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1週間の恋人  作者: けい
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いとしのElly

 クアラルンプールのスカイバー。


 僕はその日、少し嫌なことがあって、なんとなく家に帰りたくなかった。

 

 窓際の椅子に腰かけてビールを頼み、しばらくボーっと窓の外の景色を眺めていると、今日の出来事が次々と頭の中を駆け抜けていく。


 目の前のツインタワーが、まるでガス灯のように辺りを明るく照らし、僕はなんとなくそこに吸い込まれてしまうようなふわふわした錯覚を体に感じていた。


 ---自分がなぜここにいるのか、わからなくなってきた。


 多民族国家マレーシア。

 マレー、インド、中華、それぞれの民族が別の言語、宗教、生活習慣を携え、お互いを、よく言えば尊重し、悪く言えば無関心にバランスを取りながら暮らしている。

 

 日本での生活に馴染めない自分が現実逃避でここに来て、また馴染めずにこれからどこに向かって行こうとしているんだろう?


 僕は発展するマレーシアの象徴である華やかなツインタワーを眺めながら、自分の存在の小ささにため息をつき、さっきからずっとそんなことを考えていた。


 ---------------------------


 二杯目のビールを頼んだその時、入口の方からひとりの女性が案内されて来て、僕の隣のテーブルにひとりで腰掛けた。

 

 長い髪を少しかきあげるようにして渡されたメニューを眺めている。


 (え?・・・)


 僕はその瞬間を今でも忘れられない。

 さっきまでの憂鬱な気持ちが、まるで朝日に照らされたように晴れやかに変わって行くのがわかった。

 

 天井のライトが彼女の肌を白く照らし、長い睫毛の影が黒い瞳にかかってあやしく揺れているように見えた。


 ---美しい・・・


僕は、その横顔を見た瞬間、不覚にも一瞬で落ちてしまった・・・


 突然僕の心はドキドキと音をあげて高まり、胸に手をあててそれを鎮めようとしても、鼓動は強さを増すばかりだ。


 もともと、惚れっぽい性格で、出会ってすぐに落ちてしまったという経験が今までも何度かあった。


 小学生の頃は隣の席の女の子に消しゴムを貸してもらっただけで好きになってしまったり、中学生の頃は、夏のキャンプの肝試しで、一緒にお化け役をやった女子と木陰に隠れていた時、「こわいね」と言って、腕をつかまれた瞬間に落ちてしまったり・・・。


 だけど、こんなに一瞬で落ちたことは今までなかった。


 ---こんな美しい女性がひとりでスカイバーに来るなんてことはあり得ない。


 恐らく、後から男が来るんだろうと思った。そうして僕は、横目で彼女を観察しながら3杯目のビールを頼んだ。


 ---誰も来ない・・・


 (もしかして、ひとりなのかな・・・)


 そんな淡い期待が頭をかすめ、声をかけたい衝動に駆られたけど、マレーシアでは、相手が何語を喋れるのかは話してみるまで見当もつかない。


 もちろん、自分も英語がそんなに得意じゃないから、会話が続く自信もなかった。


 (話しかけたい・・・・)

 (でも、そんな自信ないし・・・)


 僕は悶々とそんなことを考えながら、4杯目のビールをオーダーしたその時、信じられないことが起こった。


 彼女がチラッとこちらを見て、少し微笑んだ。


 (え?)


 僕は一瞬、何かの間違いかなと思って、一度空を見上げ、両手で顔を洗うように軽くこすり、指の隙間から覗き込むように横目で彼女を見た。


 ---なんとなく、笑っているような気がする。


僕は、この場をどうやって次の展開に進めればいいのかと真っ白になりかけた頭で必死に考えた。


すると、


 ---Where are you from? (どこからきたんですか?)


 彼女が突然、尋ねてきたのだ。


(ひっ!!!え、英語だ!!)


 一瞬、頭が真っ白になった。


 ---I...I'm from Japan. (に、日本です)


 僕は高まる鼓動を押さえながら、とりあえずそう答えた。


 ---Really? (ホント?)


 通じた・・・

 僕は、あわてて次の言葉を探した。


 ---えっと・・・W...Where are you from? (どこから来たんですか?)

 ---I'm from Vietnam. (ベトナムです)

 ---Oh, really? I...I like Vietnam. (ホント?べ...ベトナム好きですよ)

 ---Oh, thank you. (ありがとう)


 (か、会話が繋がってる・・・)


 ---あの、・・・Are you... alone? (ひとりですか?)


 思い切ってそう聞いてみた。


 ---Yes.  (そうですよ)


 (おおお!!!よし!)


 ---Can I join you? (ご一緒してもいいですか?)


 僕はそう言いながら、少し動転していきなり一方的に彼女のテーブルに移動すると、


 ---You already join me. (もう一緒になってますね)


 そう言って笑いながら僕に乾杯の仕草をしてくれた。


 (ゆ、夢か・・・?)


 ---May I ask your name? (名前聞いてもいいですか?)


 僕がそう尋ねると、彼女は、ニッコリ笑いながらこう言った。


 ---Sure...I'm Elly. (エリーです)


エリー?

・・・いとしのエリーだ!


その瞬間、僕の中に音楽が流れた・・・


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<一週間の恋人テーマソング『Elly』> 作詞・作曲 Kei

 https://www.youtube.com/watch?v=MuOFnnsbP1Y

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