーからだよ。ほら、もう昼休み始まってんぞ?」
「ん? あぁー」
授業中に寝落ちてたのかオレ。にしても、なんかやたらとリアルな夢を見ていたような? というか、具体的に直近数ヶ月以内位に実際に経験してたような……?
「逆正夢……?」
「いやなんの話だよ。つかそれ割と普通の夢って言わね?
……まぁいいや、とりあえずメシ食いに行こうぜー。俺はもう買ってるからさ! クドっちもお湯もらうだけだろ?」
ニカッと笑うこの陽気な金髪刈り上げ男は梨霧平利。ここ、吉内学園に通う2年B組の男子生徒で、つまりはクラスメイトというやつだ。
「クドっち」というのはオレのあだ名らしい。オレの名前、空堂 真介の苗字から取って「クドっち」。正直無理矢理感あるでしょうよ、と思うが、本人曰く「真ちゃんとか呼んでありきたり感出るよかマシ」だそうだ。
ちなみに本人は「ギリー」のあだ名を自称してるが、まぁお互い呼んだり呼ばなかったりしている。
「おおーい、早く行こうぜクドっちー」
「ああ、わかったよギリー」
机の横に引っ掛けてあった袋を持って席を立つ。
先に教室を出ようとしている平利を追って、オレも教室を後にした。
吉内学園の食堂には給湯ポットが数台置いてある。そこそこマンモスなこの学園の中にも、オレと同じ生徒ーーすなわち、「昼食はカップ麺派」という人間がけっこういるらしい。この時間帯は行列ができる、とは言わないまでも、利用者は多い。
「あ、やっときた! せんぱいー! こっちですー!!」
湯を入れていると、明るい女の子の声が聞こえてくる。聞こえてきた先には、大きく手を振って自身の位置をアピールする、小柄な女子生徒がいた。その手に持った携帯のストラップーー戦車を擬人化したアニメのキャラクターをあしらった物だそうだーーと共に、サイドテールがぴょこぴょこ揺れている。
「あ、やっぱり。先輩、またそれですか?」
「ん、まーね。オレ、これを箱で買っちゃってるからさ」
そんなんじゃ栄養偏っちゃいますよ? と心配してくれるこのちんまい子は平久保 亜衣子。ひとつ下の後輩だが、中等部の頃からオレにくっ付いてたので何気にギリーより付き合いが長かったりする。やたら懐かれてる感じはするが、まぁ腐れ縁というやつになるんだろう。
「おいおいヒラコー、俺もいるんだぜ?」
「いやね、全然飽きが来ないのよ、この吉内らーめん。安い割にボリュームたっぷり。箱買いすれば更に安いときた」
「いや、いつも言ってますし聞いてますけどー。言ってくれれば先輩の分もお弁当作ってくるのに」
「なんというか、弁当箱がねー。作ってもらった以上は洗って返すくらいしたいじゃん? でもそうすると持ってくるもの増えてめんどい」
「もう先輩ってば。ものぐさすぎる癖に妙に律儀なんですから!」
「……あー、もしもし平久保ちゃん? もしかして俺、無視されちゃってる?」
会話に入って来れない金髪が何やらヘコんでる。まぁオレとしても慕ってくれる後輩と駄弁るのは楽しくはあるのだが、さすがに涙目になってきたので構ってやることにする。
「いやな。平久保亜衣子でヒラコーは流石に無理あるでしょギリー平利クン」
「そですよ。ギリー平利センパイ」
「うっわーなんかさっきと温度差感じちゃうなぁ俺! 扱い雑くね? ザッツ・ク・ネッツ!?」
「はははソンナコトナイヨギリーくーん」
「はい、ソンナコトナイデスヨギリーせんぱーい」
「棒読みじゃんっっ!」
そんな他愛のないいつものやり取りをしながら、それぞれに昼食を摂る。オレは3分待ってから麺をすすり、ギリーは購買で買ったパンをかじり、亜衣子は自作の弁当を箸でつつく。
この半年以上、学園の昼休みは大抵はこのパターンが恒例となっていた。
「そいえば先輩、こないだ駅前に出来たカラオケ店、もう行きました?」
