御前試合5
Γ今回の試合、ローレン様は随分と楽しんでいらっしゃる。まさかこんな茶番になるとは思いも寄りませんでした。」
Γそれについては同じ意見だけど…」
短剣をリュカに突き付けたまま、私は下がって距離を取った。
Γ早く終わりにしましょう。」
言うが早いか、リュカが光の玉を放つ。結界を張ったが直ぐに破られた。
Γあ!」
Γこれが実力の差です。」
次の攻撃を翔んでかわす。一度の攻撃で破られて、ヒヤリとする。思ったよりも力に差があるらしい。風を巻き起こして刃のようにしてリュカに放つが、簡単に結界に跳ね返される。
Γ話になりませんね。」
Γ………」
雷鳴が響き、リュカが手をかざした。鞘を抜いた短剣を振り上げると、リュカの放った雷が短剣に墜ちた。
Γく、う!」
衝撃を結界で逃して耐える。火傷はない。ゴムの手袋の着用のせいだ。
私の変わらない様子に眉を潜め、再び雷を放つのを短剣で受ける。
Γ何を?」
Γねえ、リュカ。あなたの予知は未来を視るけど結末を視るわけではないのね。」
私は稲妻を巡らせて小さく光り出した短剣を下ろした。足元に目を向けながら話す。
Γ人の未来など視るなんて、おこがましいことよ。未来はその人の力で変えていくものじゃないの?あなたの視た予知は、選択した中の一つの結末に過ぎなかった。いえ、結末じゃなくて未来の途中だった。」
Γそんなこと…わかってました。」
リュカが放った光の玉が頬を掠めて、ぱっと血が飛ぶ。
Γいっ…つ!」
観客から小さく悲鳴が上がる。
手で押さえた頬の傷から、どくどくと血が溢れていた。深く切られたらしい。
Γわかっています。予知は不確かな未来に過ぎない。しかし、可能性の一つなのです。私は…」
Γあなたは、自分の力に踊らされている。未来なんて、予知なんて知らなくていいのよ。」
次の攻撃を結界で防いだが、同時に結界自体も霧散した。
Γ私の力を否定するのですか。」
背後に翔んできたリュカが冷たい表情で言い、私に拘束をかけて突き飛ばした。
Γきゃあ!」
危うく場外に転落しそうになり、動きがままならない状態で翔んで回避する。
どさり、と床に倒れながら拘束を解こうともがく。
Γ………あなたを殺せば、ルシウスはどうするでしょうね?」
私にしか聞こえないように、リュカが囁き腕を乱暴に掴んだ。
Γっ、殺し合いじゃ…」
Γそんなの殺した後で弁解すればいい。」
どうしてわからないのだろう?手を取り合うことは、リュカが思うよりも簡単なのに。
Γ……私が死んだら、ローレンも死ぬわ。」
ぴくっとリュカの手が動いた。
Γルルカも滅ぶ」
片手で短剣を握ったまま、リュカを見上げる。
掴まれた手が、力を込められてぎりぎりと痛い。
Γそんなこと…」
Γお願いよ、彼に…そんなことさせないで。」
Γとんだ思い上がりだ。」
Γいいえ」
リュカの腕を、掴み返して睨む。
Γ見たでしょう?私が死にかけた時のこと」
見える全てが赤く染まった光景は、恐ろしくて悲しかった。
Γもうあんなことさせたくない。これ以上ルーを傷付けないと誓った。だから、私は絶対死ねない。あなたなんかに殺されない!」
パシン、と乾いた音がして、拘束が解けた。
私は翔んで地面から足を離した。
短剣を振って、リュカに切っ先を向けて下ろした。正確には、足元に。
バチッ
と、小さく音がしたと思ったら、地面を稲妻が這いリュカの足を伝った。
Γぐあ、あ!」
雪が溶けて水になり濡れた地面に、たまらずリュカが手をついた。でも、触れる箇所が多ければ多いほど感電する。
歯を食い縛り苦悶に歪む表情に、慌ててリュカを場外に弾き落とした。
焦げたような臭いに、ぞぞっとする。
Γや、やりすぎたかな…」
しばらく見ていたら、リュカが呻いて体を起こして座ったので、ほっと胸を撫で下ろした。
Γ……リュカ」
見下ろして声を掛ける。
腕に見えるみみずばれの傷が痛そうだ。
Γ……予知よりも、人を信じてみたら?」
不機嫌に目を反らしたリュカは沈黙したままだ。
Γ私は未来よりも、今を大事に生きたいな。今をちゃんと生きることが、きっと未来に繋がるから。」
Γ……甘いですね。」
Γええ、でも間違ってないと思う。」
私が足を付けると、パシャと水が跳ねて舞台から流れ落ちていく。
Γ………負けました。」
諦めたようなリュカの声に、静かになっていた観衆がざわめき、やがて歓声に変わっていった。
Γ…………勝った」
頬を拭い、私は短剣を地面に置いた。それからドレスの裾を掴み、ゆっくりと観衆に礼を取った。
これが一歩。世界とルーを変える一歩。