私と彼女の望み3
人払いがされた部屋に王妃とリュカ、私の三人だけがいる。
王妃の呼吸は細く切れ切れで、肌は張りを失い土気色だ。長く病で床に臥せているそうだ。それはつまり、王妃が人間として生きた証のようで。私はそのことで油断していたのかもしれない。
何の病だろう。私はこの世界の医療が、私の世界より遥かに遅れていることを知っている。ここでは、向かうでは助かる命も消えてしまうことが多い。王妃を一目見て、もう助からないと私は理解した。魔法使いは傷は癒せても、病気は治せない。
無念だろうな、と思う。一人娘の結婚式も見られないだろう。
「…そんな眼で、私を、見るな。」
くぼんだ眼をぎょろっと動かして、王妃は絶え絶えに言う。憐れむような目に、嫌悪したようだった。
「ご…」
言いかけて口をつぐむ。私だって、命を狙われたのだ。謝る道理はない。
「通訳、いらないはすだ。陛下と会った、とき…話していたはず」
「知っていましたか。失礼をお許しください。私は隅に控えております。」
リュカは慇懃な態度で、私から離れて扉の近くまで下がった。
「失敗、したらしいな。私が差し向けた、刺客たちは、2回も。」
「はい。なぜ、私を殺そうとしたんですか?」
責めるではなく、ただ理由が知りたかっただけ。
「魔法使いは、戦乱の種。国や、娘のためにも、憂い事は、排除する。」
「私は、何も悪いことはしません。」
この人は、私が魔法使いになった時のことを心配している。ルーのしたことが余計に不安になっているようだった。
「信用、できない。魔法使いなど、危険なだけだ。」
「あなただって、魔法使いの血を引いているのに。」
後ろからリュカの声がした。
「私は、自分に流れる魔法使いの、血が憎い。王族とはいえ、戦乱を起こした祖母のせいで、私はずっと蔑まれていた。陛下は、グラディア王は、そんな私と婚姻を、結んでくださった。私は、そんな夫に報いるためにも、娘の未来のためにも、魔法使いのいない世界を、作る。」
は、は、と苦しげに浅い息をして、王妃は目を閉じる。
焦げ茶色の髪と目。人間と魔法使いの血が合わさった色彩。
「魔法使いが悪い存在では…」
言いかけたら、王妃が口を動かして何か言っている。私は顔を近づけた。リュカは黙って見ている。
「王妃様?」
小さな声を聞き取ろうと集中する。
「長くない命…なら、今やらねば…」
王妃がそう呟き、ゆっくりと目を開けた。
焦げ茶色の目に赤みのある光を見た。
驚く余裕もなく、私はその目にまともに射られて気が遠くなるのを感じた。
「消えろ、消えろ…」
頭に言葉が繰り返し響いた。