「あー……なんだっけ、『サウンドワン』だっけ。まだだけど」
「ギリー先輩はどうです? そういうの早いイメージですけど」
「うんにゃ、今回は俺もまだだなー。大丈夫なのかアレ?」
サウンドワン……何やら、「ただ一つの歌唱体験をあなたに」というのを謳っていて、全ての音源がプロに依頼した生演奏の音源、アレンジ版も完備、勿論楽曲数も他社に劣りません、とかで売ってた気がする。それでいてフリータイム制ドリンク飲み放題1000円だとか。
「採算合うのかねぇ、アレ」
「部屋数多くしてるから追い出しもそうそうないって話だからなー。まぁ駅前だし勝負かけてんだろうぜ」
「ぜんぶの音源が生演奏が本当かどうかは気になりますねー。まぁ、音源と設備は既に用意してあるならあとはどれだけお客さんを集められるか、ですし。ね、ね、先輩。行ってみませんか? ギリー先輩も!」
目をキラキラさせながら提案してくる我が後輩。……うん、まぁ。今週末なら空いてるし。
「オレは賛成。ちょっと気になる」
「わーい! 先輩大好きです!」
「こらこら、照れるようなことを大声で言うんじゃありません」
「無論、俺も賛成だぜぃ! 何百曲でも歌ったらぁ!」
「あ、流石にそれはフリータイムでも無理です」
「マジレス!?」
「だって別に面白いこと言ったわけでも、」
と、亜衣子が急に声を詰まらせる。
「あーーーー」
「ん、これは」
「……何か、視たかな?」
亜衣子の特殊能力、それは未来視というものだ。本来ならば、未来の予見ーー未来予知をも可能にする稀有なる能力だが、
「先輩。なに、か……何か嫌です。やな予感が、します……。何か嫌な、怖いことに巻き込まれそうな予感が……」
ーー彼女の能力ランクはE。最低値であり、それはもはや未来視というよりも直感的なものでしかない。具体性もなければ、時期も判然としない単なる「予感」だ。
けれど、当たる。亜衣子がやな予感がする、と言ったからには必ず何か、彼女にとって嫌なことが起こるということだ。それが低ランクとはいえ「未来視」と銘打たれている所以であり、
「……具体性のない確信であるがゆえに不安が大きい、か」
「……はい。毎回ご心配をおかけしてすみません」
「いいっていいって! それに、具体的なことは分からないんだ。悪いことが起こるって言っても案外大したことないかもだろ?」
本人が怖がってる以上それは楽観的な気もするが、ここはオレもギリーと同意見だ。
「ま、あまり不安がっても仕方ないってのは確かだな。とりあえずは大丈夫ってことにしといて、もし何かありそうなら即オレたちに連絡を寄越しなさいな」
「はい。ありがとうございます」
イマイチいつもの元気がない。能力の、それもこの手の心配事というのはデリケートな問題だ。低ランク故の苦悩……それを、オレたちが直接取り去ることはできないが。
「……大丈夫か?」
「はい。……えへへ、先輩の珍しく真剣なお顔を見てたら元気出ちゃいました!」
「そっか」
軽口に少し安心する。実際に不安が消えたわけでは決してないだろうが、少しでも軽減してやれるなら、と思う。
能力の有無による差別や、低ランク由来の悩みをこの世からなくす、だなんてご大層は言うつもりもないが、オレを慕ってくれて無理にでも笑う子が居るなら、その笑顔くらいは守りたい。……まぁ、これもオレのエゴでしかないんだろうけど。
「亜衣子ちゃんよー、困ったり悩んだりしたらいつでもラインとか電話してくれていいからなぁ!!」
「はい! 真介先輩にラインと電話、しますね!」
「せっかく真面目に呼んだのにっ!?」
「ははは、哀れなり平利。……ま、ほどほどにな」
話す間に予鈴が鳴る。2年の教室は校舎2階、1年は1階だ。オレたちは亜衣子が自分の教室へ向かうのを見届けてから、自分たちの教室へと戻っていった。