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あなたに笑顔を5

夜、もう寝ようと満は自室に向かう途中で、足を止めた。

姉の部屋の前。


Γ…っく…ぐす…」


姉ちゃん、また泣いてる。

先に眠ったはずの姉は、一人で隠れて泣いている。

満は声を掛けようかと迷ったが、止めておくことにした。泣くことで、気持ちが消化できるならいい。


姉が行方不明になったのは、去年のことだった。学校から帰宅する途中、忽然と姿を消した。当初は、事故だと思われた。登下校の際に、必ず通る橋に彼女の鞄が落ちていた。路面は凍結していて、足を滑らせて下の川へ落ちたのではないかと推測されたからだ。

だが、警察や消防がいくら捜しても遺体は見つからなかった。

家出じゃないかと言われたが、姉が家族に何も告げずにいなくなるなんて信じられなかった。満達家族は、仲が良かった。優しい姉が家族に心配をかけるようなことをするはずがない。


父はぼうっとすることが多くなり、母は憔悴しきって泣いてばかりで見ていられなかった。

警察が捜査を縮小する中、家族で駅や街角に立って、姉の捜索ビラを配り続けた。


年が変わり季節が春になりかけて、姉は突然発見された。何度も捜した橋で、血だらけで倒れていた。通りがかりの人が救急車を呼んでくれて、家族で病院に駆けつけた。

血だらけだったので大怪我をしているかと思われたが、体に傷らしきものは見つからず、少し体内の血液が不足していたので、輸血をしただけで済んだ。

一日経って、目が覚めた姉は泣いている母に驚いてオロオロしていた。

行方不明だった時のことを、全く覚えていなかった。

どこにいたのか、外国風の衣装を身につけて、特にやつれた様子もなかった。

警察や家族に聞かれても、困った顔で首を捻るばかり。彼女の表情から、嘘やごまかしではないと気付いてからは、その時のことはもう聞かないことにしている。

父は、過酷な状況にいたから、姉が無意識に思い出さないようにしているのだろうと考えている。

だから、なるべくたくさん楽しい思い出を作って、怖い思いをした姉の記憶を塗り替えてやろうじゃないか、と…今日も花見に連れて行ったのだったが…


姉ちゃん。

退院して二週間。ふとした拍子に、涙を流す姉は辛そうだった。


ある日、縁側で空を見上げて泣く姉に満は聞いた。


Γ姉ちゃん、なんで泣くんだよ。怖いのか?」


トラウマだろうか、と思った。


Γ……わからない。でも、苦しいの…」


胸が締め付けられるようで…と。

記憶の無い姉に、それ以上聞けない。姉も、いなくなっていた時のことを思い出そうとする気配はない。

時間の経過と共に忘れたらいい。


家族に心配をかけまいと、隠れて泣くようになった姉に、ただ何事もなかったように笑顔で接するしかない。

満は、泣き声が次第に小さくなるのを待って、静かにその場を離れた。

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