表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

彼岸の人〜小さな鳩とおみなえし〜


 風が、木の葉の色を変える季節に。


 ―――あの人が、また会いにきてくれる。


 私は、着物を身につける。


 迎える色は、おみなえし。

 あの人が美しいと言った、黄色い花の色。


 私は身じたくを終えて、小さな布づつみ一つを手にとると、自分の部屋を出た。

 玄関を出たところで一度だけ、深く頭を下げ。


 私は、もう二度と帰ることもない生まれそだった家に―――晴れやかな気持ちで、背中を向けた。


※※※


 彼とはじめて会ったのは、神社の周りにある森の中だった。


 神かくしに遭うよ、と父や母に怒られていたのに、私は、他の子たちと紙ふうせんで遊ぶうちに、森に迷いこんだ。

 森を抜けたら、見たこともない道。


 家をもとめて歩くうちに、草履の鼻緒も切れて。

 私はうずくまって泣いていた。


 そこに、声をかけてくれたのが、彼だった。


 「大丈夫?」


 そう問いかける彼のすがたは、私から見ると、すごく不思議だった。

 私たちと変わらない顔だちなのに、髪も目も鮮やかな空色で。


 私はおどろいて、泣きやんだ。

 あまりにもきれいだったけど、知っている人たちとは違うから、きっともののけだと思った。


「迷子かな。このあたりは、異界とつながっているから」


 頭をかきながら、彼は私の来たほうを指さした。


「向こうへおかえり」

「草履が……」


 やさしい言葉に、思わず手に草履を握りしめながらしゃくり上げると、彼は私が片方の足に何もはいていないと気づいたようだった。

 ふんわりとかすかに笑って、彼は私の前にしゃがみこむ。


「おいで。連れていってあげる」


 彼は私をおぶって、知っている道まで連れていってくれた。


「これ以上は、ぼくが戻れなくなる。もう、一人で歩ける?」


 私はうなずき、彼は私を下ろした。

 歩いていこうとする彼に、問いかける。


「あの、お礼を」

「いらないよ」


 彼はまた、ふんわりと笑った。

 でも、私はもう一度会いたくて。


 遅くまで帰らず、親にすごくしかられたのに、結局また、その辺りをうろうろした。

 そして、例の知らない道に出て少し待つと、彼が来た。


「呆れた」


 彼は困ったような顔で言った。


「でもなんでか、来るような気がしたよ」


 お礼の煮物を渡すと、彼はおいしいと食べた。


「その召しもの、めずらしいけど、きれいだね」


 私の身につけていた、おみなえしと同じ黄色の着物を、彼はほめた。


「あなたの首かざりも、きれいです」


 彼が首から下げている銀色の小さな鳥……ハトの形をした首かざりは、こまやかに作られた美しいものだった。


 私は空色の髪の彼から、色々な話を聞いた。

 神社の森は彼の住む異界につながっていて、長くとどまればどちらも戻れなくなってしまうのだと。


 そして私と彼がいるここが、丁度境界なのだと。


「だからもう、来てはダメだ」


 その言葉が、とても悲しかった。

 私は、なぜか分からないが、彼ともう会えなくなるのがイヤで、問いかけた。


「私は、あなたに会いたい」


 結局、押し問答のあとに彼が両手を上げた。


「降参だ。なら、こうしよう。月に一度だけ」


 私は、それで納得した。


 空色の彼と、月に一度の逢瀬を重ねるように、なった。


※※※


「もう会えない」


 数年後の秋口のある日、彼は言った。

 国が戦争をしていて、戦争に行くことになった、と。


 彼は立派な青年に成長していて、私は年ごろになっていた。

 縁談もいくつか出るようになり、月に一度どこかへ出かける私を、両親にうたがわれ始めていた。


「これでお別れなのですか」


 私は泣いた。

 この頃には、もう私は、はっきりと彼に恋をしていた。


 私たちは約束した。

 五年後だと。


 お互いに何もなく、その時がくればもう一度会おう、と。


 そして私たちは、おみなえし色の袖と、小ばとの首かざりをお互いにわたした。


 別れ、月日が流れ。


 私は結婚しなかった。

 そして約束の日が近づいて来るのを、嬉しさとともに待ちわびた。

 今、道を歩く私は、その道のりを楽しいとすら感じていた。


 彼は来るだろうか。

 期待はあったが、不安はなかった。


 そして、いつもの場所に着き、待っていると。

 彼は、来た。


「いるような気がした」

「私も、来るような気がしました」


 お互いに笑い合い、そして気づいていた。


 私にも、そして彼にも、足がなかった。


「僕は戦争で死んだ。もう君以外に何も残っていない」


 彼は腕に結んだ布を示し。


「私ははやり病で。もう、お別れは済んでいます」


 私は、布づつみから小ばとの首かざりを取りだした。


 生きている間は、手をつなぐことも、口づけをかわすこともなかったけれど。

 私たちはようやく、なんのしがらみもなく、共にゆける。

 

 甘い、はじめての口づけを交わした私は、もみじのように頬を染めた。


「生きている世界が違っても。死んだ後に向かう場所は同じかな?」


 うれしそうに、ふんわりと笑う彼に、私もにっこりとうなずいた。


「ええ、きっと」


※※※


 恋に染む 小鳩の彼と 女郎花(おみなえし)

 彼岸の逢瀬に むつみて結び


 小さな花の約束は、彼岸の秋で果たされる……。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