第7話 ぞくっ
足元に置いてあったトランクの中から白うさぎがあるものを取り出す。
そしてフィーに手渡したのは……手袋。
深い青色の手袋には星空の模様があしらわれていて、照明を反射してほんのりと輝いてる。
「これは、魔法の手袋です!」
魔法の、手袋? だけど見た目は変哲もない、普通の手袋にしか見えないけど?
「これで、女の子を触ってみると……」
そしてフィーが浮き浮きとして、地面にぺたんと座って困惑する女の子のお腹を手袋で、ぺたんと触った。
すると。
女の子の着ていた青色の服が、引っ張られて伸びる。
だけど。ただ、伸びるだけじゃなくて……。
「びよ~んっ!」
と、フィーが浮き浮きとしながら引っ張れば、女の子の服は、不思議なぐらいに、伸びていく。普通だったら考えられないぐらいの長さまで。
「えっ、私の、か、体が、伸びて、な、なんで……??」
伸びているのは服だけじゃない。服の隙間から覗く女の子の、肌色のお腹も同じく……伸びていた。やわらかく、とろけてしまう様に。
そう、それはまるで。
「粘土みたい」
「その通り! 魔法でこの女の子は、粘土になっちゃいました!」
ぽつりと呟くと当たりだったみたいで、フィーが青の瞳をキラキラと輝かせて元気にそう言った。
「ふうん……粘土、ね」
つまり、粘土化魔法。言われてみれば確かに、聞いたことも見たことも無い。中々珍しい魔法じゃないかしら?
「ね、粘土? 私が? これ夢見てるんだよね?」
お腹が伸びちゃった女の子が、きょとんとして、だけど体を震わせながら、フィーを見る。
「夢じゃないよ? えへへ、今からあなたは、とっても素敵に変身するんだ!」
だけどフィーはそんなことお構いなしに手袋で、女の子の体を揉み始めた。やわらかくなった粘土の体はフィーの手に揉まれて、すぐにあっちこっち互いにくっついていく。
「きゃっ! くすぐったい!」
「気持ちいいかな? ふわふわしてて、楽しそう!」
「やだ、体が、くっついちゃうよ、やだ……!!」
だけど、フィーが手を止めることはない。
女の子はどんどんと丸められて洋服と一緒に混ざって、一つの大きな粘土になっていく。
もう、絶対に、戻れないぐらいに。
「む、むぎゅ、戻して、戻して、誰か……!」
やわらかい粘土なんだから、体の痛みなんて無い。
むしろ、くすぐったくて、ふわふわしているはずだ。
だけど、いきなり粘土に変えられてこねられてる女の子の、そんな悲しそうな声が聞こえてきて――それで、アラメリゼは……。
……ぞくっ。
「くすっ、くくくくっ!」
たまらない。ぞくぞくする! にやけちゃいそうになるのをこらえるので精一杯だ。
だって、おかしいんだもん。笑っちゃうぐらいに。
もう粘土なのに! 粘土になっちゃって、もう戻れないのに!
なのに、助けてって言ってるのが、とっても、とってもおかしい……!
「大きな粘土にまとめたら、今度は形を作っていきますね! シロップ、お願い!」
という掛け声と共に、白うさぎが足元に車の付いた大きな台を押してステージの真ん中に配置した。黒く塗られた台には、大きな『?』マークがあしらわれている。
「よいしょ……っと!」
そしてフィーは丸い丸い大きな粘土になっちゃった女の子をその台の上に乗せた。
そして、再びそれをこねて今度は、何かの形を作っていく。
「あつくて、く、くすぐったくて、とろとろ、し、しちゃうよっ……!!」
こねられて、混ざっちゃうのを見ているだけで、聞いてるだけで、アラメリゼも心が躍る!
誰かが物に変えられて、嫌がる声、助けてって言ってるのを聴くのってたまらない!
みんなどうして、この楽しみを分かってくれないんだろう?
この世界の人はどうして、変化することをもっと嫌がってくれないんだろう?
ああ、だから、『どこか』の人間は、ちゃんと嫌がってくれるから、おもちゃにぴったりなんだ!
白うさぎの方を見る。すると、やっぱり! 白うさぎは悲しそうな顔をして、そんなフィーと粘土をまっすぐ見れないみたいで、かたかたと脚を震わせてて、すっごく嫌がってて、怖がってて……!!
たまらない、たまらない、たまらない、アラメリゼも早く白うさぎをお菓子に変えちゃいたい!
白うさぎが泣いてるところを、悲しんでるところを見たい!!
もう我慢できない。今度こそアラメリゼは白うさぎにステッキを向けようとしたところで……。
「できた~!!!」
そんなフィーの大声がフロア中に響き渡って。
な、何!? 驚いた拍子にステッキをまた、背後にさっと隠してしまった。
「……いいタイミングだったのに」
「? どうしました?」
「いえ、何でもないわ」
いけない。思わずぽつりと呟いちゃってた。
……まあ、良いわ。そう早まらなくても、もっと意地悪してから、白うさぎとフィーをお菓子にしちゃえばいい。
折角のお菓子は材料が一番おいしくなった時に食べてあげなきゃ。
「で、何かしら、それ?」
フィーが作ったのはただの、四角い粘土のブロック。そう、真ん丸だった粘土を、立方体の様にまとめただけのものだった。
「えへへ、これは何でしょう?」
「……アラメリゼを馬鹿にしてるのかしら?」
「いえいえ、そんなつもりはありませんよっ!」
するとフィーは勿体ぶって、後ろに手を回して首をかしげて笑った。ちらっと覗く八重歯。
……自分の置かれた立場をここまで分かってないってなると、怒るよりも先に可笑しくなる。だからアラメリゼは、余興で付き合ってあげることにした。
四角くて、大きい物。
そうね、強いて言うなら――。
と、想像するとすぐに。
「?!」
粘土にかざしていた、それまで、なんの変哲もなかったフィーの手袋がきらっと輝いて……。
次の瞬間には、大きな粘土はその姿を変えていた。