第18話 おやすみの前に
「あの……」
と、わたしの背後から、幽かな声がする。
ロコちゃんの声だ。
「……ぴいっ……ぴるっ……」
そして、ロコちゃんの右肩の辺りに浮かんでいるのは、カーバンクルのルカちゃん。
眠くなっちゃったのか、うつらうつらとして、二本のしっぽが垂れちゃっているけれど……。
「あの、えっと……」
その一方でロコちゃんは緊張しているみたいで、一体、どうしたんだろう……?
「フィーちゃんは、元気ですか?」
……なるほど。どうやらロコちゃんは、フィーの近況をもっと知りたいみたいだ。しばらく離れていたらしいから、やっぱり心配なことも多いんだろうな。
ロコちゃんが尋ねたいことが分かって、ようやく肩の力がすっと抜けた。
「はい、いつも元気ですよ。病気になったり、具合が悪くなったりもしてません」
それどころか、殆どいつもあのテンションで。それはもう、うんざりするぐらいに、元気です……。
「そうですか」
ロコちゃんが口元に手を当てて、くすっと笑う。
「良かった。変わっていないんですね、フィーちゃん」
ほっとしているロコちゃんの口調は懐かしそうで、優しさに溢れていて。
本当に仲良しなんだ……って、ほんの少しだけ、二人の関係が羨ましくなる。
「フィーちゃん、前よりももっと、もっと魔法が上手くなっていて……びっくりしちゃいました。あんなにおいしいチョコレートが作れるなんて……!」
……チョコレート。
同じ魔法使いだから、やっぱり見ていて分かるんだ。
フィーを褒めるその口調はどこまでも純粋で。
いくら、フィーよりも普通には見えたって、良い子に見えたって……やっぱり、ロコちゃんも……エゼル団長もみんな、みんな、この魔法の世界の人なんだ……って、思い直す。
……わたしは、ロコちゃんのそばに浮かぶルカちゃんに視線を移す。寝ちゃっているんだろうか、目を閉じてこっくりこっくりしていた。
そうだ、ルカちゃんだって、こっちの世界の存在になっちゃったんだ。
たった半日も前までは、普通の人間の女の子だったはずなのに。フィーに呼び出されたばっかりに、カーバンクルに変えられて。それだけじゃなくて、ロコちゃんの『心の魔法』で心までカーバンクルに、動物に変えられて……。
「ぴゅいっ?」
と、そこで。ルカちゃんがぱちっと目を覚まして、不思議そうにロコちゃんの顔を覗き込む。
「ううん。何でもないよ、ルカちゃん」
ロコちゃんが目を細めて、ルカちゃんの背中をゆっくりと撫でてあげる。
「きゅうう……」
『ねむいよ、ロコ……』
すると、いきなりルカちゃんの声が聞こえてきた。さっきロコちゃんが分けてくれた、動物やものの声が聞こえる、『おはなし魔法』の力がまだ、残っていたのかな……?
気持ち良さそうなルカちゃんはやっぱり眠いらしくて、くすぐったそうなかすかな声を出す。
そして、くあああ……と、大きくあくびをした。
「もうこんな時間だから……そろそろ、ベッドに行こう……!」
ロコちゃんが優しく笑って、ルカちゃんにそう話し掛ける。
『うん、そうする! ねえねえ、ルカ、ロコと一緒のベッドが良い……!』
「うん……! それじゃあ、そうしようね!」
『やった! ロコ、大好きっ!』
ルカちゃんがロコちゃんのほっぺたを、ぺろっとなめる。
「くすぐったいですよ、ルカちゃん……!」
ロコちゃんはルカちゃんを、そっと抱きしめてあげた。
「でも、ごめんなさい、ルカちゃん。ちょっと先に、寝室で待っててくれるかな……?」
『わかった! はやくきて、いっしょにねようね、ロコ!』
そしてルカちゃんはすたっと地面に降りると、そのままテントの奥へと向かっていった。
「「……」」
そして、静かな時間がやってくる。
……どうやら、ロコちゃんは、何か伝えたいことが有るみたいだけど……それが何なのかは、さっぱり分からなかった。
ルカちゃんの二本の大きなカーバンクルのしっぽが遠ざかって、テントの闇の中に消えていく。
……。
人間を魔法で身も心も動物に変えちゃうなんて……ひどい、ひどすぎることだ。
だけど……ステージの上で、そして夜空の下で踊るルカちゃんを思い出す。
ルカちゃんは、ルカちゃんは……とっても、楽しそうだった。心の底から、楽しんでいる様に見えた。カーバンクルになれて、本当に嬉しそうだった。
そんなの、おかしいはずなのに、否定できない、もしかしたら、カーバンクルになれて、良かったのかな……? って、考えちゃって、怖くなってくる。
……違う! 本心からそう思って見えても、それはきっと、絶対、心の魔法に操られてるだけなんだ! ルカちゃんは、本当はカーバンクルになって良かったなんて、思ってないはずなのに……!
心の、魔法……。人間の心を、動物に、ものに、好き勝手に変えることができる魔法。
フィーの使う変化魔法よりも、ずっとずっと怖い……!!
「大丈夫ですよ」
と、そこで、ロコちゃんがそっと口を開く。
「……?」
その言葉に、すぐに反応できない。
? どういう意味だろう……?
「大丈夫です、あなたには……」
そしてルカちゃんはまっすぐこっちを向いて。
「あなたには絶対に、こころの魔法を使いません」
はっきりとそう告げた。
「――!」