第13話 ロコのステージ
――この、アニマルサーカスの動物たちはみんな、本当は人間だったんだ。
それなのに『心の魔法』を掛けられて、姿だけじゃなくて心まで無理矢理動物に変えられちゃったんだ、だから本当はやりたくなんかないサーカスのステージを楽しんでいるように見えるんだ……。
――と、ずっと思っていた。
だけど。
エゼル団長と一緒にステージに上がる動物たちはみんな、本当に心からサーカスを楽しんでいるみたいで……。
……混乱する。
『心の魔法を使って仲良しになっても、その後でちゃんと相手のことを考えてないと、嫌われちゃうのは同じ』『楽しいって、このサーカスの団員で良かったって、本当の気持ちで思ってくれるように、もっと頑張らなきゃ――』
そんなロコちゃんの言葉を思い出す。それで余計に、分からなくなる。
楽しいって気持ちは、心の魔法で思わされているんじゃなくて、動物たちが本当に思っていること……? でも、その動物たちは元は人間で、心の魔法で心も動物にされちゃってるだけで……。でも、楽しい、悲しい、っていう気持ちは……動物になった心でも変わらない?
だから、嬉しそうな動物たちの気持ちは、心は、やっぱり本物……?
???
……一つ、はっきりしたことがある。
やっぱり、このサーカスの動物たちはみんな、昔は人間だったこと。多分、きっと、この世界に連れて来られて、無理矢理動物に変えられた上に、心の魔法まで掛けられたんだ……。
……。そして、もう一つ。
なのに気付けば、夢中になりかけている。拍手を送ろうとしている。失敗しそうになると、ヒヤッとなって、頑張って!って心の中で応援しちゃっている。そんな自分がいる。
どうしてだろう、だって、こんなサーカスが楽しいなんて、こんなのおかしいのに、変なのに。変。変だよね、こんなの……。だって始まる前、ほんの数時間前までは、見たくなんてなかったはずなのに、嫌だったはずなのに……!
それは、きっと……フィーのマジックショーとは違って、人間を変えるショーじゃないから? きっとそうだ、って思っても、心の中はもやもやし続けていて……。
「――さて、夜も更けて、いよいよ最後の一演目を残すのみとなりました。この度アニマルサーカスのフィナーレを飾るのは――」
暗がりの中で輝くカードの声に、意識が引き戻される。あれ、今の声って……。
パチッ。
スポットライトが灯る。
ステージの真ん中に立っていたのは。
ロコちゃん。
初めて、ステージの上でロコちゃんを見る。
淡い青色の髪を、さっきまでは長い三つ編みにしていたけれど。
今は全てほどいていて。かすかな風に、髪の先が揺れている。
服は、さっきの水色のオーバーオールから着替えていた。
黒と白の模様を基調にした、動きやすそうなパーティードレス。スカートも、白と黒のチェックの柄。
胸元の赤いリボンが、良いアクセントになっている。両手には、深い紺色の長めの手袋。
「……」
客席をまっすぐに見つめるロコちゃんの表情からは、緊張が伝わってくる。
「……ロコちゃん」
隣の席のフィーが、体を前に乗り出して。
「がんばれ、ロコちゃん……!」
ぽつりと呟いた。
わたしも息をのんで、ステージに再び注目する。
「……」
ロコちゃんは、ふうっと、小さく息をつくと。
右手で空中に、何かを放る様な仕草をした。
次の瞬間、ロコちゃんの頭上には握りこぶしぐらいの大きさの、白色のボールが現れて。
とすん、とまっすぐロコちゃんの左手に落ちてきた。
「……」
一呼吸置いて、ロコちゃんが左手のボールを投げる。
するとボールは頂点に来て、たった今から落下しようとするところで、空中で同じ大きさのもの二つに分裂する。そして二つとも、右手にしっかりと落ちてきた。
ロコちゃんはまたボールを放る。
二つ投げれば三つ、三つ投げれば四つ。ボールは結局、五つまで増えた。
「……」
そしてロコちゃんは、今度はその五つを順番に、空中に高く放って。それから落ちて来たのを手に取って、また投げる。
確か、ジャグリングって言うんだっけ、こういうの……。
「……」
そのままロコちゃんは淡々とそれを続けていく。手付きは正確で、ボールは狙ったところにちゃんと落ちてくる。だけど、特に変化は見られない、同じ動き。
……こんな風に思ったら、悪いって、分かってる。
だけど……エゼル団長や動物達の演目と比べると、今ひとつ、目立たないかも、しれない……。
「あっ……!」
フィーの小さな声。
ロコちゃんが初めて手元を滑らせて、ボールの一つが、大きく後ろに逸れて……。
会場全体が、どよめきに包まれる。
だけどそれは、ボールを落としてしまったからじゃない。
「きゅいっ!」
いつの間にかロコちゃんの後方の空中に現れた、緑色のカーバンクル――ルカちゃんが、後ろに逸れたボールをしっかりとキャッチしていたからだ。
「あの動物は……」「もしかして、カーバンクル?」「本当に居たんだ……!」「凄い! 私初めて見る!」「かわいい~!」
客席からはそんな声が聞こえてくる。やっぱり、この世界でもカーバンクルはとても珍しい動物らしくて、一気にお客さんの視線が集中する。
「ありがとう」
一旦ボールを全て受け止めたロコちゃんが、ふわふわと空に舞うロコちゃんの頭を撫でてあげる。
そして。
『それじゃあ――』
ロコちゃんが囁く。
『――はじめるよ』
ルカちゃんが元気に返事をして、右手を挙げた。
「ぴっ!」
それを見て、ロコちゃんはこくりと、一回頷く。
その表情は、決心と自信に満ち溢れていて。
再びボールを空中に放り投げる。
そしてロコちゃんが、そっと口を開いた。
どよめきが引いていく。
空気が、変わる。