第二話 若君 その1
前回は不覚を取ったけれど。
今日のあたしはバッチリ準備万端。大振りな扇を持ってきている。
妄想に耽ろうが、動揺しようが、顔全体を隠してしまえば良いってわけよ。
優雅にご挨拶して……。
テレジアの私室に、腰を据えたところで。
開幕一声。
「ウッドメル卿の、どこに惹かれましたの?」
いきなり腰砕けになった。
そりゃあ、バレバレだとは思ってたけどさあ。
聞きますかね、そういうこと!
あらちょっとやだ。
テレジアさん、わくわくしてらっしゃる。
小動物みたい。かわいい。
そうねえ……。
「まず、背が高いところです。182cm。何でも、武家としては標準か少し小さいらしいって話だけど、体ばかり大きいのも、かえってバランスが悪いものでしょう? 何事も、ほどほどが一番です。あ、でも、180cmなら文官としてはかなり高いほうでしょう? そこがいいと思いません?」
メル本宗家の総領、征北将軍のセザール様は2mを越えているらしい。
武家としてはカリスマ的らしいけどさあ。
それで大剣をぶんぶん振り回すって、怖いだけじゃない。
「もちろん、顔が良いことはご存知よね? 顎の線とかすごくシャープなの。」
あたしの自慢は目元。
鼻の形も悪くはないと思うけど……。
でも、顎がね。すこし丸顔なの。少しよ、ほんの少し。
だから、顎のシャープな人には憧れる。
「それと、背中です。細身に見えて意外と肩幅が広いの。牛車に乗ってる時は、まずは前から堪能して、通り過ぎたら後ろからじっくり。」
ゆったりした衣の上からでも見て取れる、おしりの形の良さには触れないで置く。
さすがに……ねえ。
おっと、いかんいかん。
「わかりやすいところからと思って、外見を先に挙げましたけれど。別に外だけってわけじゃなくて。やっぱり、男は中身ですよね。文武両道、戦場でも官場でもきっちり手柄を立てられる」
極東で大会戦があって、初陣で敵の部隊長をやっつけたんですって!
「それをまるで自慢しないお人柄。服のセンスも……」
テレジアが、目を丸くしている。
「よほど大好きなんですね」
しまったー!
熱が入りすぎた! 化けの皮が!
「あ、いえそのような……」
やべえ。気まずい。
テレジアも赤くなってる。
「でも、クロイツ家には昔からミーディエ卿が出入りされているのでしょう? ミーディエ卿も人気ですわよね?」
さすがは貴族のお姫様。
気まずくなったら上手に話題転換。
ほんっと、いい子よね。
私が男だったら口説き倒してるところよ。
ただ、何も無理してリキャルドの名前を出さなくっても。
「リキャルドのことですの?」
「ええ。『双璧』と言われている方ですもの」
純真なテレジア。かわいそうに。
おかしな情報をつかまされる前に教えてあげなくては。
「まず、背が足りない。177cmって言ってるけど、175cm無いと見てます。顔もねえ。顎が、しっかりしすぎてますの」
固く引き締まった口元。
しっかりと張った顎。
男らしいって言う人もいるけどさあ。
「その割りに、身体が貧弱。なで肩だし。後ろから見て楽しめませんわ?」
貧弱ってことはない。ただ、口元のインパクトに比べるとねえ。
少し弱そうに見えるのよ。
お尻は悪くない。それは認めよう。でも、口にできないしね。
「詩歌ができることは確かですけれど、嫌味まで歌に乗せることはないと思いません? さりげなさが足りないんです」
貴族は何よりバランスが大事ですもの。
「バランスが悪いと言えば、あの腕力も。5人力とか10人力とか。それは戦場で手柄を立てない方がおかしいというもの」
ジュアン様は、特に厳しい戦場に出たって聞いてる。
郎党をうまく統率して、戦果に貢献して。
お手柄自体は従兄弟が一撃加えた後のごっつあんゴールだったって聞いてるけど……。
そこまでの動き方、部隊の統率が見事なのよ。
それこそ貴族の仕事じゃない! その点リキャルドと来たら……。
「自分の背を越えるような、大きな斧を持ってるんです。ぎらぎら光るのを。もう、怖くって」
きこりじゃあるまいし。
貴族なら、メイスか片手剣でしょう?
貴族が蛮族になってどうすんのよ!
テレジアが真っ赤になって下を向く。
ぷるぷる震えてる。
やだ、そんなにおかしかったかしら。
そうよテレジア、リキャルドは滑稽なの。
ジュアン様と双璧だなんて、おこがましい!
「もう、エレオノーラさんったら!」
上気した顔。
やばい、かわいい。
鼻血出そう。
ちょっと触れてもいいかしら……?
っと!
男の人の声?
庭先に足音が近づいて来る!