第12話 エゼルのステージ
「きゃああっ!」
という悲鳴と共に、アニマルサーカスのテントの中が一瞬で騒然とする。
!! 見れば、舞台の袖からいきなり白いライオンが駆けてきて、エゼル団長に飛びかかって……!
「あ、危ないっ!!!」
思わず叫んだ。
「よしっ!」
だけど、ライオンとの距離がすんでのところに迫った瞬間。
エゼル団長はしゃがんで動物の様に四足の姿勢になると、足で地面を思いっきり蹴って。
二メートル以上は高く飛んで、そのまま白いライオンの背後へと着地した!
「グルルルル……」
エゼル団長を見失ったライオンは、獲物を諦めるつもりなんて全然ないらしく、低く唸って。姿勢を屈めて辺りをきょろきょろと見回してから。
「ガウウッ!」
今度は舞台の端っこに逃げていたペガサスに向かって駆け寄って、前足を振り上げて……!
「がるっ!」
ぱふっ。
けれど、響いたのはそんな気の抜けた、平和な音。
「……え?」
白いライオンとペガサスが、それぞれの右の前足でハイタッチをして。それから。
「がるるる……!」
ゴロゴロと白いライオンが上機嫌に喉を鳴らして、ぺろぺろとペガサスの顔を優しくなめ始めたのだった。
「ブルルッ!」
迷惑そうなのは、むしろペガサスの方。くすぐったいから止めろと言わんばかりに体をよじって舞台袖に引っ込んでしまう。あ、もしかして、あの白いライオンって、さっき舞台裏で見かけた……。
「この子はホワイトライオンのレオル。こう見えて、本当はとっても甘えんぼうで……」
エゼル団長がそう解説していると。
「がうっ!」
白いライオン――レオル君が今度は、ぺろっとエゼル団長のほっぺたをなめた。
「あはは、くすぐったいって、レオル」
けれどレオル君は、決してなめるのを止めないで、まるで猫みたいに団長さんの顔をぺろぺろぺろぺろ……。微笑ましいそんな光景に、ようやく安心したお客さんから笑い声が漏れる。
「ありがとう。私もレオルのこと、大好きだよ」
と言って、エゼル団長もレオル君のほっぺたにキスを返す。
「それでは、最初の演目は――」
ぱちん! とエゼル団長が指を鳴らす。すると、ステージの上に大きな輪っかが、間隔を取って何本も現れた。そして、その一つ一つの輪っかには……。
「――火の輪潜りです!」
そう、炎が燃え盛っている……凄い勢いで。客席まで熱されている様に錯覚するぐらいに。も、もっと、弱い炎でも、良いんじゃないかな……?
「レオル、調子は大丈夫?」
「うぉん!」
レオル君は元気に答えるけれど。見たところ輪っかは二メールぐらいに設置されているし、輪っか自体もレオル君が通るには狭そうに見えるし……。
こ、これ、本当に大丈夫なの? いや、これがテレビの映像だったり、それか、わたしが来た元の世界のサーカスだったら……多分、安心して見れるはず、だけど……。
でも、この世界のフィーのショーを散々見てきたから、普通じゃ有り得ないことだって起こるかもしれない。最後まで見ていられる自信が更に無くなった。
なのに、なのに、目が離せなくなってる。
「じゃあ行こう、レオル!」
エゼル団長はあっさりとレオル君の背中に乗って。レオル君の方も楽しそうに走り出して。
そのまま高らかにジャンプして、あっという間に火の輪をするっと潜り抜けた。
わああ……! と、ダイナミックなジャンプに、テントは歓声に包まれる。
「ガルルルッ!」
「よしよし、これじゃ物足りないよね!」
エゼル団長がもう一回指を鳴らす。すると今度は、火の輪の位置が更に高くなる。
「それっ!」
「ガオッ!」
だけど、エゼル団長を乗せたレオル君は軽々と潜り抜けて。そのまま、どんどんと火の輪は高くなっていって……最後には、三メートルを軽々越すぐらいになった。
「これがラスト!」
掛け声と一緒にレオル君が飛び跳ねる。
難なく火の輪を潜り抜ける。
だけど、今回はそれだけで終わらなかった。
潜った瞬間にエゼル団長がレオル君の背中に立ち上がって、ジャンプして――。
「?!!!」
着地した。……細い火の輪の『上』に……??? しかも、左足だけで。
それからすぐにエゼル団長はゆらりと火の輪の上からまた飛んで、くるっと回転しながら落下して。
今度は、目を閉じる暇も無かった。
エゼル団長は、ステージの上で待っていてくれたレオル君の隣に、ふわりと着地して。
そして互いに頷き合って。
