第11話 サーカス開幕!
アニマルサーカスのテントが設置してある、街中の公園に戻った頃にはもう、太陽が半分地平線に沈んでいて。長い行列が、テントへと続いていた。
もしかして、千人ぐらい、いるのかな? 人間の団員がロコちゃんとエゼル団長の二人だけだと考えると、この人数はきっと、かなり凄いことなんだろう。
一番後ろに並んで待っていると、わくわくした様子のフィーが三角帽子をくいっと上げてこっちを見る。
「楽しみだね!」
「そうですね……」
……嘘。本当は、楽しみじゃない。
そもそも、サーカスって何をするところなんだろう。人や動物が色んなパフォーマンスをするってことだけ知ってるんだけど、今まで一度も行ったことが無い。
この世界で初めて経験するよりも、元の世界で一回ぐらいは、試しに行っておけば良かったかな……。
だから、待っている間、ずっと怖かった。何が起こるのか、想像もつかなかったから。
人間を魔法で無理矢理変身させるだけの、フィーのマジックショーのみたいな感じだったら、嫌だ。そんなの客席から見たくなんかない……。
「ガルッ」
なんて考えていると、上の方から声がして。とっさに顔を上げると。
「きゃ、きゃああああっ!」
ど、ドラゴン! 背中に翼の生えた、身長が三メートルは有る、緑色のドラゴンがテントの入り口に立っていた。お、襲われる、食べられちゃう……?!
「大丈夫、この子はドラン君だよ!」
だけどフィーは全く動じずに、その、駅員さんの様な帽子をかぶったドラゴン――ドラン君にチケットを手渡して。
「ガル」
ドラン君は、ぽん、と大きなスタンプをチケットに押して、一緒に一枚のカードを手渡した。
それからドラン君は、再びわたしを見る。
「えっ、あっ、はいっ!」
慌ててポケットからチケットを取り出して、ドラン君に手渡した。
「ガルルル……」
するとドラン君は満足そうにわたしのチケットにもスタンプを押してくれて。それからぺこっとお辞儀をした。
「あ、ありがとうございます」
鋭いかぎ爪に挟まれたチケットと、はがきぐらいの大きさの硬いカードをそっと受け取って、すぐに頭を下げる。一見すると表にも裏にも何にも書かれていない、真っ白なのカードだ。
「それじゃ、中に入ろうね! じゃあね!」
そしてフィーはドラン君に大きく手を振って。
「ガルッ!」
ドラン君も嬉しそうに手と太いしっぽを振り返してくれて、わたしもそれに答えた、
そして再び、フィーの後に続いてテントの中に入っていく。
暗い廊下を歩いて、その突き当りのドアを開ければ――。
「わ……」
思わず声が出る。
これは……凄い。広々とした丸いステージを囲む様に、観客席が配置されているテントの中は、外から見るよりもずっと、遥かに広かった。
一階の席と二階の席がそれぞれ、階段の様に高さが調整されていて。千人、いや、ひょっとしたらもっともっと沢山のお客さんが入れるぐらいで……。
あのテントの中にこんなに客席が入っているなんて。これも魔法なんだ……と、思いながら、フィーの後をついていく。
「あった、この席だよ!」
『Qー13・14番』。ステージから遠過ぎず近過ぎず、一階席の中段辺りの高さに有る、とても眺めの良さそうな席だった。
「えへへ、ふっかふか~!」
と、フィーがはしゃいで、白いクッションの置かれたひじ掛け椅子にぽふんと腰をかける。被っていたローブのフードを外せば、ピンク色の髪がふわっと広がった。
「やわらかい……」
本当だ、ふっかふかだ……。包み込まれてるみたいで、ちょっとだけ弾力が有って、良い気持ち。雲に座れたら、こんな感触がするのかな。
次々にテントに沢山のお客さんが入ってきて、客席が埋まっていく。私達よりも後に並んでいた人が沢山居たんだろう。きっと、すぐにテントの中は一杯になるはずだ。
