第4話 迫る羽音
「俺様の名前は、ヴァル! マギアガーデン一の魔法使いで、期待の新星マジシャン!」
思いっ切りローブをバサッと広げたヴァルは、高らかにそう名乗りだした。
「全て願望で、自称だけどね」
「そこっ! 折角の名乗りを邪魔しない!!」
ダージェさんに突っ込みを入れた後で、不良の女の子――ヴァルはフィーの隣に座って、背中を叩いた。
「でもまあ、わざわざ私服を用意しているのは感心だな。そうそう、どうせサボるならもっと堂々としなくっちゃ。先生なんて怖くないって!」
そんな態度はまさに、不良の先輩っていう感じ。いや、不良にしては怖くないんだけど……。
「う、うん……? でも、授業って楽しいよ?」
流石のフィーもヴァルのテンションには驚いているみたいで、目をぱちくりとしている。
あの、いつもテンションマックスなフィーが押されてるなんて、初めて見るかもしれない……。
「何言ってんだ。あんなもん、ちっとも分からな……じゃなくて、面白くねえよ。魔法学校ってんだから、もっと簡単な……じゃなくて、楽しい授業をしてほしいもんだぜ」
……想像はしていたけど、うん、どうやらヴァルは成績の方も散々みたい……。
「フィーも、楽しい授業大好き! 楽しいのって、楽しいよね!」
「ふふっ、いくら俺様の言ってることが的確だからって、そんな羨望の眼差しで見つめられると照れちまうだろ……」
まんざらでもなさそうににやけるヴァル。
いや、フィーは別に憧れてるとかじゃなくて、ただヴァルのことを未知の不思議な生物だと認識しているんじゃ……。
「不良に関することだったら俺様に何でも訊くと良いぞ?」
「うん、分かった!」
答えるフィーの青い瞳は確かに、好奇心に満ちていて。変な影響を受けなきゃ良いけれど……。
それにしてもこの二人、話は全くかみ合ってないけど、どこか波長が似てるっていうか……気が合いそうっていうか。
ああ、どっちも人の話を全然聞かないタイプだからかな……。
それにしても、ヴァルの様な不良が珍しいってことは、魔法学校は結構ちゃんとしている学校らしい。
それとも、ヴァルはああ言ってるけど、魔法のセンスとかやる気が有れば、サボろうとなんか思わないぐらい面白い授業が多いのかな?
わたしも学校の座ってるだけの授業は好きなタイプじゃなかったから、それなら結構羨ましいけど……。
なんて思いつつ、紅茶を飲んでいると――。
「おっ?」
ヴァルの黒い瞳がこっちを向く。嫌な予感を察すると同時に、ずいっと顔を近づけてくる。
「あんたの名前は?」
「……シロップ」
「ふふっ。その鋭い目線、尖った牙、研ぎ澄まされた野生のオーラ……こんなにワイルドな二番弟子を持てるなんて、俺様は嬉しいぞ!」
「は、はい……????」
ワイルド……って、ウサギはそんなワイルドな生き物じゃないけど!? 地味に心にずしんと来る。ワイルド……そんなに、ワイルドか?
ヴァルの言うことが意味不明すぎて、自然と険しい視線になっちゃってたとか? でも、ちゃんとブラッシングだって毎日してますけど……。
そもそも、いつの間にわたし、ヴァルの二番弟子になったの?? 外見では年下のフィーよりも、弟子として格下に認定されている辺りも、微妙に釈然としない。
「この子いつもこんな感じだから、生暖かい目で見てあげてね~」
その時テーブルのそばにポッドを持ったダージェさんがやって来て、ぺしぺしとヴァルの頭を軽くはたいた。……救いの女神、降臨。
「ちょっと待て、こんな感じってなんだよ!」
「フィー、シロップさん、お代わりはいかが?」
「無視するなーっ!」
悔しそうに地団駄を踏むヴァルをダージェさんは華麗にスル―して、フィーとわたしのカップに紅茶のお代わりを注いでくれた。
「ちょっと騒がしいけど、慣れてくるとおバカな子犬みたいでかわいいのよ。よしよし」
「く、くうう……!!! いっつも、いっつもダージェは俺様をバカにして……!!」
悔しそうに、鋭い歯でギリギリと歯ぎしりをするヴァルと、ヴァルの頭を撫でながら余裕の表情のダージェさん。
凄い、これが大人の余裕だ。完璧にヴァルの扱いに慣れている……。
「それでは二人とも、ごゆっくり~」
エプロンのフリルをはためかせながら、ダージェさんは再びカウンターの向こう側の厨房へと戻っていった。
「まっ、まあ良い。ダージェはああ言ってるけどな、俺様はいずれ必ず世界一のマジシャンに――」
