第9話 夕焼けのマジック
「きゃっ!?」
フィーと白うさぎが煙に包まれる。ま、まさか自らお菓子化魔法を掛けちゃったの……!?
駄目、そんなの駄目なのに、この二人はアラメリゼの素晴らしい魔法で変えないと駄目なのに!
「あ、あれ……?」
だけど、それはアラメリゼの思い過ごしだったみたいで……白うさぎのきょとんとした声に、引き戻されて冷静になる。
煙が晴れた後もフィーと白うさぎはちゃんとそこに居て。ほっと、心の中で胸をなで下ろす。
それじゃあ何が変わったのかというと、二人の衣装がパーティードレスや、バニーガールの服から、コックが着る白い服と、背の高い白い帽子に変わっていた。後はステージ中央の台も、いつの間にかキッチンになっていた。
着替えただけって……本当に、人騒がせ。
「まずは、女の子を召喚しますね!」
フィーが軽やかにくるりと一回転してステッキを振れば、トレイの上に今度は、赤髪の女の子が現れた。
「そして、魔法を掛けて――っと」
フィーがもう一回ステッキを振るって、今度は女の子の反応を待つことなく、手袋を使って丸めてこね始めた。
「~!? ふ、ふにゃ、にゃ、なに、なにこれ~!?」
さっきの様に自分の服と一緒に、こねられて、なでられて、もまれて、とろとろになって、ふわふわになって、一つの大きな真ん丸にまとまっていく女の子。
だけど、さっきとは違ってミルク色に近くて、もちっとした弾力が有りそうで。粘土、じゃない?
「ふう~……」
そうこうしている内に、こねるのを終わったフィーは今度は、白うさぎから手渡された長い木の棒を持って、女の子にそっと当てる。
「それじゃ、伸ばすね~!」
ころころころ……と、棒で平べったく伸ばされていく女の子。もしかして、これって。
「……生地?」
あれはそう、小麦粉に牛乳にお砂糖にバター。どんなお菓子にも必要な素材を混ぜた生地だ。
「その通り! 流石はお姫様!」
ってにこにこ笑いながらフィーは素材を伸ばすのを止める。平べったくなった素材は今、トレイの上、一杯に広がっている。
魔法を使わないでちゃんと素材から作るなんて久々だけど、あれがお菓子の生地だってことぐらいは分かる。
「さっきの星空の手袋は、食べ物以外のもののイメージを、今度の夕焼けの手袋は、食べ物のイメージを読み取ることができるんですよ!」
なるほどね。それじゃあ、アラメリゼには今身に着けているこの星空の手袋よりも、あっちの夕焼けの手袋の方がぴったり。このマジックが終ったらすぐに貰おっと。あっ、でも、どうせお菓子に変えちゃうんだから、わざわざフィーに許可を取る必要も無いか。
それに、つまりそれって、今着けてる星空の手袋を使えば、お菓子化魔法しか使えないアラメリゼも、他の変化魔法を使えるってことだ。くくくっ、つまり、この星空の手袋を使えばお菓子化魔法は強化されるし、それ以外の物にも変えることができるし、もっともっとやりたい放題できるんだ……!
「それからそれからっ!」
そしてフィーは、茶髪のツインテールの女の子をトレイの上――女の子を延ばして作った下地の上に呼び出した。
「えへへ、くるんじゃうよ~!」
そしてすぐに、敷いていたとろんとしたやわらかい下地を持ち上げて、女の子の体を包み込んだ。
「きゃっ、や、むっ……、ん、むぐっ、んん、~!」
包まれた女の子はとろとろとした素材からは逃げられない。
そしてフィーはこっちを向いて、尋ねてきた。
「アラメリゼ様は、どんなお菓子が食べたいですか?」
「それは――」
それは勿論、生意気なマジシャンの女の子と、臆病な白うさぎの獣人を合わせて作った、ショートケーキだ。
マジシャンはスポンジに、白うさぎは生クリームに。たっぷりいたぶって作った、甘い甘いマジシャンケーキ……。
……だけどそれは、あくまで今日の本番のデザートだ。
それに今のフィーは、伸ばした素材で女の子をくるんでいるから、そういう形のお菓子にした方がぴったりなのかも。
それなら、ミルフィーユ? マカロン? パンケーキ? ボンボンチョコレート?
