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マジカルメタモルショータイム!  作者: 夜狐紺
第3章 竜と魔物とマギアガーデン
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第1話 夜行列車で向かう旅

 ガタン、ゴトン……。

 八号車に聞こえてくるのは車輪の音。

「すう、すう……むにゃ……」

 それから私の正面の座席に寝っ転がる、ピンク色の髪の女の子の、静かな寝息だけ。

「ふわ……」

 目を覚ましたわたしは、女の子を起こさない様にあくびをして、それから座ったまま伸びをした。

 背もたれに寄りかかって、窓の外を見やる。でも、外の景色は暗闇一色で、退屈だった。

 それに今は、話相手だっていない。いや、フィーはこのまま到着までずっと寝ててほしいんだけど……。

 ……お客さんがまばらな車内で、明け方の今に起きているのは、わたしだけだろう。

 乗車してから、もう何時間ぐらい経ったんだろう。蒸気機関車が引く客車に乗るなんて初めてで、しかもそれが夜行列車だったから、最初は心の中でひっそり心が弾んでいたりしたんだ。

 だけど流石に、そろそろ飽きてきた。昨日の夕方から、始発駅からずっと乗っているんだから……。

 早く着かないかなあ……なんて、フィーに連れ回されっぱなしの普段だったら絶対に考えない様なことを考えていると。

 つんつん、と肩をつつかれて。

「ひゃあっ」

 思わず声を出して、振り返ると――。

「……」

 車内の通路に、十七才ぐらい――私より若干年上の、真っ黒い髪を短く切りそろえた女の子――『車掌さん』が、静かに佇んでいた。

 車掌さんは金のボタンが特徴的な黒い制服を着ていて……その大きな襟のせいで口元が隠れて、表情はよく分からない。

 だけど、女の子が被っている真っ黒い帽子の正面には、金色に輝く丸い車輪の形のロゴマークがあしらわれていた。車内や車体のあちこちにも見かけたロゴマークだ。

「あっ、す、すみません……!」

 きっと、切符の抜き打ち点検に来たんだろう。

 乗ってて退屈だなんて思っちゃって悪かったな……なんて、ちょっと罪悪感を抱きながらわたしは慌ててポケットの中を探る。

「これですよね……?」

 自分の分、そして無くしたら困るからと預けられたフィーの分、二枚の切手を取り出して、寡黙な車掌さんに渡そうとする。

「……」

 だけど車掌さんはふるふると小さく首を横に振って、それから。

「……」

 いつの間にか手にしていたティーポットで、ティーカップにコーヒーを注いでいて。

「あっ、えっ……?」

「……」

 困惑している内に注ぎ終わった車掌さんが、そっとわたしにティーカップを手渡してくれる。

「す、すみません、わざわざ……」

 慌てて窓枠に切符を置いてから、湯気の立つカップをそろりと受け取った。切符の点検じゃなかったんだ……。

「……」

 それから車掌さんは、いつの間にか手にしていたミルクポッドから、ホットミルクを丁寧に注いだ。

「……」

 車掌さんはホットミルクを、わたしの向かいの座席に横になって眠るフィーの近くの窓枠に置いて。

「……」 

 それから、車掌さんは帽子を取ってぺこり、と小さくお礼をしてから通路を音もなく歩いていくのだった。

「ありがとうございます」

 落ち着きながらようやくお礼を言って、わたしは手元のコーヒーを、そして窓枠のホットミルクを見た。魔法が掛けられているのか揺られているのに、二つのカップの水面は驚くほど穏やかで。

 しかも、その水面には不思議なことに、金色の車輪のロゴマークが映し出されていた。

 コーヒーの香りが、鼻をくすぐる。目が覚める様な、だけど優しい香り。

 車掌さんに心の中でもう一回お礼を言いながら、そっと口を付けようとすると――。

 キイイッ!

 突然、車輪が擦れる甲高い音が車内に響き渡って。

「ふわっ!?」

 ぱちっ、と、眠っていた十才ぐらいの女の子――マジシャンのフィーが目を覚まして、体を起こしてあちこちをきょろきょろと見回した。

「あ、あれっ? ここ、ベッドじゃない? それに、お外が動いてる? どうして、どうして……あっ!」

 それからすぐに車輪にも負けない高い声で、ハッとした表情を浮かべて……。

「そっか、今は夜行に乗ってたんだっけ!」

 てへへっ、て笑って、ぺろっと舌を出すのだった。

「……」

 一気に騒がしくなった。正直、もう少し眠っていて欲しかったのにな……。

「あの、それ……車掌さんが、入れてくれたんですよ」

 窓枠の湯気の途切れないホットミルクを指すとフィーは、すぐにきらきらと青い瞳を輝かせて……。

「えっ、ほんと! フィー、ホットミルク大好きだよ!」

 それからがたんっ! と立ち上がって、次の車両に移ろうとしていた車掌さんの下に駆け寄って。

「ありがとう、車掌さんっ!」

 明るく笑ってぺこりとお辞儀をした。

「……」

 クールな車掌さんはこれには参ったようで……。どうしたものか分からなそうな様子で、ほっぺたを赤くして、フィーの頭を撫でてあげて、ぺこりとお辞儀を返したのだった。

 きっと今の声で、他のお客さんも起きちゃったんだろうな……。心の中で謝っているとフィーが戻ってくる。

「えへへ、嬉しいな。昔と変わってないんだね、夜行列車! マークが浮かんだこのミルクも、昔と一緒!」

 席に座って足をぶらぶらさせながら、声を弾ませるフィー。

 外跳ね気味のピンクの長い髪は、寝癖のせいでいつもよりも更にふわっと……というか、ぼさっとしてる。

 だけどそんなこともお構いなしにフィーは早速ティーカップを手に取った。

 車窓に映るわたしの真っ白いうさぎの毛も、いつもよりも乱れてぼさついていて……ああ、これはお手入れが大変だ……と嘆きたくもなってくる。

 とにかく今は、余計なことは考えないでティータイムにしよう……。

 ふうっ、と息をついて湯気を揺らして、そっと口元にカップを近づけたところで――。

「わあ……!」

 フィーの歓声が聞こえる。

 視界が急に、明るくなる。

 思わず、飲むのを止める。

 遠くの畑の向こう側から、ゆっくりと朝日が昇り始めていて。

 夜空がオレンジ色に、それから淡い水色に、複雑な色に変わっていく。

「前に乗った時も丁度、この辺りからお日様が見えたんだよ! 懐かしいな~!」

 興奮気味に語るフィーのホットミルクに映る車輪が、日差しが反射してきらきらと淡く輝いている。

 それはわたしのコーヒーも同じだった。

「おいしい! あったかいね~!」

 ホットミルクに口をつけたフィーが、そんな調子で元気に褒める。

 本当に、朝から絶好調だ。わたしもようやく、コーヒーに口を付ける。

 ……おいしい。

 苦くないけど甘過ぎない匙加減が絶妙で、眠っていた心が優しく起こされていく様な感覚だった。

 ちらっと外に目をやれば、昨夜からずっと続いていた田園の風景から徐々に徐々に、建物が増えていく。

 そろそろ、着くんだろうな。

 アナウンスは無いのに、自然と察した。窓枠の切符に書かれた行き先は――。


『夜行 マギアガーデン行き』。


 『マギアガーデン』。

 魔法使いが、生まれる場所。



 一枚の手紙が始まりだった。

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