玖・マーブル対襲
(何故避けない?)
一抹の不安を覚えながら、襲はマーブルへと木刀を叩き込もうとしていた。もうマーブルは目の前だ。あとは木刀を振り下ろすだけ。しかし、マーブルは一向に動こうとしない。そればかりか、襲に見向きもしない。
(舐めているのか?)
襲がそう訝しげにマーブルの俯いて見えない顔に視線を移したその瞬間、
「らぁぁぁああああ!!!!」
マーブルが勢いよく顔を上げ、奇声をあげた。
その途端、自分の頭上にある木刀に向かって、拳を振り上げる。マーブルの奇声によってか、若干木刀を振り下ろす速度が落ちる。
(コイツ、木刀を壊す気か?)
考えが頭に浮かんだ。しかし、速度がこれ以上落ちることはない。そんな根拠の無い自信が襲を強くしていた。
思えば、いつもそうだった。
根拠の無い自信で、襲、いや、一色光は成り立ってきた。
桔梗の護衛役を仰せつかったのも、根拠の無い自信によるものだった。
拳と木刀がぶつかり合う。
バキィ!!!
木が、折れる音がした。
即座に後ろに下がり、襲は真っ二つになった手の中の木刀を見つめた。
次にマーブルを見る。
突き出した拳からナイフが輝いている。
どうやら彼女の獲物は仕込みナイフだったらしい。鉄と木では鉄の方が勝つに決まっている。
「はあっ、はっ、はあっ」
時間が経過していくにつれ、呼吸が荒くなる。
どうして、なぜ、どうなった。
色々なことが頭を駆け巡る。
何かが崩れる音がする。
『一色家にふさわしい男になるんだ!!』
目の前を、明るい色の髪が、通った気がした。
「!!」
次の瞬間、襲はマーブルの目の前にいた。
まだ、負けられない。
まだ、終われない。
勝負はまだ、これからだ。
その思いが襲を突き動かしていた。
大きく上半身を捻り、勢いよく戻す。
物凄い速さでマーブルの顔面に向かって拳が繰り出される。
それをマーブルが間一髪で腕で防ぐ。
鈍い音が響き、当然のようにナイフが飛び出す。
「ぐっ、」
「ぐあ!」
二人が同時に痛みに呻く。
マーブルは、恐らく全身に仕込みナイフを忍ばせている。しかし、それは攻撃されて、初めて作動する武器である。そのため、敵を傷つけるには自分も傷つかねばならないのだ。それだけに、近接戦では最強だ。しかし、大抵の不良は仕込みナイフなんぞは使わない。そんなリスクを冒してまで、最強を掴みとろうとは思わないのだ。それに仕込みナイフは所謂チートであり、あまり実力は関係なく、戦っていると武器に頼っているような感覚に陥る。それらが相成り、不良で仕込みナイフを使う者は、卑怯者と忌み嫌われている。仕込みナイフを使うということは、それなりの覚悟を伴うのだ。
「チィッ!そんなとこからも出てくんのかよ!!」
拳に着いた血を振り払いながら襲が言う。止血をしていないのでそれでも血がドクドクと流れ、足元が赤く染まる。
「生半可な気持ちでフルーチェさんを愛してるわけではない
下がれ。主人に服従しているお前と、フルーチェさんを愛し、自分の意思でついてゆく私とでは違い過ぎる。
お前では、私を倒せない」
一瞬、ほんの一瞬だけ、いつも熱がこもっているマーブルの瞳に、氷のような冷たさが宿り、襲を見下ろした。
それを襲が睨め上げる。
「はっ、」
ふいに、襲の口から笑いがこぼれた。
それと同時に、地獄の業火のような焔がその瞳に宿った。ギラギラと輝き、目の前の獲物を睨め付ける。
服従してる?違い過ぎる?生半可な気持ち?
わらわせんじゃねえ。
「うらぁぁああああ!!!!」
襲がバネのように飛び上がり、マーブルの目の前に飛び出す。それと同時に獣のように叫びながら拳を繰り出す。間一髪でマーブルはそれを腕で受け止める。当然ナイフが飛び出し、拳が血に染まる。更にもう片方の手でまた繰り出すが、またもや腕で防がれ、血がこぼれる。両方の拳にはナイフが突き刺さっている。
襲がそのまま腕を広げる。
「くっ、」
ナイフによって襲の拳と繋がっているマーブルの腕もそれと同じように動き、マーブルも腕を広げた状態になる。
「半端な覚悟で、一色襲の名を継いだわけじゃねえ。
半端な覚悟で、
お嬢の護衛をつとめてるわけじゃねえんだよぉぉおおお!!!」
そう叫ぶと、襲はマーブルの顔面に、頭をぶち当てた。
「ガッ」
「お嬢仕込みの頭突き(桔梗に言わせるとケルベロスの咆哮)、舐めんじゃねえ!!」
そうけたたましく吼え、勝利の雄叫びを上げた。
マーブル対襲、終___勝者、襲




