第14話 甘くないお菓子
―――。
「もっと食べたかったのに……」
むーっとほっぺたを膨らませて、珍しくフィーが拗ねた様な表情をする。
キャンディー、キャラメル、チョコレート。
ローブのポケットにはぎゅうぎゅうっと、沢山のお菓子が詰められている。
「だ、駄目ですよ、メイドさん達のパーティーですから、長居をしては……」
「でもー……」
フィーがくるっと振り返る。
その後ろには、ショートケーキの形をした、大きな大きなお菓子の城。
連れてこられる時に見た、純白のレンガの姿とは全く違う。
屋根には大きな赤いイチゴが乗って、ふわふわのスポンジと、たっぷりの生クリームが掛った、お菓子の城。
そして、元々はお菓子の国のお姫様――アラメリゼ様だった、お城……。
わたしは普段よりも足早に、それこそ普段は連れ回されているフィーを置いて行っちゃうぐらいの勢いで歩いている。
追手が来てるとか、逃げているからとか、そういう訳じゃない。
きっと、このこと――お姫様をフィーがお菓子のお城に変えちゃったことで、これから責められたり追われることは無い……と思う。
メイドさんたちの反応からして、多分間違いない。
それじゃあ今、お城から逃げてるのは何で?
勿論、お城のメイドさんのパーティーだから、部外者のわたし達が長居するのは悪い……という理由、でもなかった。
何で、逃げてるんだろう?
自分でも分からない。だけど、逃げないとやってられない。
そうでもしないと、早まった鼓動の行き場所が無い。
「待ってよ、シロップ~!」
気付けばフィーをかなり引き離してしまったみたいで、慌てて立ち止まる。
「もう、シロップったら。いきなりどうしたの……?」
底抜けの体力のフィーが今日は珍しく、はあはあと息をついていた。
「ご、ごめんなさい……」
冷静になって、すぐに頭を下げる。そうだ、ちょっと、頭を冷やさないと……。
「ねえねえ、この公園で休んでいこうよ!」
と、わたしの袖を引っ張るフィーが指差していたのは、どこにでも有る様な広場だった。本当に、広場は、魔法の世界にも、元の世界にも、どこにでも有る。
お菓子が満足に食べられなかったからか、フィーもちょっと意地になって、わたしの返事を待つ前に手を引っ張っていく。
そして、いつもの様に二人掛けのベンチに座らせられた。
「あっ、ちょっと待ってて!」
だけどせっかちなフィーはすぐに立ち上がって、ぱたぱたとどこかに走っていく。
「……」
背もたれに、全ての体重を預ける。ようやく、呼吸ができる様になった、気がした。
……まだ、生きた心地がしない。
『もっと、本物のお城と同じぐらい壮大な魔法を見せてくれなきゃ困っちゃうわ』。
お姫様が、ステッキを持って椅子から飛び降りた瞬間。咄嗟に思い出した、そんな言葉。
最後に大きな魔法を――だから、お城。
もしもあの時私が思い出してなかったら、お城のイメージを思い浮かべてなかったら、フィーと手を繋いでなかったら。そしてフィーが、夕焼けの手袋を忘れずにきっちりと外しちゃっていたら……。
わたしは……そして、フィーも、今頃――。
想像するだけで、全身の毛が逆立ってくる。
……止めよう。今は、色んなことを、考えるのを、止めよう。止めないと……パンクしそうだった。
「買ってきたよ~!」
そんな明るい声と一緒に、フィーが帰ってくる。すぐに上機嫌に戻ってる。
その両手に持っていたのは――。
「ホイップとカスタードのクレープだって!」
フィーがいそいそと私の右隣に座る。遠くに止まっている移動式の屋台から買ってきた物だろう。
「先にシロップ! 選んで良いよ!」
「あ、ありがとうございます」
わたしは、フィーが右手に持っていたクレープを選んで受け取った。
……うん、ホイップとカスタードが入った、何の変哲もないシンプルなクレープだ。
これは人間を変えたもの、じゃない。普通に作った、普通のクレープ。
獣人になって発達した五感か、もしくは野生の勘で……そういうことだけは、見極められるようになってきた。
そして、わたしがクレープを口元に運ぼうとすると――。
「あれっ、でも、それ……裏、こげちゃってるよ?」
今気づいたんだろう。フィーが心配そうに、クレープをくるんでいた紙をぴらっとめくった。
確かに、紙に隠れていたクレープの皮は、かなりの範囲が真っ黒こげになっていて、お世辞にもおいしそうとは言えなかった。
「嫌だったらフィーのと交換するよ? 半分こしたりとか……」
「大丈夫ですよ」
「そう? 交換したくなったら、すぐ言ってね!」
そんなフィーの言葉に頷いて。そしてフィーとわたしは、クレープをはむっと食べる。
……これは。
二口目、三口目……。
「ちょっと、ちょーだい?」
食べてる様子を見て羨ましくなったのか、フィーがわたしの方のクレープをねだった。
「でも、焦げてますけど……」
「ううん、一口だけだから!」
なのでわたしはフィーの言葉通りに、一口分を食べさせてあげた。はむっと、クリームと焦げた皮を咥えるとフィーは……。
「うぎゃっ!」
反射的にベーっと舌を出して、悲しそうな顔をする。おいしくない……皮は勿論、クリームだって全然味が薄くて甘さが伝わってこなくて、確かに、おいしくない。
「こ、これ、に、にがいよー、シロップ……」
と、フィーは困った様に首を傾げる。
「おいしく、ないですね……」
と、返事をしてわたしはまた、焦げたクレープを食べる。
おいしくない。それに甘くもない……だけど。
今は、甘い味よりもずっと好きだった。
第2章 魔法のお菓子は甘くない?――おしまい