祭り初め2
Γやっぱり手、放してよお」
気持ちが筒抜けなのは、普段は本当に勘弁して欲しい。恥ずかしいどころじゃない。
私は涙目になって、手をふりほどこうともがいた。
Γ嫌だね。お前、痴漢にあったり迷子になる方がいいのか?」
Γう…」
その場合、結局ルーの助けがいる。
しっかり握り直されて、私は仕方なくうろ覚えの般若心経を心で唱えることにした。
Γなんだ、不思議な言葉だな?」
日が暮れてきた。ルーは目的があるのか、私をメインストリートの中央辺りへと引っ張っていく。
Γルー、このお祭りは何を祝って開催してるの?」
Γああ、祭神であるシノールが世界を創世した記念日だ。」
Γは、はい??」
Γシノールは、5000年ほど前にいた伝説の最高の魔法使い。世界を創った神だと崇められている。俺も初めて来たが、有名な祭だ。」
Γほわあ…」
スケールが大きすぎて、変な声しか出ない。それにしても、魔法使いが神?
所変わればなんとやら。虐げられたり、崇められたり…根本は特殊な人への畏怖なのだろうけれど。
ルーがぴたりと歩みを止めた。
Γそうか…神か」
ふっ、と鼻で笑い、ルーが私を振り返った。
Γ最高の魔法使いが神だというなら、今の時代の神は俺か。ミヤコ、神に気に入られた気分はどうだ?」
ポコッ、とルーの背中を叩いた。
Γ調子のり過ぎ!神っていうより、俺様魔王だよ。」
Γ俺に反撃してくるのは、お前ぐらいだ。」
痛くも痒くもなさそうに、ルーは掴んだ私の手に唇をつけた。
Γあ…」
Γ他の奴等の思念はうるさいばかりだが、お前の思念は面白いな。」
ルーの言葉に気づく。
彼は周りの思念を寄せ付けないよう、私の手を握ったんだ。私の思念は、うるさいかもしれないけれど、ルーには心地いいのかな?
だって、私はルーに好意を抱いているのだから。
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ニッサの祭は、3日かけて行われるらしい。今日は初日。祭神シノールの遺骸を柩ごと巨大な山車に乗せて、設えられた仮所に安置するためにメインストリートを練り歩く。
5000年前って、遺骸はどうなってるんだろう。
ルーは、俺ならそんな晒しものみたいな屈辱受けたくない、って言ってたなあ。
着飾った祭衣装の人達の中で、浮いた気分で思う。
私は中央辺りのメインストリートの脇、見学者席の最前列に立って、山車が来るのを待っている。
何か細工をしたのか、私を絶対取れないだろう最前列に連れて来て、ルーは姿を消してしまった。
ちょっと待ってろなんて、どこへ行くか教えてくれてもいいのに。
ルーがいなくなると、途端に心細くなる。
だめだなあ、こんなに依存してしまっている。
私は彼と過ごすようになってから、以前にも増して更に彼に恋してしまった。
強引で尊大な態度ばかり取るルーが、時折見せる優しさや寂しさのようなものが、愛おしい。
深い闇を抱えながらも、それを少しずつ消化して生きている強さ。
私に差し伸べる手の暖かさ。ふとした拍子に覗かせる少年のような幼さや脆さ。
それら彼を構成する幾多の一面が、私にはとても綺麗で惹かれる。
もう彼と離れることなんて想像できない。
ずっと一緒にいたい。
Γずっと…?」
そこまで考えた時、ふいに歓声が上がった。周りの人たちが、山車が来たと言っている。身を乗り出すようにして、遠くを見ると何台もの山車が列をなしてやって来るのが見えた。
Γわあ、おっきい」
山車の前には、たくさんの馬がいて、それを引っ張っている。馬も上質の鞍をつけて牽いている太いロープも綺麗な飾りが巻かれてキラキラしている。
最初の山車からは、紙吹雪が舞い、それがストリート沿いに数えきれないほどに設置されたランプの灯りに反射して美しい。
次に一際大きい山車が続く。皆が祈りを捧げるような仕草をする。これが祭神の山車らしい。
笛や太鼓の厳かな曲が流れて、目の前を山車がゆっくりと通りすぎる。ルー、早く来ないから見逃したよ。
その山車の後ろ、この地を治める領主を乗せた山車が通る寸前だった。
道の真ん中に落ちた金色の紙吹雪を拾おうと、私の横から3才くらいの子供が飛び出した。
Γあっ!」
紙吹雪を拾う子供のすぐそばに、山車の幅の広い鉄の車輪が迫る。親らしき人の叫び声を聞く時には、私は体が動いていた。
考えるよりも早く子供を抱えた。車輪の軋む音があまりに近くて、咄嗟に子供を守るようにして車輪に背を向けた。
轢かれる!
ぎゅっと目を瞑った。怖さはなかった。
多分信じていたから。
まだまだ続きます