ざわざわざわ――と、楽しそうな声があちこちから響いてる。みんな始まるのを待ちわびてる。
やわらかい背もたれに寄りかかっていると、ちょっとだけほっとする。
だけど、気分は、あんまり、落ち着いていなかった。
この空気……一緒だ。フィーのマジックショーが始まる前もきっと、こんな雰囲気なんだ。みんなちょっと緊張していて、だけどわくわくが抑えきれなくて……。
そっか、今日は、眺める側なんだ、わたし。いつもこんな感じで見られてるんだ……。
なんてことを考えていると。
「そろそろ始まるね、アニマルサーカス!」
「ね、楽しみだね! どんな動物が見られるのかな?」
「きっときっと、見たこともない珍しい動物ばっかりだよ!」
「いいなあ、わたしもロコちゃんみたいに、動物変化魔法を使えるようになりたいなあ……」
「ねえねえ、もしも使えるならどんな動物に変身させたいの?」
「そうだなあ、とっても大きな動物が良いな、背中にのって一緒に旅するの」
「かっこいい! 動物さんもきっと楽しんでくれそう!」
なんて、女の子同士の会話が後ろの方の席から聞こえてきて。
ぞわっと、背筋が凍る。お客さんたちは、知っている。サーカスの動物が人間だったことを……。
わたしがうさぎの獣人に変えられた時。お客さんたちは何を思っていたんだろう。うさぎになって、かわいそう? 悲しそう?
いや、そうじゃなくて……。
『嬉しそう』? 『楽しそう』……?
ビーッ!
「!」
突然、ブザーが鳴って。
明かりが全て消えて、テントの中は水を打った様に静かになる。
始まる。
自然とステージに注目していると……。
バサッ!
後ろ? 今、後ろから、大きな音が……。
「あっ! 見て見て!」
暗がりの中、フィーに肩をポンと叩かれる。その視線の先、二階席の壁際の方で何かが強く輝いている。
あれは……ペガサス?
背中に翼の生えた、真っ白な凛々しい馬。そうだ、ペガサスで間違いない!
瞬きをする暇もなく、そのペガサスが地面を蹴る。すると、大きな体がふわっと浮き上がって、そのままバサリバサリと羽ばたいて、客席を軽々飛び越えてステージへと降りていく。
きれいなオレンジ色のたてがみが、風に舞っている。
そして、その背中に乗っているのは――。
エゼル団長。
「――」
軽やかにステージの上にペガサスが着地する。
その背中からエゼル団長がさっそうと飛び降りて、客席に一礼をした。
パチっと、小さなスポットライトが灯される。
「――皆様、本日はアニマルサーカスにお越しいただき、ありがとうございます――」
大人の魅力に溢れている、艶やかで落ち着いた声で語るエゼル団長。すらっとした立ち姿に、きりっとした表情。
赤を基調としたパーティードレスは、さっき控室で見たものと同じはずなのに。
暗い客席から見ると、かえって鮮やかにきらめいている。
「この子はペガサスのフォレス。そして私は、当サーカスの団長を務めさせて頂く、エゼルと申します」
エゼル団長が目を細めてペガサスのたてがみを撫でてあげる。その優雅な姿に目を離せないでいると――。
一瞬だけ目が合った団長が、パチッとウインクをしてくれた。
「『アニマル』の名を冠する通り、当サーカスの主役はこの動物たち。生命の息吹満ち溢れる躍動感に満ちた――。――」
と、そこで不意にエゼル団長は言葉を切って。
「――なんて固っくるしい説明をするよりも、早く始めちゃいましょう!」
にやっと不敵に笑って、上を向いて、大きく口を開けて……。大きな犬歯が見えたかと思ったら。
「がおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
!
エゼル団長が、吠えた?! 咆哮がびりびりとテントを揺らす。エゼル団長の表情も生き生きとしていて、ワイルド。
「きゃああっ!」
!?
突然テントの中に、つんざく様な悲鳴が響き渡る。