第6話 とっておき
「ぴいっ! きゅうっ、るる! きゅうう! きゅうん!」
『あたし、どうぶつじゃないよ、かーばんくる、なんかじゃない!』
カーバンクルにされた女の子――ゆうねちゃんに、ロコちゃんが魔法を掛けると、聞えてきた言葉。
! この声は……。
間違いない。人間の声と、カーバンクルの鳴き声が、一緒に聞こえてくる?!
「ロコちゃんはね、動物とお話しできる、『おはなし魔法』が使えるんだよ!」
えっへんと、フィーが胸を張る。これが、ロコちゃんの、魔法。確かにこんなことは、フィーの魔法では起こっていなかった。
「手を重ねて、ロコちゃんの魔力をフィーとうさぎさんにも分けて貰ったんだ!」
うさぎの手を開いたり閉じたりして確かめる。だけど、外見は特に、ロコちゃんと手を重ねる前と変わりはなかった。おはなし魔法……動物の言葉が分かる、魔法。
「聞えているみたいですね」
ロコちゃんはわたしたちの様子を見て、緊張していた表情をちょっと緩めて。
「あ、あの……」
それから、ゆうねちゃんに話し掛けた。
『な、なに……って、しゃべれるようになってる?』
「はい。これなら、もう大丈夫ですよね!」
『ううっ、だいじょうぶなんかじゃ、ない! にんげんにもどしてっ!』
「えっ、喋れなくなったから、泣いていたんじゃ……?」
『それも、そうだけど、そうじゃない! しゃべれたって、ちがうもん!』
「とってもかわいいカーバンクルに、なったのに、ですか? それにこれからは、楽しい楽しいサーカスにも出られるんですよ……?」
『こんな、こんなへんなどうぶつなんて、ちっともかわいくないっ! いやだ、きらい、きらいっ!』
「魔法でお空を飛んだり、動物の仲間たちと遊んだりもできるんですよ……?」
『そんなへんな、どうぶつみたいなことしたくない! にんげんはそんなのしないもん!』
「そ、そんな……」
『あたしはどうぶつじゃないもん、にんげんだもん! ののはちゃんもわたしも、はやくにんげんにして!』
「あの……ゆうねちゃんは、おかしは好きですか?」
『おかし? う、うん、すき、だけど……』
「それならきっと、ゆうねちゃんが大好きなおかしになれて、ののはちゃんもきっとよろこんでるはずですよ……!」
『な、なにいってるの? ののはちゃんに、おかしになんかなってほしくないのに……』
「ゆうねちゃんは、ののはちゃんが大好きな動物に変身できて、嬉しくないんですか……?」
『そんなの、そんな!』
「でも、ののはちゃんはきっと、あなたが動物になってくれたらなって、ずっと願っていたんじゃ……」
『うそだ! そんなのちがう! たすけて、だれか、たすけて……!』
あ、ロコちゃんは、何を言っているんだろう……? 動物が好きだからって、友達を動物に変えたくなったり、友達の大好きな動物になりたいって思うなんてこと、有る訳ないのに。
『もうやだっ! かえりたい、まほうなんて、どうぶつなんてやだっ……!』
「ど、どうしても、嫌なんですか……?」
ゆうねちゃんに、ロコちゃんが戸惑いながら尋ねる。
『いやっ! 人間に戻りたいっ! うわああああん……』
ゆうねちゃんがロコちゃんに吠えて、ぽろぽろと涙をこぼす。
だけど、フィーのことを見てきたから、嫌でも知っている。この魔法の世界の魔法使い達は……ロコちゃんでも、誰でも、相手を戻せない。
それに例え戻せるとしても、きっと戻したりなんかしない……。
「そんな……」
ロコちゃんは悲しそうに俯くと、近くに置いてあったおもちゃ箱から、そっとある物を取り出した。
「す、ステッキ?」
それは、青と白色の縞模様の描かれた、とても長いステッキだった。フィーが普段使っているピンク色の物よりももっと長くて、七十センチぐらいは有るかもしれない。持ち手の部分がくるんと、しっぽのように丸まっている。
でも、どうして、ロコちゃんは今、ステッキを……? だってロコちゃんはさっきまで、フィーの様に、道具無しに自分の力だけで魔法を使えていたはずなのに。
もしかして、魔法に使うためのステッキじゃ、なくて。
「……!」
ある可能性に行き着いて、がたがたと体が震えてくる。
魔法に使うためのステッキじゃないのなら、まさか。
ま、まさかあのステッキでゆうねちゃんを叩いたりして、無理矢理言うことを聞かせる、とか……?
