生き方の選択(ルー視点)
朝、一日で雪は足首が隠れるほどに積もっていた。
Γこれからどこへ行きなさる?失恋中の元魔法使い様。」
カコーン
背中に背負っていた荷物を投げつけると、良い音がした。
Γジジイ、わざと言ってやがるな。俺の反応を楽しんでいるだろう?」
Γおお、いたた。荷物の中に鍋入れてなかったかの?鉄製だったら、ちと危なかったぞい。」
頭を擦りながら、ヤクトが前を歩いている。村まで案内しているのだ。
助けてもらった礼にと、自分の家にしばらく滞在したらいいとの申し出だ。俺は、仕方なくそれを受けた。
もらった金はだいぶ減った。この先のことを考えれば、なるべく出費を控えたほうがいいに決まってる。
いつまでやっていけるか。働く?想像もつかない。この髪や瞳の色彩は目立ちすぎる。
姿を見られて袋叩きに会わなかっただけ幸運なのだ。
Γでもなぜその娘の記憶を消してしまったのじゃ?お前さんだけ覚えているのも辛かろうに。」
Γあいつ泣き虫だからな。だから…」
まさか魔法使いになるとは思わなかったから、記憶を消したのだが、それで良かったはずだ。
Γ酷い男だの。勝手に消したのじゃろ?娘が願ったわけでもなかろうに。」
Γ…………そうだ。俺は酷い男だからな。」
ヤクトが痛ましいものでも見るように振り返る。
同情はいらない。俺を忘れたミヤコは、向こうの世界で平穏に暮らすだろう。幸せなら…いい。
Γそれで本当に良かったのかの?娘があちらで、いずれお前さんの知らない男と好きあって、家庭を作って幸せになって……」
Γ黙れ」
考えたくない。考えないようにしていた。
拳を握り、吐き捨てる。
Γ今さら、どうしろと!」
想像しただけで、嫉妬に苛まれる。俺がどんな気持ちでミヤコを手放したか、わかるまい。
Γすまん。儂はただ、娘がこちらへ戻ってこないものかと思ってな。」
Γ……………いらぬ世話だ。」
白い息を吐き出しながら、苛立つ自分を落ち着ける。
別れる前、ミヤコは俺から離れることを望んだ。万が一にも記憶が戻っても、どうして戻ってくるだろう。やっと家族の元へ帰ったのだ。
こちらに戻ってくる方法すら困難なのに、折角会えた家族と別れてまで…
俺などの元へ、戻ってくるはずがないだろう。
Γ笑える」
自嘲気味に薄く笑うと、ヤクトはさすがに悪いと思ったらしく、話題を僅かに変えた。
Γそれで、稀代の悪名高い魔法使いルシウス様が滅茶苦茶惚れた娘は、よほど良い女だったのかの?」
Γ……ジジイ」
なぜ抉る?!
にかりと笑っているのを睨み付けていたら、思い出したように、急にまたポンと手を打った。
Γああ、思い出したぞ。儂が何で転んだか。」
Γ滑った間抜けが、何言ってる。」
Γ違う。驚いたんじゃ。もう冬だというのに、熊を見たんじゃ。稀にいるらしいぞ、冬籠もりしない熊。逃げる途中に転んで…」
Γ早く思い出せ、馬鹿が!黙れ」
Γそういう熊は、餓えて凶暴になるそうじゃ」
Γ黙れ」
道の脇の茂みから目を離さず、うるさいヤクトを肘で小突く。
揺れる茂みと低い唸り声に、俺はあまりの不運に溜め息をついた。
Γ……マジか」