祭の最中(ルー視点)5
何してんだ?!
俺はらしくなく動揺して、屋根から飛び降りると驚いている周りの人間をそのままに、人垣の中へ分け入った。
足首まである淡い紫のドレスに、腰まである長いヴェールで髪を隠して、ミヤコが異世界の歌を歌っていた。
お腹に手を当て、喧騒に負けないように声を出しているが、なかなかに歌が上手い。
Γ美人だ…」
と、うっとりと言ったのは隣の男だ。さりげなく足を踏んでおく。
この人垣、大半が男だった。歌もいいが、ミヤコの見た目に惹かれて集まったようだ。
ランプの灯りに照らされて、綺麗な女が綺麗な声で、聴いたことの無い歌を歌っている。
それは魅力的だろう。
一番前まで来ると、俺は腕を組んでミヤコの歌に聴き入った。
ミヤコが俺に気づいて、僅かに声を詰まらせた。だが、すぐに平静を装って歌う。
どの曲も歌詞は勿論わからないが、全体に壮大な 感じで、テンポの早めの曲が多い。
ミヤコも初めは固い表情をしていたが、次第にノッテきたみたいで、最後は観客と手拍子をしながら歌う始末だ。
なんとなくムカつく。ニコニコと楽しそうに笑うその顔を他人に見せていることに。
俺は自分が狭量な心の男だと自覚しているから、それが嫉妬だとは分かっている。
歌い終わると、ミヤコは優雅にドレスの裾を持ち一礼をした。拍手の中、足元の袋にお金が次々と投げこまれていった。
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Γはあ、緊張したー。」
Γ………………いろいろ聞きたいことがあるが……」
Γルーは、何してたの?」
歌い切った爽快な表情でミヤコが俺を覗きこんだ。
Γそれはこっちのセリフだ。お前こそ…」
ミヤコが金が詰まった袋を二つ、重そうに持っている。
Γ少しは私も働いてお金を稼ごうかと思って…」
気まずそうにミヤコが言う。
Γ変に気を使うな。」
ミヤコに菓子の袋を渡し、代わりに両手に袋を持った。
Γわあ、何?いい匂い!」
菓子の袋に鼻を近づけて、期待に目をキラキラさせている。
Γ戻ったら……って、重いな」
にっこりと良い笑顔のミヤコに、つられて笑いそうになる。
Γそういえば、あの歌はどういう歌なんだ?歌詞がわからなくても、なかなか面白い曲だったな。」
Γあー、全部アニソンなの。」
Γあに、そ?」
Γな、なんでもないよお。いいじゃないの別に。」
よくわからないので、一旦袋を下ろして、てっとり早くミヤコの手を握ろうとしたら、
Γひゃああ!勘弁して下さい!」
おかしな悲鳴を上げて逃げようとした。
Γ何で嫌がる?」
Γわ、私の趣味嗜好が知られ…まずい、絶対教えない!」
Γ………ふうん」
シュルッ
Γあっ…」
ミヤコのヴェールを引っ張って取ると、ふわりと黒髪が揺れた。周りの人間達が目を丸くする。
Γああ!魔法使いだ!」
Γママ、魔法使いがいるよ!」
ミヤコが髪を手で押さえて、黒髪に戻した俺を驚いて見上げた。
Γ魔法使いの夫婦だ!」
Γああ、昨日の…!」
ざわざわと、また人垣に囲まれ始めて、いたたまれない表情のミヤコに手を差し出した。
Γ帰りたいだろ?ほら、俺が直ぐに帰してやるから来い。」
あにそん、というものが何なのか、ミヤコの手を握ってみたらわかるはずだ。
Γううー」
恨めしそうにミヤコが俺を見て、ためらいがちに俺の手を握ってきた。
『ブッセツマーカーハンニャー……』
Γまたか、なんだこれは?」
ミヤコは意識すれば、俺に心を読ませないようにできる。
諦めてミヤコを抱き上げ、彼女の腹の上に袋を乗っける。
Γうっ、おもっ…、あれ?この袋は、ルーの分?」
Γほんと、お前は…いつも俺の予想を越える」
キョトンとした顔で俺を見上げたが、苦い顔の俺を見てぷっ、と吹き出した。
Γそれは…ふふっ、誉め言葉かな?」
ミヤコの腕が、そっと俺の首にまわり体を預けてくる。
Γお前には、勝てる気がしない。」
クスクスと笑うミヤコの声が心地いいので、俺は潔く負けを認めた。