熱と自覚と10
『一生口きかないから。』
心臓にグサリと矢でも刺さったみたいだ。リビングを出て行く彼女の小柄な背を見て、なぜか置いてきぼりにされたような気持ちになる。
なぜこんなに、あんな小娘一人に一喜一憂して翻弄されねばならない。
ショックで肘をついたまま、椅子から動けないでいた。
忌々しい!なぜ拒否する?あいつは俺が好きではないのか?
わからない…好意があるのは感じるが、それは俺が思っている好きの形とは違うのか?
思えば、俺はあいつの気持ちをはっきり確かめていない。同情や憐れみ?恩に感じている?ただの博愛精神なら、やるせない。
Γままならない…」
あんな女…、人間のくせに!この俺に楯突くとは!
Γそうだった、俺は…この世界最高の…」
忘れていた。望めば何でもできるじゃないか!
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玄関を出た所は、地面に白いタイルの貼られた屋根のあるポーチになっていた。私は、そこに座り込み暗闇に光る雨を眺めていた。
家の淡いランタンの灯りに、きらきらと雨粒が光って地面で小さく跳ねる。
ふっと息を吐いて、横の柱に体を預けた。
真っ先にグラディアに戻るべきなのに。ルーは、忘れたように振る舞うけれど、私は彼を殺すかもしれない。そう予知されているのに。
ルーといてはいけない。そんな気がする。
怖いんだ。予知が。
このまま一緒にいたら、彼を傷つけるかもしれない。まして、狭い島にいたら。
島に閉じ込められるのを拒否するのは、自由がない憤りの下に、その心配があるからだ。
私がいなければ、予知なんてなくなるのに。
いっそのこと、ルーに元の世界に帰してもらえたらいい。でも…、できないのだ。
辛いんだ、私は。ルーと離れていても同じ世界で繋がっていたい。 欲張りなんだ。
とにかく、島から出してもらうことが先決だ。グラディアに帰してもらえないなら、旅にでも誘って、途中で彼を撒けばいい。逃げ場の無い島よりは、困難ではないはずだ。
ガチャ
玄関の扉が開く音がした。
同時に、体が急に動かなくなった。驚いていると、力の入らない体が傾いだ。
足音が近づいてきて、私が地面に倒れる前に、ふわりと抱き上げられる。
Γな、に?!」
口はたどたどしいが、なんとか動いた。私を見下ろしたルーが、冷たく嗤った。
Γ口をきいたな。お前の負けだ。」
手足がだらんとして動かず、睨むしかない私を無視して抱えたまま、ルーは家の中に入って行く。
指先と顔と首。動くのは、その箇所だけ。そうか、これが拘束の魔法か。
そう思っていたら、あろうことかルーは寝室に入り、私をベッドに乱雑に降ろした。
Γな、な、な?」
状況が飲み込めず、口をパクパクしていたら、ルーが私に覆い被さってきた。
Γ危うく、お前のペースに呑まれるところだった。ミヤコ、俺が最高の魔法使いだということを忘れていないか?」
顎を掴まれて、間近にルーのルビー色の瞳を見た。
まさか…
左の手首をベッドに縫い付けるように、ルーの手が強く押さえてくる。
仄かに感じていた怯えの感覚。はっきり気付いた。捕食される獲物の怯えだ。
逃がさないと狙いを定めた彼の瞳に、うるさい心臓が、更に激しくなる。
ルーの、バカ!これじゃあ、ジークと変わらないよ!バカバカ!
ミヤコ反撃!頑張れ!