「! そうだ、ヴァルってマジシャンになりたいの!?」
『マジシャン』という単語に速攻で反応したフィーが、テーブルから身を乗り出してすぐに喰いついた。
「ああ、その通り。そりゃあもう、世界中を旅する様な偉大なマジシャンにな」
「わあ……! どうして、どうしてマジシャンになりたいって思ったの?」
「えっ、そ、それは……マジシャンってかっこいいし……それに、とてもかっこよくて……俺様に似合ってるかなって」
「凄い凄い! ねえねえ、ヴァルはどんなマジックをしてみたいの?」
「どんなマジックかって……あ、あれだよ、……とにかく凄くて、ほら、キラキラしてる感じの……」
「そうだよね、キラキラしてるマジックって素敵だよね! ねえねえ、ヴァル!」
「ま、全く。今度は何だ……?」
「ヴァルのマジック、すっごく見てみたい! ね、良いでしょう?!」
「あ、ああ~、それは……」
両手を組んで、きらきらと瞳を輝かせるフィーに見つめられて、ヴァルは気まずそうに目を逸らしている。
ヴァルをたじたじにするなんて、やっぱりフィーも只者じゃないな……。
しかもフィーの恐ろしいところは、全ての言葉に悪意が無くて、ただひたすら純粋な興味と好奇心からヴァルのマジックを見たいって、言ってるところ。
自分と同じマジシャンを目指してる……っぽい子がいて、テンションが上がってるのかも。
「残念だが、それは無理だ……」
だけどヴァルは、がっくし、とうなだれて声を落とした。
「そ、そうなんだ……?」
その深刻な表情につられて、フィーもはっと息を呑む。
「ああ。俺様のマジックはその気になれば世界を変えちゃえるぐらいに凄くてすさまじいんだが……いかんせん強大過ぎてな……」
「うん、うん……」
「本当なら、今すぐここで披露したいところなのだが……だが、暴発による世界へのダメージを考えると、この狭くてボロい店ではそっと秘めておいた方が良い……」
「今何か言った? ヴァル」
ダージェさんが、ぎらりと、鋭い視線でヴァルを睨む。そのただならぬ気配に冷汗を垂らしながら、どうにかヴァルは言い切った。
「……という訳だ。本当に悪いな」
「それは……そうだよね。良かった……!」
「すまんな。分かってくれて嬉しいな」
安心した様にほっと胸をなで下ろすフィーと、ヴァル。今の言い訳で騙されるフィーも中々どうして凄い……。
「ヴァルのすっごくかっこいいマジック、いつか見せてね!」
「うぐっ! あ、ああ、頑張るよ……」
屈託のないフィーの眩しい笑顔と言葉に、見るからに大ダメージを受けるヴァル。ああ、やっぱり誰もフィーには敵わない……。
「フィー、シロップさん、お菓子は何が良いかしら? 一応、ヴァルもいる?」
そんなやりとりを愉快そうに眺めていたダージェさんが尋ねた。
「フィーはチーズケーキが良いな! ダージェさん特製の!」
「クールでロックな俺様には、ガトーショコラケーキが似合ってるな」
「はいはい。チーズケーキと、ガトーショコラね。シロップさんは?」
「わたしは……そうですね……」
ショーウィンドウを見やる。沢山並んだお菓子は、どれも人間を変えて作られた訳じゃなさそうで、安心だけど……。それなら……プリン? モンブラン? それとも……。
バサッ。
「?」
あれこれ考えてると、うさ耳の先っぽがピクッと震える。何だろう。不思議に思いつつも、注文するケーキについて考えてると……。
バサッ。バサッ。
まただ。どこからか、かすかに聞こえてくる音。
「何か、聞こえませんか……?」
「? ううん」
フィーがふるふると首を振る。
わたしの耳にしか聞こえていない?
「何かが、羽ばたく様な音が……」
「は、羽ばたく……!?」
がちゃん! と、ヴァルがカップをお皿の上に落としてしまう。
バサリ。バサッ、バサッ、バサバサバサッ……ヴォン! 羽か翼が思いっ切り風を切る音。それが徐々に徐々に、こっちに近づいて来る……?!
「……!」
いてもたっても居られなくなって、わたしは立ち上がってお店の外に出る。
「あ、……」
そして、立ちすくんだ。
全身を包む真っ白い鱗が、きらりと朝の日差しを反射する。
羽ばたく度に風の流れが通りを吹き抜けていく。
金色の瞳がじっと、ただわたしのことを見つめていた。
ドラゴンが、まっすぐこっちに飛んで来る。