第11話 煙が晴れたら――
もくもくもく……。
「な、なにこれ~?」
「けほっ、けほっ……!」
ピンク色の煙に包まれた部屋から、戸惑うフィーとシロップの声が聞こえてくる。
くくくっ。アラメリゼのいきなりのお菓子化魔法で、驚いたんだろう。
だけど、ここからが本番。
煙が徐々に引いていく。うずうずが止まらない。早く、早く、早く!
そうこうしている内に、煙が完全に晴れてくる。
さてと、フィーと白うさぎは、どんなショートケーキになっちゃったんだろう!
どんな素敵なケーキに、どんなおいしそうなケーキに、どんな甘いケーキになっちゃったんだろう……!?
「あ、あれ……?」
だけど。あれ? あれ? どうして?
「ふうっ。ようやく明るくなったね、シロップ!」
「煙が、無くなりましたね……」
ステージの上に立っているのは……フィーと、シロップ。
それも、ショートケーキにしたはずなのに。フィーもシロップも、元の姿のままだ。
う、うそ……。もしかして、失敗?
アラメリゼの、最高のお菓子化魔法が? まさか……?
でも、いいや。一回失敗したのなら、もう一回魔法を掛けてあげれば良いだけの話だ。
「そう言えば、フィーさん……」
「? どうしたの、シロップ?」
「その、お部屋に――」
「あれれっ? ほんとだ、どうしちゃったんだろう?」
フィーもシロップもお喋りに夢中で、完全に油断し切ってるところだし。
くくくくっ……!
アラメリゼはすぐに気を取り直して、床に落ちたステッキを持って――。
「……??」
って――あ、あれ? ステッキが、ステッキが持てない?
おかしいなって、もう一回床のステッキを拾おうとするけれど。
!? どうして? どうして体が動かないの? それに、床にはステッキだけじゃなくて、アラメリゼの付けていた金の王冠も落っこちていて。
なのに、それを拾うことができない。体が、動かせない?
それに、フィーやシロップや、部屋の中の物がさっきよりも小さく見える。
まるで、上から見下ろしてるみたいに――。
「な、何が起こってるの……?」
まさか。まさか、こんなの夢よ。冗談に決まってる。夢か、幻か、それとも――。
「! 今の声って!」
「アラメリゼ様、ですよね……」
すると、アラメリゼの声が通じたのかフィーとシロップが、ハッとしてこっちの方を向いた。
ほっと胸をなで下ろす。
「そうよ、アラメリゼよ! アラメリゼはここにいるわ!」
と、声を掛ける。きっと、強い魔法が暴発して、その衝撃で部屋のフックにドレスが引っかかってしまってるんだ。
それだったら、体が思う様に動かせないのもしょうがない。
とにかく、ここから下ろして貰わなくっちゃ。お菓子化魔法は、それから仕切り直して掛ければいい。
これも、おいしいケーキを食べるのに必要なことだと思えば……。
「今行きますね、アラメリゼ様!」
そしてすぐにフィーが駆け寄っていく……アラメリゼがいる方向とは、逆方向へ。
「アラメリゼ様、ここにいるんですかー!」
「どこに行ってるの、アラメリゼは反対側よ!」
「? おかしいな、こっちから声がしたのに……?」
壁に向かって話し掛けてたフィーはそんなとぼけた声を出して、首をかしげる。
もう、何をしてるのかしら? 声のする方なんて、すぐ分かるに決まってるのに……。
「あ、あの……私は、こっちの方から声がしたと思うんですけれど……」
と、おずおずと発言するのは、シロップ。
そしてシロップもまた、フィーが駆け寄った方とも、アラメリゼの方とも、また全然違う方向を指さしていた。
「どういうこと? アラメリゼはこっちだって言ってるでしょう!?」
なんて、ちょっと大きな声で催促する。ああ、早く下ろしてったら!
「やっぱり、こっちから聞こえるんだけどな……」
だけど、分からず屋のフィーは不思議そうな表情でそっと、壁に手を当てた。
「きゃっ! くすぐったい!」
やだっ、何、今の……?
ふわっ。と、体が暖かくてやわらかいものに撫でられた感じがして。
くすぐったくて、思わず声がでちゃった。な、なに、今の感覚……!?
「あ、あれ、あれ、シロップ、凄いよ!」
すると。何故かフィーも驚いた顔で、自分の手の平と、触った壁と、シロップのことを見比べていて。
それから……。
「えへへっ、この壁、チョコレートでできてる~!!」
そして、さわさわっ、と何度も壁を撫でるのだった。壁が、チョコレートに? 馬鹿みたい。
でも、でも、確かに、フィーが撫でる壁は一面、茶色いチョコレートになってる様に見える。
それに、く、くすぐったい、どうして、どうして体を撫でられてるの、くすぐったいったら、止めてよ……!
