大罪の魔法使い10
私が泣き止むまで、ルーは屋根の上に片膝をついて座って街景色を眺めていた。
街の灯りが明るい場所と暗い場所とがあって、私のいた世界よりもずっと夜は深い。
仄かなランプは、ぼんやりと照らして綺麗だけれど、どこか淋しい。
「元の世界に帰りたいか?」
隣で涙を拭いている私を、ルーは見た。優しい響きに、私は首を振った。
ルーは、怪訝な顔をした。意外だったのだろう。
「この世界は、お前には生きづらいだろう?俺が…」
言葉を切って、ルーは私から目を逸らして街に視線をやった。
「俺が…、元の世界に帰してやろうか?」
「今はいい、ありがとう。」
「は?」
私は微笑んで、即答した私に驚く彼を見つめた。
「私ね、この世界でやりたいことができたの。だから、今は帰れない。」
帰りたい。でもそれはいつでもいい。捜しているだろう家族や友達を思うと、とても辛い。辛いけれど、今ルーと離れるのも辛い。もう二度と会えなくなるなら、私は彼に何かしら恩を返してからにしたい。せめて彼がこれ以上嫌われないように、私に何かできないだろうか。
じっと私を見ていたルーが、おもむろに手を伸ばしてきた。
心を読む気だと分かり、ばばっと彼から離れた。
ガシッ
「ぎゃあ!」
腕を掴まれて、指先にまでその掴んだ手が滑り落ちてきた。
無!無よ、私!
色即是空!
「…何だ?意味がわからない。」
ルーは、首を傾げた。
「む、無闇に心を勝手に読んじゃあダメだよ。プライバシーの侵害!盗聴は犯罪!覗きも犯罪!」
心当たりがあるのか、ルーはさりげなく私から手を放して、遠くを見た。心無しばつが悪そうな表情だ。
「まさか」
「やりたいことは何だ?」
私の言葉を消すように、ルーが聞いた。
「今は教えられない。」
いつか帰る私には、告白なんて無責任にできない。
「ち、読めない。」
「良かった。」
ローレンから心を読まれないには、違うことを思い浮かべたり、無心になるんだと教えられていて助かった。
「…まあ、いい。」
ゆっくりと立ち上がったルーを見上げた。
「か、帰るの?」
淋しい気持ちを押し殺していたら、ルーは私を見下ろして少しだけ笑った。
私の肩に手を置いたと思ったら、私は既に王宮の門の前だった。
「またな。」
私の肩を撫でるように手を滑らせて、ルーは踵を返した。
「また、ね。」
まだ一緒にいたかったな。彼の背中を見つめていたら、足を止めてルーが振り向いた。
「お前…、あの女に気を付けろ。人間の血が強いが、あの女は…」
私は、わかっていると頷いてみせた。
それを見届けて、ルーの姿はかき消えた。