いや、アラメリゼがもっと食べたいのは――。
なんて考えているとまた、フィーの身に付けている夕焼けの手袋がまた輝き始めて――。
煙と音と共に、用意してあった紙ナフキンの上にすとんと、一つのお菓子が落っこちた。
「はい、召し上がれ!」
そして、シェフ姿のフィーが紙ナフキンにそのお菓子をくるんで、ぴょんとステージから飛び降りてフィーの下にやって来る。
そのお菓子は――エクレア。それも、普通のチョコじゃなくて、モカチョコレートが掛かった、ちょっと大きめのエクレアだ。やっぱり、人のイメージを読みとる手袋の力は確かみたい。
モカチョコレートじゃなくて普通のチョコレートだったら、すぐにフィーも変えてやるつもりだったのに。
「……まあ、良いわ」
マジックショーを見ていて、お腹が減ってきたのも本当。白うさぎとフィーの前の腹ごしらえにしよっと。アラメリゼは作り立てのエクレアを手に取って、一口食べてみた。
「……」
口の中に入れた途端に、ふわっとしたシューとクリームの甘い味が広がる。口の中でモカ味のクリームがぷるぷると震えてくれているからか、もっと甘くて上品な味になってる気がする。
ふふっ、この食べないでって抵抗している様に震えてるのが、より一層自分をおいしくさせてるっていう矛盾は、女の子で作ったお菓子でしか味わえない。もう戻れないのに、完全にお菓子なのに、人間に戻りたいなんて、かわいい……!
「ふう……」
そのまま全部食べ切って、ふっと息をついた。
「どうでしたか、アラメリゼ様!」
今度は自信が有るのか、フィーが弾む調子で尋ねてきた。
「まあまあってところね」
指先に残ったクリームをひとなめして答える。ちゃんと、アラメリゼの好みの味だったし。
「でもこれって、アラメリゼが自分で女の子をお菓子に変えちゃった方が、もっと早くておいしくなるんじゃない?」
だけど、アラメリゼのお菓子化魔法に比べると、全然まだまだだ。まあ、この世で一番のアラメリゼのお菓子に勝とうって人なんて、いないと思うんだけど。
「え、っと……」
そんなアラメリゼの言葉に、流石のフィーもより一層困った表情をして。それから白うさぎも、いよいよアラメリゼのことが怖くなって来たみたいで、この世の終わりの様な顔をしている。
マジックなんかより、こんな二人を見てる方がずっとずっと面白くて、愉快。だけど、こうやって反応を見るたびに、どんどんどんどん、早くケーキに変えて食べちゃいたくなってくる。
「マジックショーって、これでおしまい?」
って急かすと白うさぎはびくっとして。フィーは慌てて、首を横に振って。
「もっともっとすごいマジックが、まだまだありますよ! 次は――」
次のマジックに取り掛かる。あ~あ、お腹空いてきちゃったな……。小さく欠伸をしながらアラメリゼは、ぼんやりと考えた。
それからフィーは召喚した女の子をぬいぐるみにしたり、おもちゃにしたり、家具にしたり、ドレスにしたり、色んなマジックを披露した。
一つ一つは、物凄く退屈な訳じゃないけど、でも、アラメリゼはいつも召使いにやらせてることばっかりだから、別に大して面白い訳じゃなかった。
それよりも、アラメリゼがイマイチな反応を返すたびに、空元気になるフィーと、怯える白うさぎが面白くて、にやけちゃいそうになっていた。
……だけど。
「ねえ、二人とも」
だけど、それももう――おしまい。
「アラメリゼ、そろそろお腹が空いてきちゃったみたい」