「よ、よく見ると、こっちの壁は、ビスケットになっていますね……!」
って、シロップが見つめる壁も、よく見ると確かにビスケットになっていて。
何で? どうして、アラメリゼのお部屋がそんなことになってるの……?!
それだけじゃない。
「わあっ、凄いよ、シャンデリアはキャンディーだ!」
「ゆ、床は、カラフルなマカロンになってますね……!」
「扉はキャラメルに、窓は砂糖細工になってるよ! 綺麗だね~!」
「お城の見た目も、ショートケーキになってる……おとぎ話に出てくる、お菓子のお城みたい……」
『お菓子のお城』。窓の外を覗いたシロップの、そんな言葉。
どうして? どうして? アラメリゼのお部屋には、確かに沢山のお菓子が有った。
でも、全部が全部お菓子まみれじゃなかったのに。
どうして一瞬で、床も、屋根も、家具も全部、お菓子になっちゃってるの??
分からない。何にも、何にも分からない、けど……とにかく!
「早く、早くアラメリゼを――」
「ステージは、マシュマロになってる! トランポリンみたい!」
「アラメリゼを見つけ……ひゃあっ!?」
「ぽよん、ぽよ~んっ! ――あれっ?」
「くすぐったいったら、もう、誰なの!?」
ふと、呑気にマシュマロのトランポリンで飛び跳ねて遊んでいたフィーが、動きを止める。
「……ぽよんっ」
「ふ、ふわああっ……!」
それから、もう一回フィーが飛び跳ねた途端に。アラメリゼの体がむずがゆくなって。
「「「……」」」
部屋が、沈黙に包まれた。
まさか。まさか。まさか!
まさか、アラメリゼは今……。
「お菓子のお城に、なっちゃってるの……!?」
つまり、アラメリゼは部屋のフックに引っ掛かってたんじゃなくて。
このお部屋を、いや、このお城全体と一緒にお菓子に、変わっちゃったっていう訳……?!
そんなの有り得ない、有り得ない!
だけど、フィーに触られたくすぐったい感覚は本物で。
「こ、こんなの、変よ。だって、アラメリゼのお菓子化魔法は――」
お菓子化魔法は、あなたたち二人に向けたのに――って、言い掛けて、慌てて口をつぐむ。
でも、でも! こんなの、おかしい、変だ。
だって、アラメリゼはシロップをショートケーキに変えるつもりだったのに。
なのにどうして、アラメリゼの方がお菓子のお城なんて、変な物に変身してるの!?
「フィーは、どんな魔法を使うかは決まってなかったんだけど……」
口元にちょいっと人差し指を当てて、フィーが宙を見る。
「とにかく大きい魔法をしなきゃって悩んでたら……」
それからフィーは嬉しそうに、混乱している様子のシロップをちらっと見る。
「シロップが手を繋いでくれて、魔法がひとりでに溢れて来たんだよね!」
「は、はい……!」
きょろきょろと辺りを見回しながら、こくり、と、控えめに頷くシロップ。
つまり……フィーは、とにかく大きい魔法を掛けようとした。
大きい魔法……だから、お城って言うこと? つまりフィーは、お城に魔法を使ってみようって考えたってこと?
それがアラメリゼのお菓子化魔法と衝突して合わさって、アラメリゼをこんな、『お菓子のお城』なんてふざけた姿に……?
そんな、馬鹿馬鹿しい。だけど、足し算で考えるとこういうことになる。
でも、それだって、色んな所が有り得ない!
二つの魔法を合わせることは可能でも……お城全体をお菓子に変えちゃうなんて、そんな大掛かりな魔法、無理に決まってる!
今まで見てきたフィーのマジックには、そんな魔力なんてどこにも感じられなかった。
それに、いくら凄いアラメリゼのお菓子化魔法だって、女の子を何人か一緒に変えることはできても、お城を変えることなんて、とてもじゃないけど、できない。
それにアラメリゼの、とっておきのステッキも使ったお菓子化魔法が、『お城に魔法を掛けよう』なんてぼんやりとした魔法に負ける訳がない!
だから、こんなの勘違いだ。勘違い、だって、高貴なアラメリゼがこんな目に遭って良いわけない!
……なんて思っていると。
「――!」
床に落ちていたある物が、目に付いた。あ、あれは……。