「「がおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
手と前足を繋いで、楽しそうに一緒に吠えた。
パチッ。
そしてまた、明かりが消えて、テントの中が暗くなる。
ようやく余裕ができて、緊張の糸が切れて、背もたれに寄りかかった。肩の力が抜ける。
「……」
……声が、出ない。思っていた以上に、ずっと、ずっと、す、凄かった……。
まだ一演目だけなのに、何時間にも感じるほど濃密な時間。
左隣に座っているフィーも、ふーっと息をついていて。ほっと、胸をなで下ろしていた。
「レオル君の火の輪潜り、ありがとうございました! 次の演目まで、ほんの少しの間お待ち下さい!」
ふと、どこからか聞こえてくるのは、ロコちゃんの声。
「あっ!」
見れば手元のカードに、ミントの葉っぱをイメージした文様が浮かび上がっていて、声はそこから出ていた。カードをスピーカーの様にする魔法が掛かっているのかな。
「大迫力だったね!」
フィーがこそっと話し掛けてくる。
「そうですね、ひやっとしちゃいました……」
本当に思ってることをフィーに言うのは、初めてかもしれない。
胸に手を当てれば、まだ鼓動が早くなっている。これは、嘘じゃない。
「エゼル団長、凄いでしょう!」
フィーが純真に目を輝かせながら、興奮気味に話す。
「魔法を使っても、あんなに動けるのは難しいのに、憧れちゃうよね……!」
「……えっ?」
さらっと流されそうになった言葉に衝撃を受ける。つまり、その言い方だと……。
「え、エゼル団長は、魔法を使ってないのですか……?」
「うん! 力を使う仕事はエゼル団長が、魔法はロコちゃんが担当しているんだって……!」
ひそひそ声のフィーの返事。
「で、でも……火の上に立ったり、高い所から飛んだりしてましたけど……」
「それはね、エゼル団長のご先祖様に、火の精霊と風の精霊が居るから大丈夫なんだって! すごいね……!」
い、いや、それでも、まだ、信じられないんだけど……。それに、よくよく思い出してみればエゼル団長はマイクを使ってもいなかった。つまり、自分の力だけであんなに大きく吠えていたってことになる……。
「それでは、次の演目です!」
頭の中が整理できない内に、手元のカードからロコちゃんの声がする。
「次は何が起こるのかな。楽しみ!」
フィーが笑って、またステージにスポットライトが当たる。
それから、どどどどどどどっ、と、地の底が揺れる様な音がどこからか……。
いや、実際に客席が、テント全体が小刻みに揺れている。
そして、ステージの上に、大量の水がなだれ込んでくる!
「「「きゃあああ!」」」
慌てて逃げようとするお客さん達。
だけど、その水は決して観客席に流れ込まないで、ぴったりとステージの上だけに留まった。まるで、ステージだけが、ガラスで仕切られた水槽になった様に……。それを見てお客さんも落ち着いて、また自分の席へと戻っていく。
そして大体一メートル半ぐらいの高さまで水が溜まってきたところで。
すいーっとエゼル団長と、一匹の動物――アシカが、奥の方からならんで泳いできて。
ざぱんと水から上がって、用意されていた、水に浮かぶ島の様な物に立った。
だけど、エゼル団長の服は濡れてない――これはきっと、舞台裏かどこかでロコちゃんが魔法を使ってサポートをしているんだろう。
でも、さっきと同じパーティードレスのままなのに、アシカと同じスピードですいすい泳げるなんて……エゼル団長はやっぱり、とんでもない体力の持ち主だ。
「皆様、お待たせしました! 次の演目はこちら、アシカのアクアちゃんと一緒に――」
――アニマルサーカスには想像していたよりも沢山の動物達が登場して、それぞれの演目を披露していた。
ペガサスやホワイトライオンやアシカ以外にも、象やキリンやシロクマの様な大きな動物や、白鳥や猫や犬。
それから、入り口に立っていたドラゴンのドラン君も大きな体で綱渡りをしていた。
……。…………。
………………。
……団長さんと一緒に色々なことに挑戦する動物たちは、本当に楽しそうで。
昔は人間だったことを忘れて、本当に、心も動物になっちゃっているみたいで……。
だけど。元気に動いているその表情からは……嘘、偽りの様な気配も、全くしなくて。
それどころか、魔法を使われてるっていう感じも、しなかった。
どうして、どうしてなんだろう……?
……。