第3話 期待の新星、登場?
「もしかして……フィー?」
「久しぶり、ダージェさん!」
勢いよく、そのお姉さん――ダージェさんに駆け寄るフィー。お互いに歓喜の声を上げてるから、知り合いだったみたいだ。
「随分と突然だね、また。どうしたの?」
「えへへ、トワイアルバ先生からお手紙を貰ってね、遊びに来たの! 夜行列車に乗って!」
「そっか。ふふっ、全然変わってないね、フィーは」
目を細めて、フィーの頭を撫でるダージェさんの、余裕のある表情は、まさに大人のお姉さんっていう感じだ。
それにしてもフィーって、良く頭を撫でられるな……。髪の毛がふわふわしてて気持ちいいのかな?
「紅茶、飲んでくでしょ?」
ダージェさんがちらりと見た店の看板には、湯気の立つティーカップが描かれていた。
「えっ、うーん……うん!」
何故かフィーは一瞬止まったけど、次の瞬間にはカフェのショーウィンドウに並んだ焼き菓子に目が行っている。本当にくいしんぼなんだから……。
「シロップさんも、どうぞ」
「あっ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
ダージェさんに呼び掛けられて、フィーに続いて店内に入った。
わたしの名前を知ってるってことは、マジックショーの噂はどうやらトワイアルバ先生以外のフィーの知り合いにも伝わっちゃってるみたい……。
こじんまりとした店内は、こげ茶色の大人しめの色調で統一されていて、砂時計や小さな鐘の様なオブジェが飾られている。入り口のそばにはショーウィンドウと、後はテーブルが六つと、カウンター席が八つだ。
「こちらの席をどうぞ」
ダージェさんに案内されたのは店内の中ほどの、四人掛けのテーブル席。
「こちらは、当店自慢の紅茶でございます」
そしてすぐに綺麗な色の紅茶がことりと、テーブルの上に二つ置かれる。わたしたち以外にお客さんが居ない店内は静かで、ゆったりとした時間が流れていた。できることなら学園に行かないで、ここで一日過ごしていたいぐらい……。
紅茶の上品な香りが全身を通り抜けていくみたいだ。夜明けはコーヒーで、朝は紅茶。何だかぴったりの組み合わせ。鮮やかで、だけど落ち着いた紅色も見ているだけで優雅な気持ちになってくる。
「そ、そうそう、このお店の紅茶が、フィーはすっごく大好きでね……」
だけどフィーは早口に言いながらも、中々飲もうとしない。不思議に思っていると、ようやくフィーはティーカップに口を付け――。
「――ぴゃっ!」
すぐに面食らったような顔をして……。
「や、やっぱり、に、苦いよー……。ダージェさん……」
みるみるうちに顔を青くして、ベーっと舌を出すのだった。
前から薄々気づいていたけれど……どうやらフィーは、苦い物がかなり苦手らしい……。
なるほど、苦い物、苦い物っと……。
ようやく知ることができたフィーの弱点を、心の中にこっそりメモしておく。
「あはは、うちの紅茶は濃いのがウリなんだけど。やっぱりフィーも、まだまだ子供だねえ」
って笑いながらダージェさんはもう一回フィーのカップを手に取って、さっと指を振った。
「シロップさんも、甘くする?」
「じゃあ、お願いします」
わたしも紅茶は甘い方が良い。同じ様に指を振るとすぐに、ダージェさんはカップを返して……。
一口飲んでみると、紅茶の色は一切変わっていないのに今度はミルクの甘みが追加されている。すっきりとしていて……おいしい!
いつまでも飲み続けられるぐらい、暖かくて飲みやすい紅茶だった。
「流石、ダージェさん! フィーの好きな紅茶の味、覚えててくれたんだ!」
フィーはさっきとは打って変わって、浮き浮きと紅茶を飲んでいる。
「喜んでくれると嬉しいよ。ちなみに、シロップさんの方は、甘さはちょっと控えめにしておいたからね」
どうやらダージェさんは、魔法を使って一人一人の好みに合わせた紅茶を注げるみたい。
……この世界に来て初めて、素敵な魔法だなって思った。
「ちょっと待っててね、今お茶菓子を持ってくるから」
そしてダージェさんは、再び厨房に戻――。
「――と、その前に」
……らないで。店の一番奥のテーブル席に向かっていって。
「ほら、いつまで寝てるのさ」
「ううー、お日様が沈むまで……」
真っ赤なショートヘアーの女の子がごしごしと目をこすりながら顔を上げた。
喫茶店にはわたしたち以外にもお客さんが居たらしい。この席からだと、テーブルに突っ伏して眠っているのが見えなかったんだ。
「ほら、さっさと戻りなさいってば」
「むー、お客さんにはもっと優しくしなくちゃいけないんだぞー!」
ぷくっと頬を膨らませる女の子は、十四才ぐらいかな?
