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第一話 姫様 その1

 


 「牛車で出るわよ!」


 「馬車ではないのですか、姫様? 間に合いますかしら」


 「だから急いでるんじゃない!」


 廊下の角ってのは、どうして直角なのかしら。

 曲がりにくくて仕方ない。

 おっと!


 「ご機嫌よろしゅう、お義母様」


 「あら、エレオノーラさん。お出かけですの?」


 「ええ。テレジアさんのところで。楽器の合わせを」

 

 「あら、それでしたら、引き止めてはいけませんでしたわね?」


 ゆったりと、おっとりと……。お義母様の姿が見えなくなるまで……。

 指差し確認よーし!

 走るぞ!



 「姫様ったら。本当に外面だけはよろしいんですから。間に合いますの?やはり馬車の方が……」


 「振る舞いは優雅に。馬車で駆けつけるなんて、はしたないとは思わないの?」


 あ、鼻で笑ったわねリタ?

 侍女のくせになまいきな!


 「確かに、今のお顔では馬車という訳には参りませんわね。でもよろしいんですの? 殿方はチラリに弱いもの。牛車にこもりきりなんて、姫様らしくもない」


 リタの言いたいことも分かる。

 あたしが牛車を選んだ理由は、「馬車に比べて優雅」とか、そういうことじゃない。 


 貴族の女子にとって、「馬車はチラ見せのツール、牛車は覗き見のツール」なのだ。


 馬車には、薄いカーテンがかかってる。

 その隙間を巧く使って、自分のチャームポイントをチラ見せするのがテクニック。


 牛車には、厚いしとみがかかってる。

 このシェード、理屈はわかんないけど良くできた代物なのよ。

 外からは中が見えず、中からは外が見える。

 牛車は脚も遅いし、たっぷりと垣間見ができるってわけ。

 気の利いた牛飼童なら牛に道草食わせたりしてくれるし。

 


 「ま、ヘタレの姫様には垣間見がせいぜい。中にお招きするなんて、できませんでしょうし」



 馬車の中は、座席方式になってる。牛車の床は、広くて平ら。

 だからその……。いろいろできると。まあ、ね?


 ともかく!


 「ヘタレはあんたも同じでしょ!? 耳ばっかり年増になって! 男に縁が無いくせに!」


 「あ、言っちゃいますか。それを言っちゃいますか。食べかすつけた口で、よくもまあ」


 「ちょっと! 先に教えてよ! お義母さまの前に、この顔で出てたの!?」

 

 「大丈夫です。奥様はおおどかな方。気づいてはいらっしゃいませんでした」


 「それはそれでどうなのよ?」


 「あら、細かく気づく方がよろしいんですの?……『エレオノーラさん、お弁当を持っていずかたへ?クロイツ家の流儀とは思えませんし、どちらのお血筋かしら?』って」


 継子イジメ~!?それは嫌ね、うん。

 「そうね。大らかな方で良かったと思ってる。そこは親父も良い仕事したわよね」  

 

 「姫様、いくらなんでも『親父』は……」


 「頑張ってもらわなくちゃ困るのよ。最近メル家がしてきて、いろいろ大変なんでしょ!?」


 「あら。あらあらあら」


 「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ!!」


 「なんでもございませ~ん」



 バレバレなのは分かってる。

 あたしの狙いは、メル家の支族・ウッドメル家の若君。


 ジュアン・(略)・ド・ウッドメル様。


 現在の役職は近衛府の小隊長。陛下をお守りするお役目だけど、王都の見回りもするみたい。

 他にもいろいろなお仕事を兼務してらっしゃるみたいだけど。

 ともかく。今日は5日に一度の巡回の日。


 あたしとしては、牛車で垣間見るなり、馬車でチラ見せするなり。

 そういうチャンスってわけ。

  


 ああ、思うだけでも鼻血が出そ……うわっぷ。


 「姫様、よだれが出てます」

 

 言ってくれれば自分で拭くから!

 気が回るのも考え物よね、全く。



 とにかく急いで!

 みんな考えることは一緒なんだから。

 早く行かないと、覗き見に良い場所を取られちゃう!




 ちょっとー!

 何止まってんのよ!



 「『山に扶蘇有り』でしたでしょうか?」



 聞き慣れた声。

 ええそうよリキャルド。あなたの言うとおり。

 まさに「目当て以外の男にぶち当たっちゃった」。

 分かってるなら、そこをどけ!


 「はすの華を待つさわも多いと伺っておりますわ、ミーディエ卿?」


 あんた目当ての女子も多いんだから!

 他の馬車や牛車に挨拶してなさいよ!



 「しかし姫、『狂』はどちらでしょう? 牛車の速度ではありません。ハブに軋みが出ております。このままでは脱輪しますよ?」


 分かってるけど!


 「ジュアンなら、まだ来ていません。先ほど小さなトラブルがあり、巡回に遅れが出ておりますのでご安心を。……シスマ! 牛車を止めてくれ」



 シスマ? 新しく入った郎党かしら。

 ずいぶん牛の扱いに慣れてるわね。

 貴族付きとしては、少し鄙びてるんじゃありませんこと?


