私と彼女の望み4(ルー視点)
「だから言ったのに。」
忠告してやったのに、馬鹿だな。
ベッドに腰かけて、眠るミヤコを見ている。王妃が僅かに受け継いだ力を、命と引き換えに使った。ミヤコは眠っているだけではない。何かしらの洗脳を受けている。
洗脳はかけた本人か、かけられた者がかけた者より強い魔力を持っていなければ解けないという面倒な一面がある。
こめかみをそっと触ってみる。
「……。」
何も感じない。意識は深く落ち、洗脳の支配下に置かれている。解かない限り、彼女はもう自分の意志で行動できないままだ。
「ミヤコ、起きろ。」
帰してやろうかと言った時、首を振り強い眼差しで、やることがあると彼女は言った。
何度も辛い目にあって、元の世界に帰った方が楽だろうに。やることが何か結局わからないままだが、物好きで泣き虫な女だ。
だが、
「…こんな目に遭って。」
自分は憐れんでいるのだ。異世界から来た孤独な娘に同情しているのだろう。
そうでなければ、グラディア王宮に張られたリュカの結界をわざわざ破ってまで、こんな所まで来ない。
月明かりに照らされ、ミヤコの影が長く伸びた。
目を開けた彼女の手には、隠し持っていた抜き身のナイフ。身体を起こしたミヤコが、いきなりルーにナイフを無言で振りかざした。
「っ!?」
ルーの結界に弾かれた彼女がよろめく。だがすぐに再びナイフを彼に向けた。
ぱっとその手首を捕らえる。
「ミヤコ!」
手首を少し捻っただけで、ナイフがぽとりと落ちた。
無表情のミヤコはそれを見るや否や、突然自分の舌を噛み千切ろうと歯を立てた。
「やめっ」
舌打ちして拘束する。手首を掴んだまま引き倒す。ベッドに縫い付けられたように動けなくなった彼女を見下ろす。
すると、無表情なミヤコの目からみるみる透明な滴が溢れて、頬を伝った。
静かに涙を流すミヤコを見て、心臓が鷲掴みにされたように痛んだ。
「…泣くな。」
手首を離して、代わりに目元を拭ってやる。あとからあとから流れる涙に耐えられず、彼女の額に唇を触れさせた。
「眠れ。」
眠りの魔法を与えると、ようやく目を閉じた。すうっと寝息が小さく聴こえ、一見安らかに見える寝顔を見つめる。
ふつふつと胸に何かが渦巻く。これは怒りだ。可笑しなことに、どうやら自分は他者のために怒りを覚えている。
僅かに開いたミヤコの唇の端を血が伝う。
それを指で拭い、唇をその指でなぞり治癒をかけた。
笑顔のほうが、よっぽどいいと思った。