第8話 ティーパーティー
心の、魔法。
それが、ロコちゃんがゆうねちゃんに掛けた魔法。
名前の響きはとっても素敵なのに。それが物凄く、とてつもなく、恐ろしい言葉に、聞こえてくる。
だって、それって、それってつまり、心を、変えるって、こと?
ゆうねちゃんはロコちゃんの、心の魔法で、心までカーバンクルにされちゃって……名前も、ルカちゃんに変えられちゃった……???
「変化した姿にぴったりの心になるから、変身した子たちもみんな喜んでくれるんだよ!」
わたしが想像していたのと、同じ内容をフィーが話す。
それは……それは、確かに、とんでもない魔法だ。
そして、とてつもなく、残酷な、魔法。
想像するだけで体ががたがたと震えて、うさぎのしっぽがぶわっと膨らむ。
や、やだ。怖い、怖い……! だって、自分が人間だったことも忘れて、動物になって嬉しいって、無理やり思わされて。ううん、それどころじゃなくて、そんな疑問も感じないぐらい、心まで、動物になっていて……!
「本当は魔法を使わないで、動物さんとゆっくりと仲良くなっていくのが一番……でも、まだ、中々、上手くいかない時が多くて……」
テントの奥から、ロコちゃんが戻ってきて、体中に一気に緊張が走る。
「それに、心の魔法を使って仲良しになっても、その後でちゃんと相手のことを考えてないと、嫌われちゃうのは同じだから……」
ロコちゃんが、自分に確かめる様に言って、目を閉じる。
「楽しいって、このサーカスの団員で良かったって、本当の気持ちで思ってくれるように、もっと頑張らなきゃ」
「ううん! それでも、ロコちゃんの魔法は凄いよ! 昔よりも、もっともっと上手になってるみたい!」
たたたっ、とロコちゃんに駆け寄ったフィーが、笑顔で話し掛ける。
「ありがとう……! フィーちゃん!」
そしてロコちゃんは頬を赤くして。
「ところで……サーカスの開演時間には、まだまだ時間が有るし……」
それから、ぱちんと両手を叩いて、
「ちょっと、ティータイムにするのは、どうかな……?」
嬉しそうに笑った。
「うん! いっぱいお話ししようね!」
ロコちゃんのそんな提案に、フィーもはしゃいで賛成する。わたしはほんのわずかに頷いた。……逆らえる訳がない。
「それじゃあ、あっちの控室で」
ロコちゃんが指差した先には、確かに一つのドアが有って。
「れっつごー!」
フィーとロコちゃんはいそいそと歩いて行った。
慌てて付いて行って、二人と一緒に中に入る。
控室は思ったよりも大きくなくて、壁際に戸棚が一つと、本棚が一つ、それから木製で長方形のテーブルが一つと椅子を四つ並べるとそれでもう一杯になってしまうほどの広さだった。
「好きな所に座ってね」
とロコちゃんが言ったので、フィーは戸棚を背にする椅子にローブを掛けて、足元に置いたトランクに三角帽子を引っ掛けてから、腰を下ろした。わたしはフィーの右隣の席に腰かける。
「ちょっと待っててね……」
そう言うとロコちゃんは、銀色のポットに向かって指を振る。すると、ポットからはたちまち蒸気が立ち込め始めた。それから戸棚から取り出したティーカップに注いで……。
「はい、どうぞ」
ことり、と三人それぞれの前に置かれたのは、綺麗で上品な色の紅茶。
「えっ、ロコちゃん、紅茶も作れる様になったの!?」
「まだ、勉強中なんだけどね。色々な場所で色々な人達から教えて貰ってるんだ……!」
そう言いながらロコちゃんは、テーブルをはさんでフィーの正面の椅子に腰を下ろす。
「それは楽しみだね!」
普段から若干猫舌のフィーが、ティーカップをそーっと口元に運ぶ。
「――凄い凄い! とってもおいしいよ、ロコちゃん」
「本当……? ありがとう、フィーちゃん……!」
……多分、この紅茶は大丈夫。飲んでも、体に変化が起こったりとかは、しない……はず。