いや、ロコちゃんはそんなこと、しないだろうけど。でも、もしも、万が一本当にそうなら、流石にそれは、それだけは、止めなきゃ!
「い、いえっ、そ、そんな乱暴なこと、しませんよ……!」
だけど、わたしが口を開くと同時に、ロコちゃんは気配を察したのか、すぐに否定した。
「た、大切なサーカスの仲間に、そんな、そんなひどいこと……」
想像するだけでも恐ろしいという風に、がたがたと震えて目を閉じるロコちゃん。
その様子は、本当にカーバンクル――ゆうねちゃんのことを思いやっているみたいで……確かに、ロコちゃんはステッキで叩いたりなんかする子じゃないって、はっきりと伝わってくる。
ロコちゃんは、優しい子なんだな……と思うと同時に、混乱する。
「もー、ロコちゃんは、そんなことしたりしないもん」
フィーがちょっと頬を膨らませて、わたしに言う。
だけど、それなら、あのステッキは何に使う物なんだろう。
「ロコちゃん、マジカルステッキ、ずっと大切にしているんだね!」
するとフィーが、はしゃぎながらロコちゃんに話し掛ける。
「うん! もしかして、フィーちゃんも……?」
「学校にいた時とおんなじだよ! ほら!」
そしてフィーはいそいそと、短めのステッキを取り出した。
「えへへ、おそろいの模様!」
「フィーちゃんと一緒……!」
そして二人はこつん、と短いステッキと長いステッキを交差させて嬉しそうに笑った。その縞模様は色以外は本当にそっくりで。
きっと、色々な思い出が詰まっているんだろうな……。
「ぴい、ぴいいっ!」
と、そこで。ゆうねちゃんの甲高く訴える様な泣き声が聞こえてきて。
「あっ……」
と、ロコちゃんが囁いて、ゆうねちゃんの方を向いて。マジカルステッキを手にしながら、一歩近付いた。
「マジカルステッキはね、とっておきの、秘密の魔法の時に使うんだよ!」
フィーがわくわくしながら目を輝かせて、そう説明する。
秘密の魔法?
「本当は……こっちの魔法は、動物さんに使いたくないんですが……ごめんなさい…………」
ロコちゃんが、寂しそうにステッキをじっと眺めて、それから視線をゆうねちゃんに戻す。
『止めて! ぶたないで! いたいのはやだあっ!』
「こ、怖がらなくても、平気です! 絶対にぶつけたりなんかしませんから……!」
『うそつきっ! しんじないもん、まほうつかいのいうことなんて……!』
申し訳なさそうに、ロコちゃんが更に一歩、ゆうねちゃんに近付く。
『や、やだ、やめて……』
「な、泣かないで……すぐに終わるから」
そして、ステッキをゆっくりと持ち上げて……。
「それっ……!」
ロコちゃんが、こつん、と、ステッキの先っぽを自分の足元に本当に弱く、物凄く弱く、床に打った。
ゆうねちゃんには、ちっとも当たっていないし、かすりもしなかった。
だけど。
「――!!!」
その瞬間、ゆうねちゃんの足元に、模様が細かく描かれた何重もの円が現れて。
そして、ぼんやりと暗いサーカスのテントの中で、青い光を発して輝き始めた。
これは……魔法陣?