わたしより、ちょっと年下ぐらいだろう。カラフルに輝く花火の様な形の派手な模様が入った、黒いローブを羽織っている。
その下に着ているのは、大きな白い襟の付いた、明るいワインレッドのボレロ。
さらにその下には、丈の長い白いワンピース。その袖や裾には明るいワインレッドのラインが入っている。大きな真っ白い胸元のリボン。それに左胸には、魔法陣の中にドラゴンの左右の翼の図柄のワッペン。見ればすぐに、普通の服じゃないことは伝わってくる。
フリルにも細かい網目模様の刺繍が施されている。その女の子の隣に置かれてある三角帽子も同じワインレッドだ。
「えっと、あの服は……」
「あれは、魔法学校の制服だよ。ローブは、あの子のオリジナルみたいだけど」
「素敵な制服ですね……」
こっそりと耳打ちしてくれたフィーに言う。これは本心だった。漫画とかアニメとかでしか見たことの無い、素敵なデザインの制服。素直に、憧れちゃうぐらいの……。
「あなたねえ……そんなんじゃ、また補習になっちゃうよ?」
「へへーん。未来の天才マジシャンは、そんなちっちゃなことする必要ないしー」
「良いけど……マジシャンになるのって、そんなに簡単じゃないんだからね?」
「ふふん、俺様ぐらいの凄い魔力を持ってれば、学校一のマジシャンになんて、すぐにでもなれちゃうし」
「……そんなこと言ったって、ねえ。初級魔法もちゃんと覚えてないんじゃねえ」
「ちっ、違うってば! 俺様ほど高度な魔法使いになると、そんな簡単な魔法、する必要がないの!」
「あらあら、大した天才マジシャンだこと」
「ふ、ふぎゅうう……」
女の子は悔しそうに、情けない声を漏らす。
……真面目な子だったら、学校をサボって喫茶店に来たりはしないよね。
それに、その女の子の髪の色は、燃える様な赤色で。それだけならまだ地毛かもしれないけれど、前髪の中の一束だけが鮮やかな金色なのは、確実に染めてるんだろう。
授業はサボってるし、髪は派手に染めてるし。
……問題児だ。あからさま過ぎるぐらいに。魔法の世界にも、不良っているんだ……。
「おっ?」
いけない。ついつい、まじまじと眺めちゃっていたのに気付かれてしまった。
「もしかして、あんたたちもサボり? まだ下級生なのに、悪いね~」
立ち上がってこっちに寄ってくる女の子は何故か得意気で。どうやら、不良の先輩(?)として自慢しにきたらしい。
「いえ、わたしたちは生徒では――」
「いいのいいの。授業をサボるのは学生の特権。それを邪魔する資格は誰にも無いんだから」
「しかく? とっけん……? どういうこと? 難しいよお……」
フィーが悩ましそうに首を傾げる。どうやらこの女の子、不良なだけじゃなくて、かなりの詭弁遣いらしい……。
「まあ、初めてのサボリなら、怯えるのも無理はないか。ふふん、俺なんか入学式の次の日からバリバリサボってたけどな!」
ちらっ、ちらっとこっちを見ながら何故か自信に満ちた顔をする女の子。
……絶対、関わったら面倒ごとになるタイプだ……と、わたしは反射的に身構える。
「ふふっ、何を隠そう!」
すると女の子が突然、思いっ切りローブをバサッと広げる。
そして、カウンターからダージェさんのため息が聞こえるのを気にもせず、高らかに名乗りだす。
「俺様の名前は、ヴァル! マギアガーデン一の魔法使いで、期待の新星マジシャン!」