警戒しながら一口だけそっと口元に運べば、普通においしい味――元の世界の物と似た様な味がして、ちょっとだけ気が抜ける。
「そうそう、それと……」
だけど、ロコちゃんがどこからか取り出したあるものをテーブルの上に置いて。途端に、全身の毛が逆立った。
あ、あれは……。
「さっきフィーちゃんからもらったチョコレート、折角だからみんなで食べよう……!」
ロコちゃんが紙の箱を開ける。
中に入っているのは、大きな丸に星形に煙突に――色んな形をした、至って普通に見えるチョコレート。
だけど、だけど本当はフィーが魔法で女の子を変えて作ったチョコレート……。
「それじゃ、いただきま~す!」
そしてフィーが、星型のチョコレートを一つつまんで、口元に運ぶ。
「~! とっても甘いね!」
ほっぺたを押さえてほころぶフィー。
「本当だ、おいしい! やっぱり、フィーちゃんの変化魔法は凄いね……!」
「そうでもないよ! ロコちゃんのこころの魔法のおかげだよ! いつもよりももっともっとおいしくなってる……!」
「ふふ、小さかった頃を思い出すね、フィーちゃん……!」
フィーは、そしてロコちゃんも、チョコレートをおいしそうに食べていく。どうして、どうして、平気でいられるの……?
「うさぎさんも、どうですか? とってもおいしいですよ……!」
ロコちゃんが声を掛けられて、俯いているのを止めて慌てて顔を上げる。
「い、いえ、良いです、わたしは……お二人で、どうぞ……」
「うさぎさんは、甘いものがちょっと苦手なんだよね。だからいつもは、にんじんやパンを食べているんだ」
フィーの言葉は半分は本当だけど、もう半分は間違いだ。甘いから、食べたくないんじゃないのに。だって、だって……。
「あ、そうだったんですか、ごめんなさい……!」
するとロコちゃんが席を立って、湯気の出ているポットの隣に置いてあったもう一つのポットに、指を振る。それから戸棚から透明なグラスを取り出して注いだ。
「これをどうぞ。この町の特産品の、ミントから作ったジュースです。紅茶とジュース、飲み物と飲み物でかぶってしまいますけれど……」
「い、いえ、お構いなく! ありがとうございます……」
反射的にすぐにお礼を言って、その後で目の前のグラスを見た。ミントって言っていた通り、その色は青緑の透き通った色をしていて、グラスの底に向かうにつれて、グラデーションが濃くなっている。
手を付けない訳にはいかないから、わたしはグラスをそろっと手に取った。……一つだけ分かるのは、紅茶と同じでこれも、女の子を変えて作った物じゃない、ということ。直感だけが頼りだけど、きっとそう。
恐る恐る口をつけてみると……確かに、甘くない。
だけど、全然嫌な味じゃなくって、すっきりとしていて飲み続けられる。ちょっとだけぱちぱちと口の中ではじけるから、炭酸なのかも。とにかく、思った以上にまともな飲み物だった。 おいしい……な。おいしい。
半分ぐらい飲んだところで、一旦手を止める。
「サーカスの修行、とっても楽しいみたいだね。良かった」
「うん。エゼル団長にはまだまだ全然かなわないけれど……お客さんが見に来てくれて、本当に嬉しいよ……!」
「フローラルウィンドタウンだから、もっともっとお客さん、いっぱい来てくれるよ、きっと!」
「ありがとう、フィーちゃん! それでね、時々お客さんの話を聞いたりしてるんだけど……フィーちゃんのマジックショーのファンだっていう人も、いっぱいいるよ……!」
「えっ、それってほんと! うれしいな……!」
二人はそんなのんびりとした会話を交わしながら、チョコレートを食べている。
……。
チョコレート。すっきりとしたミントのジュースと、甘いチョコレート。
…………。
ミントのジュースと、チョコレート。
………………。
きっと、ぴったりの組み合わせ。
……………………。
ちょっと、おいしそうかも……。
……。
「――!」
――って、今、わたし、何を……?