結末の果て9
呼ばれたような気がして視線を巡らす。
辺りは暗くて、船に乗り込む者が列を作っている。深夜であることもあり、皆一様に静かで疲れた表情をしている。
……気のせいか。
それはそうだ。俺を愛称で呼ぶ者は、ここにはいないのだから。
どうやら自分は人間になっただけでなく、頭もイカれてしまったのだろう。こんなにも未練がましく引きずる男だったとは、笑える。
フードを引き下げて、目立たないように船に乗り込む。
船の甲板で暗い海を眺めていたら、近くの男達の話が聞こえた。
Γなあ知ってるか?あの魔法使いのルシウスが、人間になっちまったって話。」
Γ何だそれ、本当か!」
船が動き出した。
Γ人間になっちまったなら、今頃殺されてるかもな。奴に恨みのある奴は多すぎだろ。」
Γ違いねえ。」
確かにそうだな。洗脳されていたとはいえ、多くの人間も魔法使いも殺した事実は変わらない。俺が逆の立場で、身内を殺されていたら生かしてはおかないだろう。
だが、聞いていて気持ちの良い話ではない。人間になったことは別にいいが、そのことを嗤われる 筋合いはない。
その場を立ち去り、船室に向かう。
ずっと牢にいた体が不快だ。個室の風呂場で体を洗い、長くなった髪を切ろうとして鏡を見て驚いた。
Γふうん、人間らしくなったものだ。」
鏡に映る自分は、長年見慣れた少年ではなかった。17、8歳だった姿が、背が伸びて体つきもしっかりして20歳ほどの青年になっていた。
人間になって数ヶ月でこの成長は、40年以上成長が止まっていた反動だろうか。
自分が年齢を重ねるとは思ってもみなかった。
まだ力の入らない体をなんとか身綺麗にして、ようやくベッドに倒れ込む。熱は引いたが、牢に閉じ込められていた体は、体力を削っている。
今までの自分の体ではないように、重くてだるくて歯痒い。
以前と何もかもが無力な自分とのギャップは痛感せざるをえない。
まあ、仕方ないがな。
これが代償なら、受け入れるだけだ。
天井を見ていたら、次第にまぶたが重くなってきた。
これからどこへ行こう。
以前は、あいつのいる場所が自分の居場所だったのに。
あてもなくどこへ行けばいいのか。
孤独で虚しい気分だが、それも僅かな時間。
人間は直ぐに死ぬのだから。
思えば、あいつには酷いことをした。あいつは直ぐには死ねない。なぜかもわからず若いまま生きることは辛いだろう。
Γ……それでいい。」
それでも死ぬよりはいい。あいつが別の世界でも生きているなら、完全にいなくなったわけじゃないなら。
自己満足だ。俺は結構酷い男だからな。