第一話 姫様 その2
楽器の合わせなんて、もともと口実みたいなもの。
だからすぐにお茶の時間。
「まあ、何て香り高い。素敵なお土産ありがとうございます、エレオノーラさん」
良質な茶葉なら、農政担当クロイツ家にお任せってね。
どこが良い産地か知ってるのよ。
そんなことより。
「テレジアさんたら。チラ見せとは意外と大胆」
「違います!支度に手間取って、エレオノーラさんとの約束の時間に間に合わなくなりそうでしたから。お迎えに行くなら馬車じゃないと……」
ほほう?
「巡回に合わせたわけじゃないし!」と。そういうことを言いますか。
まあ、ね。
堂々と「巡回を見物に出かけてました!」なんて、はしたないこと言えるわけない。
それはあたしも同じこと。
テレジアはおっとりしてるし、ギリギリになっちゃったんでしょ?
分かってる。
でもさあ。馬車のカーテンの隙間から、そーっと顔出して。
目が合ったら、ひょいと隠れるなんて。
これはアレね。チラ見せ道九段ね。本因坊よ。天元突破。
「やめてください、もう……」
何も言ってないのに、赤くなってる。
ちょっと、なにこの可愛い生き物。
こりゃモテるわ。分かってんのよエレオノーラさんには。
「どのような話をされていましたの、テレジアさん?」
「挨拶だけです。ジュアン様は、時々バルベルク家を訪問されるから……」
なんですとー!
「『武のメル家』の若君が、『政のトワ』にですか? またどうして?」
「私はご挨拶しかしないから、分かりませんの。父に用があるみたいです」
バルベルクの家は、宮殿の建築とかそっちがお仕事よね。
なに何? ウッドメル家、館を新築するの?
宮殿ふうの瀟洒な邸宅。
庭にたたずむジュアン様。
御簾のうちから眺める私。
ああ、ジュアン様が振り向いた……。
乾いた音に我を取り戻す。
テーブルの上には割れた落雁。
所在無く宙をつかむ指。
テレジアが下を向く。
落雁も、あたしの顔も見ようとしない。
「次はいつでしょう? あ、でも。ジュアン様のお仕事が無い日ですよね? よろしければ遊びにおいでくださいね、エレオノーラさん」
バレバレよね、やっぱり。
おっとおー!
サスペンションが無いのは、牛車の難点。
小さな段差も腰に響く。
それにつけても。
「やっぱりお目当ては、ジュアン様よねえ」
「何です姫様、ため息なんかついて。似合わない」
「リタはひとこと余計なのよ。いや、友達と同じ男の人を好きになるって、なんかつらいなあって」
「ヘタレですもんね、姫様。外面を繕って、お友達にも言い出せない」
「うるさい!!」
って、馬の足音?
近づいて来る?
やだ、何?
「日が暮れかかっております。『ミーディエ家もこの先にありますゆえ、同道を願いたく』と、あるじが」
ああ、さっきのゴリラ……いや、ゴードンか。
おどかさないでよ。
治安がどうこうとか聞かされた帰り道なんだから。
あたしの頷きを受けたリタが声を張る。
「姫様におかれましては、『構いません』とのことです」
どうなんだろう。
「お願いします」って言うのが良いのか、「構わなくってよ」って言うのが正しいのか。
決めたのはあたしじゃなくて、リタなんだけど。
それにしても。
治安、ねえ。
「武家出身の郎党を連れ歩くべきなのかしら」
いない?
ちょっと、父さま?
「我がクロイツ家には累代の家人がいる。よその者を雇い入れる必要も無いし、できあがった体制に異物を入れては和を乱す」
まあ、それはそうよね。
でもね父さま? ジュアン様に言われたことなのよ?
次に会った時、「早速にお聞き入れくださいましたか」って。
「ジュアン様のおっしゃることなら、何だって……」
「何でも?エレオノーラ様……」
ぐへへへへ。
「この間雇い入れた侍女。あれは武家出身ではなかったか? ほら、嫁に行くということで辞めた娘の代わりに入った……」
いや、武家出身って言っても。
侍女じゃあねえ。
「エレオノーラにも、そろそろ結婚のことを考えてもらわねば。家のことに興味を持つようになったのは、良いきっかけだな」
うわっ。
話がめんどくさい方向に。
「ありがとうございますお父様。その侍女、私付きにしていただきたくお願いしますわ?」
とりあえずそこからよね。
武家ってどんなもんか、全然知らないし。
「クリスティーネと申します」
アマゾネスってわけじゃあなさそうね。
見た目は案外、普通。
「家の由来、聞かせてもらえる?」
「はい、我がシェアー家は、『開国の英雄王』陛下の侍衛であった○○の次男に端を発します。五代前の……」
メルでもキュビでもない、独立系の武家か。
最近、つらい思いをしてるらしいわね。
昔は「~系だから」って差、そんなに無かったらしいけど。
50年ぐらい前だっけ、100年前ってことは無かったと思う。
王家でお家騒動か何かがあったって聞いてる。
それをきっかけにメル系が台頭して。さらに東へと勢力拡大。
最近は極東にまで進出して、新都だっけ? 都市を建設するほどになったとか。
あたし達トワ系も、人のことは言えない。
お家騒動に負けた家を駆逐して、いまや政権要路を独占しつつあるらしい。
キュビ系はその前から強盛だし。
立花は……うん、まあ、立花よ。
跡継ぎのオサム君、10歳かそこらで叙事詩を作って、評判になってた。
私と同年代なのに、立派よねえ。
それ以上のことは、言わないでおいてあげる。
「四大貴族」とか「四大氏族」とか。
そんな言葉も出始めてるらしい。他の家は、生き残りに必死。
「英雄王の侍衛」の家柄なら、本来ならトワ系とそんなに変わらない家格のはず。
でも今は、主従がはっきり分かれてる。
栄枯盛衰って言うけど、ウチは大丈夫なのかしら。
トワの中でも政争はあるし、トワ系全体が追い落とされるなんてこともあるかもしれないのよね。
「……姫さま直接にお声をかけていただきましたこと、このクリスティーネ、感激に堪えません。身命を賭して励みます」
お、おう。
気持ちはうれしいけど、そんなに大げさなことじゃないのよ。
ここは王都だし、クロイツ家は官僚・政治家だから。
「よろしくお願いするわね。3日後、バルベルク家のテレジアさんを訪問するから、付いて来て?」