 「姫さま、我がクロイツ家は農政担当でしょうに……」


 「それはそれ、これはこれよ!」


 

 こういうところからして、嫌なのよ。

 世間ではジュアン様と双璧みたいに言うけどさ、せいぜいがとこ引き立て役だっての!

 いや、引き立て役にも足りないわね。


 なによ、連れの郎党衆。

 ジュアン様の郎党を見てみなさいよ。

 ジェイムズ・シスルだっけ? 苦み走った渋い男。


 それに比べて、リキャルドの、ミーディエ家の郎党衆。

 歌劇に出てきたピン・ポン・パンとか。

 そんなハーモニーも無いわね。不協和音のトン・チン・カンとか。

 あ、あれよ。童話に出てくる。


 「犬・サル・キジね」


 「『タヌキ・ゴリラ・タンチョウヅル』ではありませんか?」

  

 辛辣!

 特にタンチョウヅルって、リタあなた。

 そりゃあねえ、二十前後にしては、生え際にチャレンジを受け始めているというか、その。

 ともかくやめてさしあげろ。


 それとそこのゴリラ!

 ……って、あら。言う前に、自分で気づいた。

 あたしの視界を遮らないように、立ち位置を移してる。

 案外繊細なのね。


 「どうした、コール?」

 

 「いえ、牛車と若の、死角を塞ごうかと」


 「まあ、そういうことにしておくか」



 笑ってるな? リキャルドめ。


 小さい頃からコイツのことは良く知ってる。

 同じトワ系ってこともあって、時々家に遊びに来てたから。


 黙ってりゃそれなり良い男なのに、口を開けば嫌味ばかり。

 ギャップ萌えにもならない。


 貴族の癖して力自慢。

 生まれながらの霊能持ちだから。

 説法師モンクって言うのよね?


 貴族は、何事もさりげなく。

 突出した得意分野があっても自慢にならない。

 「全体的に、何でもできる」ってのが理想じゃないの。


 霊能による剛力だから、見た目は細身ってのがまた。

 騙されて痛い目を見た若君も多いって聞いてる。


 リタはあたしのことを猫かぶってるとか腹黒とかって言うけどさ。

 リキャルドの方がよっぽどよ。

 

 


 「お目当ての方が来られるまで、侍衛を務めます」

 

 ほら来た!

 こっちがどうしてここにいるか知ってて、これだもの。


 「いえ、そのような。もったいない」 

 邪魔だって言ってるの、分かるわよねえ?



 ちょっとリタ、なんて顔してるの。

 「また姫様が猫かぶってる」って? コイツ!

 

 

 「お、リキャルド。どうした?」


 グッジョブよ! リキャルド!

 ジュアン様が近づいて来る!

 ああ、窓に!窓に!


 「いや、こちらにクロイツ家の姫君がいらっしゃるとのこと。紳士的に、付き添いをとね?」


 「はは、お邪魔したかなこれは」

 

 氏ねリキャルド。この場で腹切って果てろ。

 あんたのせいで変な誤解されたじゃない!!

 

 「違うって。ただの付き添いだよ。ジュアン、お前を待ってる間だけでもと思ってさ」 

 

 よーし、それでいい。

 

 「確かにそうだな、リキャルド。最近、少々治安が。付き添って悪いことはない。……クロイツ家におかれても、外出の際には郎党をお連れいただけますよう」

 


 ジュアン様が!私に!お声を!

 「は…はひぃ」


 やだ!もう、何て声出してんのよあたし!

 ああもう、他に何かー!



 「やんごとなき姫君にキツイこと言うなよジュアン。消え入りそうなお声じゃないか」


 ナイスフォロー!

 うちへ来て侍女をファッ……もがっ。

 (ちょっと、何呟いてんですか、姫様!!)



 「いや、これは失礼。行くぞ、リキャルド。仕事の続きだ」


 「了解、ジュアン。……頑張れよ、姫様?」



 やるじゃん、あいつ。出世するわね。

 あたしの目は確かよ?


 「姫様に保証いただかなくとも、リキャルド・ド・ミーディエ卿と言えば、並み居るトワの若君方の中でも出頭ものでしょう?」


 「あらあ? あらあら? 本当に家へ来て侍女を……」 


 「だからおやめください!」


 「分かってるから。そんなことよりもジュアン様の後ろ姿を……ああ、なんて素敵……。」


 おっ。馬の脚を止めてるじゃない。

 今のうちに距離を詰めなくちゃ!早くしてよ!


 って、馬車?

 あの紋章は、バルベルク家。それもテレジアの個人紋じゃ……。





山に扶蘇有り:『詩経』・鄭風、「山有扶蘇」より。目当ての男と会うべく外に出かけたら、別のハズレと出会ってしまったという詩。


隰に荷華あり:「山に扶蘇有り」と同じく、「あるべきものがそこにある」ことを示す。「山有扶蘇」は、「それなのに、私一人がハズレを引いた」という詩。

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