お前に敬意を12(ルー視点)
Γ……医療技術が遅れてる。体制も、知識も医者もいないなんて…」
ミヤコが拳を額に押し当てて唇を噛んだ。
先程診た老婆は、手遅れだった。話を聞き付けておぶって来た息子は、診ただけで何もしなかったミヤコを睨んで帰っていった。
Γさっきのは寿命だ。どうしようもない。」
Γ何か方法があったかもしれないのに…」
真夜中の頼りないランプの小さな灯りの中で、ミヤコは悔しさをにじませている。
もう何人診たかわからない。その内の僅かな人は、病が進み手遅れだった。
小さな子供には似つかわしくないほどに、真摯な眼差しで、ミヤコが一点を見つめて考えている。
Γルー。私の世界だったら、あの人たちは助かっていたかもしれない。あちらの世界では、ここよりかなり医療が発展しているの。」
Γかなり?」
Γおそらく…100、いえ200年ほどは違う。」
Γそんなにか。」
それほどならミヤコには、こちらの世界の当たり前も驚きだっただろう。
だが、その医療の遅れには心当たりがある。
Γルー、医療の遅れは魔法使いに頼っていたのも原因かな。」
Γそうだ。かつて人間が魔法使いの治癒の力に頼っていたツケが今回っている。」
ミヤコは俺を辛そうに見上げてから、何も言わず
再び治療を始めた。
家族に抱えられた女を診ていたミヤコが、弾かれたように顔を上げた。
Γレオ君!こっちにおいで。」
玄関先に座った母親が、眠っているレオを毛布にくるんで何とか抱っこしていた。
Γほえ?」
俺の魔法で浮かんだレオが、ミヤコの元へと運ばれる。
Γレオ君、起きて。お願いしたいことがあるの。」
レオの片手を、横になる女の腹へと持っていく。
Γレオ君、ここだけ膨らんでるの分かる?多分、悪い腫瘍だと思うの。」
Γう、うん」
Γこれを、レオ君の退行の魔法で消すことはできないかな?」
Γえ?」
戸惑うレオをじっと見て、ミヤコが励ます。
Γお願い」
Γこわいよ」
Γ大丈夫。レオ君なら、できる。」
腹に添えたレオの手にミヤコが手を重ねる。
Γお腹の中の悪いのが小さくなあれって、ね?」
Γレオ、あなた友達が欲しくて私達を同じくらいの歳の子供にしちゃったんでしょ?」
レオの母親が近寄って言う。
Γうん」
Γやっぱり。じゃあ、同じように願ってみたらいいよ。この人が元気になりますようにって。」
頷いて、レオが自分の手元に目を向けた。赤い瞳が魔法の発動を証明している。
顔色の悪かった女が、生気を帯びてきた。
Γ………できた。できたよ!」
Γおお、やったね。」
ミヤコが安堵の表情をした。
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夜明けが近い。次第に水色になる夜空を、俺は壁に凭れて見ていた。
Γあの子は、人間なんですね。」
Γそうだ。」
レオを部屋に寝かして、その母親が俺に近づいた。
Γ凄い人ですね。私、なんだか嬉しくて。」
Γ嬉しい?」
目を向けると、母親は最後の一人を診るミヤコを見つめている。
Γ人間でも、あれだけのことができる。その上、あの人のおかげでレオの笑顔を見れた。それが嬉しい。」
Γ……そうか」
Γ私は、レオを隠して暮らしてきました。あの子が自信がなかったのは、私のせいです。魔法使いであることに負い目を感じさせていたわ。今は後悔しています。彼女を見ていて気付きました。人間でも魔法使いでも関係ないんだって。もっと胸を張ってもいいんだって。」
俺はふと気付いた。魔法使いだろうが、人間だろうがミヤコは関係なく接していた。
俺を恐れず、畏怖せず、最初から対等に俺を見ていた。