優しさと温度5
ソファーの後ろの本棚から、『初心者の料理』なる本を読んでいた私に、
Γ出かけるぞ。」
と、ルーが言ったのは日が沈んだ頃のこと。
彼に連れて来てもらった所は、滝に近い小川だった。
ほわん、ふわりと暗闇の中に、たくさんの蛍の光が舞っていた。
Γ時期が遅いかと思ったが、見えたな。」
Γうわあ」
こんなにたくさんの蛍、初めて見た。吸い寄せられるように、蛍の光を追って宙に手を伸ばした。
Γキレイ…、キレイだね、ルー。」
小川の岸に座っているルーは、暗がりで表情が見えない。視線は、こちらを見ているみたいだ。
Γああ。……き、綺麗だ。」
Γ私の世界では、なかなか見れないの。夜でも明るいし、蛍の住みやすい川も少ないから。」
目で追っていると、ふいに蛍の光が一方向を目指して動き出した。ふわふわと揺れながら、ルーの差し出す手のひらに集まっていく。
Γすごい。」
ルーの隣に座り、鑑賞させていただく。ぼんやりと淡い光でルーの顔が浮かび上がる。
男の人に言うのはなんだけど、美しいなと思った。この人のことを知ることができて良かったと、単純に思った。
もっと知ることができたらいいな。
Γ…リュカに言われた。」
Γん?」
気づくとルーは私の方に顔を向けていた。
Γ愛情を知らずに育った俺には、わからないみたいなことを…」
よく意味がわからなくて、首を傾げて彼を見ていたら、ふいっと視線を逸らされた。
Γ…お前の心を読んだら、同じだと感じた。だが、少しだけ差異があるような…」
んん?
Γ熱…温度?というか…欲…なのか」
言いにくそうなルーの横顔を見ていたら、なんとなく伝わって…
Γぶはっ!」
Γちっ、笑いやがったな!」
Γごめん、おかしくて、ぷふふっ」
なんで?私には伝わってるのに、自分の心がわからないなんて。
Γルー」
恥ずかしいのはお互い様かな。おずおずと、彼の空いてる方の手を握ってみた。
Γん…、どうかな、分かる?」
Γ…これだけでは、わからないな。」
ルーの手から一斉に蛍が飛び立つ直前、にやりと笑う表情が光に浮かんで消えた。
握った手が引っ張られて、抱き締められる。
Γえっと!あのう…わかりましたか!」
Γ…ふうん。そうだな。」
あ、絶対笑った仕返しだ!
く、負けるか!
ぎゅううっと抱き締め返してみた。
Γ……」
Γわかった、よね?」
肩に手が置かれて、少しだけ身体を離された。
ちゅ
……………あれ?
暗いし、気のせいだったかな。今…
Γわかった。やっぱり、なるほど、そうか…。」
Γ…」
わざとだろうか。唇の横。辛うじて頬の辺りに、キスされたみたいだ。
Γミヤコ」
Γうっ、な、なに?!」
手探りで彼の顔に触れたら、ちょうどルーの口元だった。
Γふわっ、ごめっ」
Γ…だ」
手のひらから、ルーの唇の動きが伝わって、私はその短い単語をはっきりと理解した。
Γうん。うん…」
私の手を唇に押し当て、ルーはもう一度だけ同じように唇を動かした。
『オマエガ、スキダ』
頷いたら、額にキスされ、また抱き締められた。
何故だろう?
暗くてお互いが見えないから?
手で触れたルーの顔は、微笑んでいたように感じた。
熱の差異…
嬉しいけれど、恐いような気もする。
あ、ヤバイなあ。
逃げられなくなりそう…
次回 新展開