秋と紅葉(うれしたのし秋の恋)
「紅葉」
秋が声を掛けると、振り向いた彼女はパッと笑みを顔に浮かべた。
待ち合わせ場所はいつもの遊歩道の入り口で、これから映画館での初デートだった。
「秋くん!」
なんだか照れ臭い秋と違い、紅葉は屈託のない様子でパタパタと駆け寄ってくる。
紅葉は、高校二年生なのに凄く小柄だ。
縁なしのメガネに黒髪のポニーテールという、いつもと変わらない様子なのはそこだけで、今日は制服とは違う、深い紺色のワンピースに白いレース網のカーディガン、秋口にしては寒いからか、マフラーを身につけていた。
彼女に近づくと、小さな桃色のピアスを付けているのも分かる。
「どう? 似合う?」
いつもよりもさらに可愛い彼女は、ニコニコしながら秋を見上げた。
「……チマ子のくせに、色気づいてんじゃねーよ」
本当は凄く似合っていると思っていた。
なのに、彼女といると憎まれ口が口をついてしまう。
「もぉー! チマ子って呼ばないでって言ってるのに! ヒョロ秋!」
「黙れチマ子」
一転してぷっくーと膨れる紅葉に、秋はふふん、と鼻で笑った。
違う、こんな事をしたいんじゃないんだ。
せっかくの初デートなのに、いつもと変わらない自分に嫌気が差す。
並んで歩き始めた紅葉を横目に伺うが、先ほどのやり取りを気にした様子もなかった。
いつもの事と言えば、いつもの事なのだ。
告白した時も同じだった。
『チマ子。付き合わね?』
『ほぇ? どこに? あ、画用紙?』
放課後の生徒会室で、たまたま二人きりになった時に雑談のように漏らした内心に、彼女はきょとんと言い返した。
『買い出しの話じゃねーよ! 俺とだよ』
宿題に目を落として書いているフリをしながら、真正面から顔も見れない俺に。
『…………え?』
紅葉は疑問を返した。
そりゃ紅葉からしてみれば突然だしな、と思いながら、秋は素っ気なく返事をする。
『嫌ならいいぞ』
どうでも良さそうに聞こえるようにしたのは、自分のためだ。
フッた紅葉が気にしないように、なんて理屈を付けて、フラれたなんて大した事じゃないと自分に言い聞かせる為だった。
だが。
『い、嫌じゃないよー!』
バン! と机を叩きながら慌てたように立ち上がる彼女に、内心でホッとしながら、顔に出さないように努めて。
『なら、デートしよう。次の日曜』
『うん!』
そんな事があっての、今だ。
紅葉の距離が近い。
手ぐらいなら握れそうだ。
握って振り払われたらどうしようか、でも握りたい。
そんな風に考えながら、秋は紅葉の手を握る。
「ふぇ!?」
ビックリしたような声を上げてから、紅葉は秋を見上げた。
「……嫌か?」
「い、嫌じゃないよー!」
紅葉は頬を真っ赤に染めてマフラーに緩んだ口元を埋め、上目遣いに秋を見る。
「……嬉しい」
その目つきと、はにかんだような一言に、秋の方が頭が真っ白になるほどの嬉しさを感じた。
普段と違う顔。
俺、本当に紅葉と付き合ってるんだ、とぼんやりと思う。
紅葉の笑顔が好きだ。
一年の時に、同じクラスになった時から、一目惚れだったんだ。
二年になってクラスが離れて、紅葉が生徒会に入るって言ってたから俺も入ったんだ。
『秋くんっていうの!? 私、紅葉って名前なんだよ!』
入学式の後、そう言って満面の笑みで駆け寄ってきた彼女は。
今でもずっと、魅力的なままだ。
ふわり、と遊歩道の並木から、赤い葉が落ちて紅葉の頭に乗る。
「あれ?」
「……今のお前そっくり」
見事に赤い葉っぱを取って紅葉の目の前に差し出すと、紅葉はまたぷっくーと膨れて秋に言った。
「そんなの、秋くんの耳の色も一緒だよー!」
紅葉の言葉に、秋は衝撃を受ける。
ーーー耳の色?
「もう付き合ったから言っちゃうけど! クールなフリしてたってバレバレなんだから! 入学式も、こ、告白の時も、今だって! 秋くんの耳、真っ赤なんだからね!」
思わず、耳たぶに指で触れると。
寒いはずなのに、そこは熱を持っていた。
ーーーやられた。
思わず天を仰ぐと、紅葉はしてやったりと言わんばかりに、ふふーんと顎を上げ。
「……でも、そんな分かりやすい秋くんが好き」
紅葉が、そう、小さく囁いた。