旅立ち5
じゃがいものスープと小さなパン。
それがマリーの家の昼食だった。
Γ大したもの出せなくて、ごめんなさい。」
Γいただきます。」
丁寧に手を合わせていただく。彼女の家のご馳走だろうから、ゆっくり味わって食べる。
小さな居間の床に直接座った私の向かいには、マリーの弟が座って食べている。私の弟と変わらない歳のようだ。
興味津々で、こちらを見ている。
Γごめんなさいね。お客様が珍しいから。」
マリーが弟の頭を軽く撫でた。
Γマリーは、魔法使いの血を引いてるの?」
何の気なしに聞いたら、姉弟が同時に顔を強張らせた。
Γええっと、ごめん。嫌だった?髪や目が少し変わっているなと思って。」
Γ…もしかして、ミチルも?目の色が暗い色よね?」
曖昧に頷くと、二人はようやく安心したようだった。
Γごめんね、ミチル。お礼だって言って観光案内にかこつけて、本当はあなたを利用したの。ミチル強いから、守ってくれると思って…。今日は薬を取りに遠くに行くつもりだったの。昨日は、夜の内に取りに行こうとして、絡まれちゃったから。」
Γあ、それで。いいよ、気にしないで。」
何かあったら危なかった。昨日のは、私の力じゃないもんね。
Γでも、なんで血なんか狙われてたの?」
Γ知らないの?魔法使いの血は売れるの。飲めば長生きするとか、若返るとか言われてるし、特殊な力を持てるとか。」
ええ?!
Γそれ本当なの?!」
Γまさか、迷信だよ。それに本当だとしても、何代も前にご先祖様が魔法使いだっただけで、私達は何の力もない人間なの。」
Γ風邪だって引くよ。」
マリーの弟が、付け加える。赤い顔をしている。熱があるのだろう。
Γ実際血を取られたことがあるわ。」
Γえ」
嫌悪に顔を歪めて、マリーは床に視線を落とした。
Γだいぶ昔よ。この辺りの人達は親切だから、そんなことはないけど、少し遠出すると、それなりに狙われるの。」
目立たない髪や目の色彩で気づく人は、そういないらしい。しかし、髪を染める技術の無いこの世界で、マリーは普段外出する時は、髪を隠しているが、女性が髪を隠す習慣のないこの地域では、逆に目立つらしい。
だから、なるべく夜にまぎれて外出する。
それ故、内職ぐらいしか仕事もできない。
私は話を聞いて驚いた。二人は学校も通えず、医者にかかったこともなかった。
いや、そもそも薬屋と薬師が主流で、医者や病院というものが存在していないのだ。
そういえば、私が保護されていた王宮でも、お抱えの薬師がいただけだった。
カルチャーショックだ。今まで自分が知らずに厚遇されていたことを痛感した。
マリーの弟が、しんどそうに横になった。
Γちょっと診てもいい?」
返事も聞かずに、腕をとった。細い腕。
育ち盛りだろうに、痩せて…
Γミチル、病気のこと詳しいの?この子ったら、すぐに体調を崩すの。」
Γ…そうだろうね。」
明らかに栄養が足りてない。マリーはその関連性を理解していない。
恥ずかしそうな彼に、口を開けてもらい赤く腫れた喉を確認する。額と首に手を置いて、熱を診る。胸に耳を近づけて呼吸音を聴いたが、他の病気ではなさそうだ。あくまで素人判断だが。
Γしんどいね。身体を冷やさずに、ゆっくり眠ったら治るからね。」
彼にそう言ってから、布団をかけ直した。
Γマリー、できるだけ消化のよくて栄養のある物を食べさせてあげて。」
私は、マリーに色々と食べ物の栄養について説明した。彼女は真剣に聞いてくれた。でも、果たして金銭的に余裕の無い身でどこまでできるだろう。
また旅の途中で寄ってね、とマリーは家の入り口で見送ってくれた。
私は、どこまでも気が重かった。
Γ…戻ろう。」
最初の宿に向かい、とぼとぼと歩いた。
Γおい!待て、この野郎!」
Γ………。」
Γ待てってんだよ!この野郎!」
Γ…ん?」
野郎って、口悪いなあ…誰呼んでるんだろう?
野郎の人、あの人うるさいから早く返事返してあげて待ったげて。
私は、憂鬱に後ろのうるさい人を振り向いた。
その人は、昨夜マリーに絡んでいた酔っぱらいだった。
Γ……あ!」
Γ気付くの遅いんだよ!クソが!」
私を睨んで、肩をイカらせている男に、私は固まったまま言った。
Γあ、わた…、僕のことか!」
Γアホか!!」
次回、和解できるのか?甘々よ、早く来い