大罪の魔法使い8
私は途方に暮れた。方向音痴なのだ。初めての街。違う世界。右も左も全てにおいて、まるっきりわからない。
落ち着け、私。思い出すんだ、この道を真っ直ぐ行って…。
来た時の逆を辿るだけだ。建物に覚えがないか周りを見回す。
「ミヤコ様。」
ぱっと手を掴まれて、びっくりして振り向くと、そこには侍女頭のリアさんがいた。
「リアさん!」
「良かった。心配しました。」
リアさんは私の手を引いて、さあ帰りましょうと促した。
「王宮にいらっしゃらないので、捜していたのです。さあ、みな心配しています、お早く。」
屋台のある通りを抜け、リゼさんは右に曲がる。
「ローレン…陛下とサラ王女に会わなかったですか?」
「ええ、一緒に捜していた護衛の者が途中でお二人をお迎えにあがりました。今ごろは、もう王宮に到着しているはずです。」
「そう、なら良かったです。」
リアさんに連れられて、今度は左の路地に入る。灯りが遠のき暗い。
「リアさん…。道、こっちでしたっけ?」
「ええ、近道です。」
前を向いたままリゼさんは答えて、入り組んだ道を左に曲がり、どんどん暗くて静かな奥まった方に行く。
「リア、さん!?」
嫌な予感がした時に、リアさんは強引に引っ張っていた手を放した。
「……っ」
私は後ずさった。すると、いつの間にか後ろに男女がもう二人佇んでいるのに気付いた。
「こんな女一人、俺だけで充分だ。」
その内の男の方がぼそりと言った。
リアさんは私が見たことない無表情で、
「油断するな、仮にも魔法使いになると言われた娘だ。」
と低く言った。
私は壁に背中をつけた。前も後ろも挟まれて逃げられない。彼らが手にそれぞれ短い剣を持っているのを見て、ぞくりと背が粟立つ。
私を殺す気だ。そう思った時に、リアさんが誰の命令でそうするのかもわかってしまった。
足が震えて、頭が真っ白になりそうだ。ダメだ。
考えろ、私!
「こ、殺す前に教えて。なぜ、私を殺すの?」
「…知れたこと、魔法使いになる娘など必要ない。後顧の憂いを断つために、早めに排除する…」
リアさんが話終える前に、彼女の脇をすり抜けようと走った。
「きゃあ!」
難なく捕まり、乱暴に背中を押されて地面に倒れた。痛みを堪えて、精一杯素早く振り向くと、かがみこむリアさんの顔があったので、手をグーにして振り回した。
バコッ!
リアさんが鼻から血を流してよろめく。
「いっ…!」
殴ったほうの拳も痛い、とは正にこのことだ。
「この女!」
身体を起こそうとしたところを、もう一人の女が私の脇腹を蹴った。
「あ…っう」
息を詰まらせお腹を押さえる私の背中を、今度は男が足で踏んだ。
「証拠がいるなあ。」
ショールが外れて露になった髪をぐいっと引っ張られた。
ザッ
肩までの髪の毛が、短く切られてしまった。あまりの屈辱に悔し涙が溢れる。
予知が本当なら、私は今死なないはず。死んで、死んでたまるか!
男が切った髪を仕舞おうと、背を踏んでいた足を
上げようとしたところを身体をひねって足を掴んだ。
ガブリ
そのふくらはぎに噛みついた。
「いっ?!何しやがる!」
頭を殴られて引き剥がされ、私はまた地面を転がった。
「……っ」
「あがくわね。」
傍観していた女が、馬鹿にしたように鼻で笑った直後、突如竜巻のような風に遠くにぶっ飛んでいった。
ぐいっとお腹に手を差し込まれ、私は身体を抱き起こされた。
「もったいない、黒髪は貴重なのに。」
切られた髪を大きな手に撫でられたら、涙がぼろぼろ出て嗚咽を抑えられなくなり、私は彼の肩に顔を引っ付けた。
「お、お前は!」
鼻血を出したまま、リアさんが信じられないといった顔でルーを見た。
「…さて、どうするかな?」
ひっくひっくと泣いてる私を片手で抱いたまま、ルーは不敵に嗤った。その目は赤くて、激しい怒りにギラリと揺らめいていた。