第7話 こころのまほう
「――!!!」
――青髪の十才ぐらいの女の子、ロコちゃんが、こつん、と、青と白の縞模様の長いステッキの先っぽを、こつんと床に当てた。
その瞬間。
ロコちゃんの魔法で、しっぽが二つに分かれた緑色のカーバンクルに変えられた、小さい女の子――ゆうねちゃんの足元が輝き始めて。
あれは……魔法陣?
そう、床の上には、円に囲われて青い明かりを発している模様が浮かび上がってきて……。
「あ、あれ?」
だけどそれはすぐに、跡形もなく消えて。サーカスのテントの中は、何事も無かった様に元に戻った。
今の魔法陣が……ロコちゃんのとっておきの、秘密の魔法……?
『あ、あれ、あたし……』
ただ後には、ただきょとんとするゆうねちゃんだけが残されていて、何も変わってないみたいだけど……。
そんなゆうねちゃんに、ロコちゃんがそっと話し掛ける。
「あなたは人間から、このアニマルサーカスの、かわいいカーバンクルになったんですよ」
『………………?』
言われたゆうねちゃんは、最初はきょとん……と、目をぱちくりしていた。
だけど。
『あっ……そうだ、そうだった! えへへ、そういえばあたし、カーバンクルだったね!』
……えっ?
あんなにカーバンクルになるのを嫌がってたゆうねちゃんが、明るく返事をしてる……?
それに、表情もとっても嬉しそうで……明らかに、さっきと違う。
「カーバンクルちゃん、こんにちは……! わたしは、アニマルサーカスのロコです……!」
ほっとしているロコちゃんも、とっても嬉しそうで。
何かが、何かがおかしい。一体、何が起きてるの……?
『うん! ロコ、ロコ! おなまえ、ちゃんとおぼえたよ、ごしゅじんさま!』
「とっても良い子だね、カーバンクルちゃん……!」
『あ、ふわあ……くっ、くすぐったい!』
ロコちゃんが頭を優しく撫でてあげると、ゆうねちゃん――カーバンクルが、「きゅう!」と気持ち良さそうに鳴いて、目を細める。
「それで、どうかな、カーバンクルちゃん。サーカスには、出れそう……?」
『えっ……』
するとカーバンクルは、一瞬だけ、戸惑った様な表情を浮かべる。
だけど、すぐに爽やかに、にこっと笑って、二本のしっぽをピンっと立てて……。
「きゅる、きゅん! ぴ、きゅううん!」
『は、はいっ! もちろんです、ごしゅじんさま! あたし、だいすきなおそらをとぶのをもっともっとがんばって、いっぱい、おきゃくさんにみてもらいたい……!』
「分かった! それじゃあ、これから一緒に練習して、頑張っていこうね、カーバンクルちゃん……!」
そしてロコちゃんが両手を広げる。すると、カーバンクルはぱたんと、耳を一回だけ軽くはためかせて、ふわっと浮き上がって……ロコちゃんの胸元に、ふわりふわりと辿り着いた。
ぎゅーっと抱きしめあう、ロコちゃんとカーバンクル。
『ごしゅじんさま、あったかい!』
「うん。カーバンクルちゃんも、とってもあったかい……!」
『えへへ、ごしゅじんさま、すき、すき!』
ぺろっとカーバンクルがロコちゃんのほっぺたをなめる。
「わたしも、カーバンクルちゃんのこと、大好きです……!」
ロコちゃんも、カーバンクルのほっぺたの毛をふわふわと触っている。
『あれ……』
ふとカーバンクルが振り返って、ロコちゃんのことをじっと見る。
「どうしたの? 何でも言ってみてね」
『どうしてかな? なんだだか、からだがちょっとだけね、ぽおっとあったかい……』
「それはね、変身したばっかりの頃は、まだ体が慣れていないから、熱くなるんですよ」
『へんしん、へんしん……そっか! あたし、にんげん? だったんだっけ!』
「その通り、変身する前は、そうだったんだよ……!」
『でも、いまはカーバンクルだもん! カーバンクルになったんだから!』
「今日からは、人間じゃなくて、カーバンクルになったんだけど……気持ちはもう、大丈夫……?」
『はい! ごしゅじんさま、あたし、ごしゅじんさまのまほうで、カーバンクルになれてほんとうによかった! からだはふわふわしててきもちいいし、お空もいっぱいとべるし、とっても、とっても、うれしい!』
「そうですか。これからも一緒に、がんばっていこうね、カーバンクルちゃん……!」
『はい、ごしゅじんさま! ごしゅじんさまのためなら、いっぱい、いっぱいとっても、がんばれます……!』
「あぶないことはしちゃだめですよ? 無理はしないで、楽しんでサーカスに参加して下さいね」
『はーい!』
「とってもいいお返事です、カーバンクルちゃん……!」
『ふふふ……えいっ!』
すると、カーバンクルがまたふわっと浮き上がって……。
ちゅっ。っと、ロコちゃんのほっぺたにちゅーをした。
「あっ……く、くすぐったいよ、カーバンクルちゃん……!」
『えへへ、ごしゅじんさま、だいすきっ!』
「ごしゅじんさまじゃなくて、もっと気軽に呼んでくれると嬉しいです……!」
『ごしゅじんさまじゃなくて、ほかのよびかた? えーっと、うーんと……あっ!』
「? どうしたんですか……?」
『ねえねえ、それよりね、ごしゅじんさま、あたしもおなまえがほしいな! すてきなかわいいおなまえ!』
「え~っと、それなら、どんな名前が良いかなあ……。……。そうですね……」
『なに、なに?』
「『カーバンクル』から文字を貰って……『ルカ』ちゃんっていうのは、どう、かな?」
『るか……ルカ! うん! それじゃあ、あたしのことはいまからそうよんでね!』
「分かった、ルカちゃん。それじゃあ、わたしのことも、ロコって呼んでくれると嬉しいな……!」
「うん! ごしゅじんさま……じゃなくて、ロコ!」
「わたしの方こそよろしくお願い――じゃなくて、これからよろしくね、ルカちゃん……!」
「よろしくね~! ロコ! だいすき!」
ゆらりゆらりと、しっぽをロコちゃんの左腕に巻き付けるカーバンクル、ゆうねちゃん――じゃなくて、ルカ、ちゃん……。
「気に入ってくれて、良かった。それじゃあルカちゃんは、サーカスが始まるまでもう少し、向こうの休憩スペースで、休んでいようね……!」
『ねえねえ、ロコ、ボールあそびはできる? お友達は?』
「はい! おもちゃはいっぱい、動物のお友達もたくさんいるよ。みんなみんな、ルカちゃんと同じで人間から変身した子たちで、とっても優しいよ……!」
『そうなんだ! 楽しみ~!』
そしてロコちゃんは、テントの奥に向かって歩き始めて……ルカちゃんは、その後をとことこと上機嫌にしっぽとおしりを振って付いていった。
「ね、すごいでしょう、ロコちゃんの魔法!」
わたしの隣に立って、そんな様子を嬉しそうに眺めていた、ふわっと跳ねたピンク色の髪の毛の、十才ぐらいの女の子――マジシャンのフィーが話し掛けてくる。綺麗な青い瞳を爛々と輝かせながら。
「は、はい……」
「秘密の魔法は、『こころの魔法』のことだよ! ロコちゃんは、こころの魔法がとっても得意なんだ」
「こころの、魔法……」
それがロコちゃんの秘密の魔法の、名前。
心の、魔法……。